ルーニャと人攫い

 二人は街道を何日かかけて北上しマジア王国の国境まで来た。道中で荷役などの手伝いをしながら服や食べ物を調達できたのは幸運だった。

「まっ、神様だからな。ツイているのは当たり前だ」

「元、ですけどね」

 相乗りした馬車の後ろで大きめで硬めのパンを分け合いながら深い渓谷沿いの街道をゆっくりと進んでいた。

「夜には次の街、"ルーニャ"には着くかな」

「ルーニャからイミリは近いんですか?」

「ああ、君の距離感覚で言えば十キロメートルくらいだな」

「そんなに近いんですか」

「とはいえ、この世界に電車や自動車はないからな君が思っているほどには遠く感じると思うよ」

電車と聞いてコウタは少し頭がズキンとしたが硬いパンに齧り付いて紛らわした。

「この世界に来て何日か経ちましたけど、味気ないパンを食べるのにこんなにも苦労するとは思いませんでしたよ」

「生きていくのはな、大変なんだぜ少年」

 ふぅ、とコウタは深く息を吐いた。渓谷の上の方には雲がかかり、無骨な岩肌に生えた苔から生み出された凛とした冷たい空気が肌に染みた。

 夜になり渓谷を抜けるとすぐに町の城壁が薄明かりに照らされて現れた。大きめの城門で馬車から降り別れて旅人用の税関に入る。

 がっしりとした甲冑の兵士が応対してきた。

「貴様らは何処から来たか?」

「サックス王国の漁村からです」

「目的は?」

「出稼ぎです。"ギルド"に登録する為に来ました。」

「ふむ、"冒険者"志望か…見た所、貴様とそこの白い髪の少年のみと思うが、腕に自信はあるのか?」

「はい。私は"回復役ヒール"の志望ですが、彼は"斥候スカウト"をやらせたら右に出るものはいないと思っております」

「ほう、中々言うではないか。よかろう、こちらから"キチョウ組合"の"ギルド"へ話を通しておこう。税の支払いは門の出口にある。通ってもいいぞ」

「ありがとうございます」

 城門の出口にある窓口に税を納めると二人は街へ出た。

「関税、思ったより安かったな」

「それでも銀六枚でしょう。パン二日分は買えますよ」

「まぁな。さてと、まずは宿探しだな」

 城壁の中の街は丘の上に被さる様に作られ門から中心部までメインストリートが放射状に貫いていた。夜だというのに露店が並び活気があった。二人は様々なおいしそうな香りに腹を鳴らしつつ小道に入って旅人用の素泊まりできる宿街に入った。

「近くに歓楽街や風俗もあるから娼婦とかに気をつけろよ。君はそういうのに免疫なさそうだし」

 数歩行く度に着飾った女性たちに声を掛けられながら空いていそうな宿に入る。

「いらっしゃい、お二人かい?」

受付のおばあさんが帳簿を見ながら対応していた。

「部屋、空いてます?」

「空いているよ、ちょっと狭めだけどねぇ、銅5枚かな」

「うーん、今は銅3枚までしか出せないかな。今夜一日だけでいいんだけど」

「なら、相部屋になるかねぇ。非番の娼婦と一緒になるけどいいかねぇ?」

「仕方ない、構いません。ただし、何かあってもお互いに責任は無しって事でいいですか?」

「わかった、だからといって殺したりしないでおくれよ。血を洗うのは大変だからねぇ」

こうして、二人は狭い空間に二段ベットが二つ並んだ部屋に入った。

「あら、見ないカオ」

少し窶れた妙齢の女性が二人片方のベットに入っており、コウタは二人が娼婦なのだと理解した。

「相部屋になるけどいいかい?」

「いいわよ、相手はしないけど。休みだもの」

「そうそう、私なんて昨日六人も相手したのよ。もう疲労困憊」

「こっちも明日から忙しくなるから早く休みたいよ。とりあえずコウタ、君は上のベットを使いなよ」

 娼婦との折り合いが付いて暫くたった頃、外から騒がしい音がした。

「"人攫い"だ」

明かりのない中で娼婦の声がした。

「"冒険者"を攫っているの」

「何故ですか?」

コウタは布団越しに訊ねた。

「人手が足りないからよ。この国じゃあ、いつからか子供が産まれなくなって力手が足りないから外から来る冒険者を攫って奴隷にしてるの」

それを聞いて反応したのはトキヤだった。

「まずいな。コウタ、すぐに起きて準備しろ。逃げるぞ」

「えっ…?」

「外を囲まれている」


瞬間、下の階から扉を突き破る音がした。

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