中学生編4 藤崎さん、真広の好みのタイプを聞きまくる

 放課後に藤崎ふじさきさんと海にいった、その週末。


 俺は今、駅前の待ち合わせスポットにいる。

 休日なので人通りは結構多い。


 行き交う人の流れを眺めながら、藤崎さんを待つ。


「待ち合わせの時間までは……まだ20分もあるか。ちょっと早く着き過ぎたかも」


 今日は藤崎さんと映画館に行く予定だ。

 デート……だったらいいのだけど、もちろんそんなことはない。


 ウチの両親の離婚を阻止する作戦の一環である。


 結局、海については寒すぎるので両親を招待するのはやめておこうという話になった。そんな折、両親が初デートの時に観た映画がリバイバル上映されるという情報が入ってきた。


 これは使える、ということで今日は藤崎さんと待ち合わせをして映画の下見をする約束である。


 ……と、ぼんやり考えごとをしていたら、通りの向こうに一際目立つ、美しい人が現れた。


 もちろん、藤崎さんだ。

 俺は軽く手を上げて、ここだと示す。


「こんにちは、藤崎さん。待ち合わせの時間までまだ結構あるのに早いね?」

「そ、そう? ま、まあ、どうせ君は早く来るだろうと思ったから」


 短く答え、藤崎さんは微妙に目を逸らす。


 ……ん? なんだろう?


 なんか藤崎さんの態度がおかしい気がする。


「藤崎さん?」

「な、なにかしらっ?」


 前のめりで訊ねられ、思わず目を瞬いた。

 いや訊きたいのはこっちなのだけど。


「えーと……」

「うんうんっ」


 なにやら目がキラキラしている。

 まるでこっちの言葉を何か待ってる感じだ。


 んー?

 あ、でもそういえば……。


 先日、一緒に海にいってからというもの、藤崎さんはずっとこの調子な気がする。妙にソワソワしているというか、こっちに期待を込めた眼差しを向けてきてるというか……。


 ……あれかな? 海でやった彼氏彼女ごっこが気に入ったのかな?


 確かにそう考えれば納得できる。

 今日の待ち合わせも端から見たらデートのようなものだろうし。


 よし、そうとなれば思考を回せ、森下もりした真広まひろ


 考えるんだ。

 藤崎さんは今、何を期待している?


 答えは一瞬で出た。

 だってデートの最初は彼女を褒めるものだと相場が決まってる。


「私服、素敵だね。すごく似合ってる」

「――っ」


 そう褒めた途端、彼女の肩がピクッと跳ねた。

 今日は休日なので、藤崎さんはもちろん私服である。


 薄手のカーディガンに落ち着いた色のワンピース。

 胸元には小さなネックレスをつけている。


 そのどれもが高級感に溢れていて、このままクルージング・パーティーやディナーにもいけそうな格好だった。


「そ……」

「ん?」

「そうでしょーっ!」


 あ、なんか喜んでくれたらしい。


 藤崎さんは華麗に髪をかき上げて、有頂天で胸を張る。


「まあ、わたしとしては普段通りの格好だけどっ? まったくいつも通りの平常運転で、朝から2時間かけて準備なんてしてないけどっ? でもまあ年頃の男の子と出掛けるんだし、レディの嗜みとしてそれ相応の格好はしてあげなきゃねっ!」


「うん、嬉しいよ。俺のためにありがとう」

「どういたしましてっ!」


 このまま一回転でもしそうな勢いでテンションMAXな藤崎さん。


 うんうん。

 良かった良かった。


「じゃあ、ちょっと早いけど映画館に向かおうか」

「良くってよ!」


 おお、なんかテンションが上がり過ぎて、お嬢様感が増してる。まあ、楽しそうなのはいいことなので、俺もエスコート気分で歩きだそうとした。


 でも、その時だった。


 映画館へ向かう曲がり角。

 そこを一瞬、高校生らしきカップルが通った。


「早く早くっ! 急がないと『鬼滅のYAIBA!~竜神剣編~』始まっちゃう~!」

「だから早く支度しろって言ったじゃろ!? いつまでも艦隊ゲームしてるから……っ」

「だって~! 今日のディリー演習やっときたかったんだもん~!」


 どうやら他の映画を観るために急いでるようだ。

 映画館のそばではたまに見る光景ではある。


 でも……。


「あのカップルさんたち、最近どこかで見たような、もしくは声を聞いたような……」


 すぐに曲がり角に入ってしまったので、顔はちゃんと見えなかった。

 ただ妙に既視感がある。


「ねえ、藤崎さんは今通った人たちのこと、どう思……うっ!?」

「ふ~ん……」


 振り向いたら、なんかすごく殺伐とした目で睨まれていた。


「君ってああいう子がタイプなんだぁ……?」

「タ、タイプ?」


 いや確かにカップルの女子の方は、とんでもない美人だったとは思う。

 一瞬しか見えなかったけど、黒髪で、愛嬌があって、甘えん坊なネコって感じだった気がする。


「わたしね、人類に出来ることはだいたい出来るから、プロファイリングも完璧なの」

「プロファイリング?」


「だから分かるんだけど、あの手のタイプはたぶん引きこもりよ?」

「引きこもり? そ、そうなの……?」


「そう。で、幼馴染の男の子とかにゾッコンで、両想いで、だけど自分は引きこもりだから付き合わない、って決めてるタイプ」


「どういうタイプなんだろう、それ……」

「つまり幼馴染じゃない君には合わないタイプってこと」

「は、はあ……なるほど」


 何やら断言されて、勢いでうなづいてしまった。


「でも俺……別に今の人、タイプじゃないよ?」

「え、本当?」


「うん。美人だとは思ったけど、付き合いたいとかは思わない」

「そう……」


 藤崎さんはあご先に指を当てて思案顔になる。

 そうして数秒、ぱっと顔を上げると、視線で俺の背後を示した。


「じゃあ、あの子とかはどう?」

「え、どの子?」


 視線を追うと、黒髪ギャルが壁にもたれてスマホをいじっていた。


 耳にはピアスやイヤーカフをつけていて、休日なのに制服姿。胸元では緩くつけられたネクタイが気だるげに揺れている。


 ちなみにこれまたすごい美人だった。

 でも……。


「……いや別にピンと来ないけど」

「む……そう? じゃあ、あっちの子は?」


 示されたのは黒髪ギャルさんの反対側。

 そこには手芸店があり、ひらひらしたフリル満載の服の女の子が出てくるところだった。買い物帰りらしく、毛糸玉が入った紙袋を抱えている。


 髪はハーフアップで、小柄だけど手足はすらりと長い。

 美人というよりは可愛い系。

 それもアイドル並みの可愛さだった。


 ……っていうか、美人だったり可愛かったりする子の率が異常に高いな。変な磁場でも出てるのかな、この待ち合わせ場所。バミューダ・トライアングルか何かかな?


 ただ、ハーフアップの子とも別に付き合いたいとは思わない。

 なので正直に答える。


「これといって興味はございません」

「もーっ!」


 すると、藤崎さんは途端に地団太を踏み出した。


「じゃあ、君は一体どういう子が好みなのよ!?」

「え、ええー……っ」


 なんで俺、怒られてるの?

 さすがに意味が分からない。


 ただ、好みのタイプを問われたならば、そんなのは最初から決まっている。


 でもこれ、言っていいのかな?

 迷っていると、藤崎さんのきれいな顔が詰め寄ってきた。


「さあ、早く答えなさい! 黙秘権を行使しようとするなら、訴えて勝つわよ!?」

「怖いなっ!?」


「ちなみにわたしの辞書に『示談』なんて言葉はないから覚悟しなさい!」

「ほ、本当に怖い……!」


 まさか天下の藤崎グループに訴えられるわけにはいかない。

 そんなことになったら人生の終わりである。


 しょうがないので観念して素直に答えることにした。


 まあ、いいか。

 別に正直に言っても何かが変わるわけでもないし。


「藤崎さんだよ」

「え?」


 目が点になった。

 そんな彼女のため、俺はもう一度繰り返す。


「俺の好みのタイプは、藤崎さんだよ」

「え……」


 何を言われたのか分からない、という顔だった。

 でも時間が経つにつれて、だんだんと瞳に理解の色が灯っていく。


「え、え、え……っ」


 俺は肩をすくめて苦笑する。


「だって、あんなふうに橋から飛び降りてまで叱ってくれて、親身に寄り添って話を聞いてくれて、こうして俺のために何度も時間を作ってくれて……そんなの、理想の相手になっちゃうよ」


 これは本音。

 でも藤崎さんが俺なんて相手にするわけがない。


 それが分かっているから、恥ずかしいけど、安心して白状できる。


 一方、藤崎さんの頬は見る見るうちにイチゴ色に染まっていく。


「あ、そ、そっか、そそそそっか、そうよね……っ」

「うん、そうだよ」


 恥ずかしい思いをさせられたので、ちょっと意地悪をして顔を覗き込んでみる。


「分かってくれた?」

「――っ!?」


 至近距離で見つめられ、藤崎さんの肩が跳ね上がった。

 彼女はそのまま顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。


「う~~っ」


 耳まで真っ赤にし、小鹿のように震えている、藤崎さん。


 あれ?

 ちょっと調子に乗り過ぎたかな……?

 

 不安になって俺もしゃがみ込もうとしたら、寸前で彼女の手が伸びてきて、服の端がきゅっと掴まれた。


「あのね……」


 まだ顔を伏せたまま、真っ赤な耳だけを晒して、彼女は言う。


「……どうも最近、おかしいのよ。冷静沈着なはずのこのわたしがすぐ混乱したり、判断を誤ったり……そうよね、海であんなこと言ってくれたんだから、君の好みのタイプなんて決まってるのにね……変だわ、わたし。ぜったい変」


 ……ん? 海で?

 あの彼氏彼女ごっこのことかな?


 でもそれがなんなんだろう?


「わたし、基本的に間違わないから、謝罪とかそういうの慣れてないの……でも今日はちゃんと謝らなきゃと思うから、えっとそのね……」


 謝る? なにを?


 俺が目を瞬いていると、彼女はようやく顔を上げた。


「……ごめんなさい。許してくれる? その……」


 上目遣いの潤んだ瞳で。

 桜色の唇が囁く。




「……真広」




「――っ!?」


 初めて名前を呼ばれた。

 胸を撃ち抜かれるみたいな衝撃だった。


 もう何がなんだか分からなくなって、俺はとにかくうなづく。


「う、うん! 大丈夫っ! よく分からないけど、ぜんぶ大丈夫!」

「……そっか。良かった」


 ふわっ花が咲くように笑った。

 心底ホッとしたようなその微笑みでまた胸を撃ち抜かれてしまった。


 ……ヤバい。

 これはマズいぞ、俺……っ!


 自分の中の冷静な部分が吹き飛びそうだった。

 そんな胸の内を俺は必死に押し留める。


 藤崎さんと俺は済む世界が違う。

 その自覚をしっかり持ってないといけない。


 じゃないと、きっと変な勘違いをしてしまう。


 熱くなった顔を背け、俺は深呼吸をする。

 そこへ藤崎さんが立ち上がって顔を覗き込んできた。


「真広? どうかした?」

「い、いや……っ」


「なんで明後日の方を向いてるのよ? こっち向きなさいよ」

「ちょ、ちょっと今は……っ」


 結局、この後も俺は冷静になれず、せっかく観た映画もまったく頭に入らなかった。

 

 ルンルン気分で楽しそうな藤崎さん。

 自分を律することに必死な俺。


 そんな二人で過ごし、休日はあっと言う間に過ぎてしまったのでした。



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次回更新:土曜日

次話タイトル:『中学生編5 もはや告白待ちの構えだ、藤崎さん!』

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