第22話 休暇
フェアドレーゲン。
階層都市とも言われる城塞都市の門がゆっくりと開き、そこにグラムエル中隊の機兵達が重そうに損傷機を載せたそりを引いていく。
下層の格納庫で回収された機体に次々と整備兵が移送用の車両を寄せていく。ベッドと愛称が付けられた整備台に損傷機が乗せられ、運ばれていく。
アラドヴァルの操縦槽でゼリー状の栄養食品を飲み下していたリヒトは、機体の足元で誰かが手を振っている事に気付いた。ハッチを開き、昇降用のワイヤーに括りつけられたフットレストに体重をかけると、リヒトの身体はゆっくりと地面に向けて降りていく。それを待っていた人物は下りてきたリヒトに直ぐ駆け寄ってきた。
「オタクがリヒト?機体に比べて冴えねぇな」
整備隊のエンブレムが鈍く光るジャンプスーツを身にまとった軽薄そうな男が、リヒトを軽く見分するように言う。
「ま、いいか。整備中隊のグリムだ、オタクの精霊付きを預かる連中の、まぁまとめ役だと思ってくれ」
そう言いながら握手でもしようかと手を差し出しかけ、自らの手が機械油で汚れている事に気が付いたグリムはバツが悪そうにジャンプスーツで適当に手を拭うと、改めて手を差し出した。
「チームの連中は追々紹介する、まぁ安心してくれ、上も口の堅い、腕のいいのを揃えてるぜ」
「判りました、よろしくお願いします、グリム整備長」
「余所余所しいのはよしてくれ、見た所年も近いだろう?グリムで良い」
リヒトの手を握り、グリムはにやりという感じで笑みを浮かべた。
「判ったよ、グリム……所で、上から話が通ってるなら判るだろうけど……」
「あ~、まぁ俺ら最初の仕事だわな、精霊の説得……とりま、操縦槽に上げてくれね?そっから考えるわ」
***
『判りました、少なくとも、当面は整備モードで楽にしていていいという事ですね?』
難儀するだろうと思っていた
「スクルド、前に基地で整備兵が移動しようとしてた時には滑らかに拒否してなかったか?」
『状況を認識して適した対応を行っただけです、それに、整備一つもせずに常に万全の性能が引き出せるようなものではありませんよ』
そんな機動兵器、あったら怖いですとスクルドが言葉を結ぶ。
「じゃあ、この機体の整備はさせてもらえるって事でいいんだな?」
『主整備兵、グリムを新たに登録しています、整備に必要な動きは整備班の顔を覚えさせてもらえれば問題ありませんよ』
「了解だ、精霊殿……整備に当たって何かオーダーはあるかい?」
『銃口とナニは大きいに越したことはない、扱いやすいのは前提だがって所ですかね』
「ぷっ……おもしれーな、精霊って奴ぁ」
こんな軽口の応酬を、リヒトは呆れながら聞いていた。
「じゃ、リヒト、暫く精霊機を預かるぜ?新品同様にしてやっから、のんびり待ってな……後ろの美人さんとよろしくやっててのんびりしてるヒマは無いかもだけどな?」
「よろっ!?……あ、あのなぁ!?」
よくわかっていなくて小首をかしげるトゥエニィと裏腹に、リヒトは面白い位に顔を赤く染めて声を荒げる。それを笑いながら見ていたグリムは二人を操縦槽から下ろすと、さっさとアラドヴァルをハンガーに持って行ってしまった。
***
数時間後、フェアドレーゲン内部のブリーフィングルームにグラムエル中隊の面々が顔をそろえていた。
「……という訳でだ、リヒトの持ってきた機体云々を勘定に入れなくても俺らの補給にはそれなりにかかる、一応1週間は自由時間を確保してあるから、各自しっかり骨休めしてこい……まぁ、我ながら最前線から戻って来たばかりとは思えない会話してるわな」
あきれ顔のグスタフから向けられる冷たい視線に耐えられなかったか、グラムエルは一つ咳払いをして口調を戻す。
「なんにせよ、何事も無ければ俺らが現場に戻るのは一週間後だ、各自、それまでに準備を整えておくように!」
グラムエルがグスタフに向けて一つ頷く。グスタフは頷きを返すと改めて姿勢を正し……
「解散!」
一つ、号令を飛ばした。
***
「……」
「……」
コツコツと足音だけが響いている。リヒトとトゥエニィ、二人分の。
互いに無言、リヒトは何をどう話していいか判らず、トゥエニィがどう思っているのかをその表情から読み取れるほど、リヒトは異性慣れしている訳ではない。勢い、二人とも無言のまま市場へと歩く。意味がある訳ではない、ただ、何か食べるものでも買おうと思えばそちらへ向かう方が楽だからだ。
(きまずい……なんか話したほうがいいよなぁ……けど、何を?)
リヒトとて、トゥエニィとの関わりが今のままでいいとは微塵も思っていない。しかし、似たような年齢の異性にどんな風に話をしていいかというのが判らないのも事実だった。
「えっと……その、トゥエニィさん?」
「……はい」
抑揚のない、穏やかな声。まるで強靭な盾を構えた重機兵に単騎で挑むような気分になったが、それでもリヒトはどうにか次の言葉を口から引っ張り出す事に成功した。
「とりあえず、何か食べに行きませんか?」
「……それが、あなたの希望なら」
抑揚のない返答に、リヒトの何かがくじけそうになる。しかし負けてなどいられない。なんとか、今週中に乙女心を少しでも和らげなければ。そう決意して内心こぶしを握るリヒトだった。
***
少々のワゴンが立ち並ぶ広場をリヒトとトゥエニィが歩く。リヒトの少し後を、トゥエニィが付いていく感じで。
(で、ここまで10分会話なし……と)
早速、リヒトは心が折れそうになっている。何せなんとか話を振ってみたとしてもトゥエニィからの返答は承諾か委任の一言二言だったから。
どうしたものかと考えあぐねている内に良いにおいを漂わせるいくつかのワゴンに出くわしたリヒトは、これ幸いとトゥエニィを引き連れて何を売っているか見て回ることにした。すぐに目についたのは、巨大な肉塊にしっかりと火を通したポルケッタだ。
「いらっしゃい、何にするかい?」
「パニーノを二人分」
「はいよ、ちょっと待ってな」
しっかりと巻いた形で焼かれた肉を切り落として、薄く焼いたパンにちょっとした野菜と一緒に挟む。片手で歩きながら食べられる軽食の購入にかかった費用は65ガルダ、屋台で買う食事としてはこんなものだろう。二人分のパニーノを受け取ったリヒトは、片方をトゥエニィに差し出した。
「まずは、何か腹に入れましょう」
「……はい」
二人で広場のベンチに座り、パニーノにかぶりつく。肉汁の溢れるような、というと言い過ぎだが、それでも作り立ての温かい食品はどうしたら良いか判らない気持ちを少しばかり持ち直させてくれる。
そんなリヒトの様子を横目で見ながら、トゥエニィも受け取った食品を食べることにした様だ。直にかぶりつくには大きいと判断したのか、具材を含めてパンごと一口大にちぎって食べている。
「……」
「……」
リヒトの方はどうしたら良いか判らない。トゥエニィはどう表現したらいいか判らない。そんな二人は、その後パニーノを食べ終わるまで無言で過ごしていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます