中学生編2 藤崎さん、あーんをされて動揺しまくる

 橋の一件があった、次の日。

 放課後になって俺は藤崎ふじさきさんと駅前の喫茶店にやってきた。


 藤崎さんに事情を話すことには決めたけど、昨日の彼女は俺のせいでズブ濡れだったので、拝み倒して日を改めてもらったのだ。


 天井でシーリングファンが回る、ちょっと高級感のある喫茶店。

 でも意外に料金はリーズナブルで学生にも人気の店だ。


 俺と藤崎さんは向かい合わせに座り、ここ最近の事情を聞いてもらった。


 両親が離婚を決めたこと。

 どっちについていくかを問われていること。

 色々あって自暴自棄になってしまっていたこと。


 温かい湯気を立てるコーヒーや美味しそうなレアチーズケーキにも手を付けず、藤崎さんは話を聞いてくれた。


「なるほど……大変だったわね」


 労わるように言われ、ちょっとじん……と来てしまった。

 辛いことを誰かに聞いてもらうのは大切なんだな、って少し分かった気がする。


 俺はコーヒーの湖面に目を落とす。

 すると藤崎さんが優しい声で訊いてくれた。


「それで君はどうしたい?」

「どうっていうと……」


「ご両親が道を分かつ決断をしたことは分かったわ。その上で君はどうしたいのかしら?」


 アンティーク調のテーブルに肘をついて手を組み、藤崎さんが見つめてくる。


「君の意思をわたしは尊重するから」

「俺は……」


 なんとなく宙を見上げ、自分の胸に問う。


「……俺のために離婚をやめてほしい、とは思わない。子はかすがい、とは言うけれど……俺のために二人に我慢させることはしたくないんだ」

「うん」


「だけど……やっぱり悲しい。二人はお互いに想い合って結婚したはずで、だから俺が生まれたはずで、だからなんていうか、上手く言えないんだけど……」


 再び視線を落とし、俺はつぶやく。


「……永遠なんてない、とは思いたくない」


 まるでおとぎ話のバッドエンドを聞かされたような気分だった。


 めでたしめでたし、で終わったはずなのに本当は続きがあって、王子様とお姫様は結局幸せにはなれませんでした――そんな結末なんて聞きたくなかった。


 自分でも分かってる。


 たぶん俺は今、両親の離婚を直視できなくて、歪曲した受け止め方をしてるんだと思う。だけどこれが今の正直な気持ちだった。


「永遠か……確かに君のご両親も結婚式では『永遠の愛』を誓ったはずだものね」


 よし、と藤崎さんはうなづいた。


「じゃあ、その方向でいきましょう。あくまで君のためじゃなく、ご両親が自分の意思でやり直したいと思うように仕向ける。どう?」


 本当に俺の意思を尊重してくれる意見だった。

 ありがたさでいっぱいになりながら俺はうなづく。


「うん、お願いします。でも……どうやって?」


「手段の規模については心配しなくていいわ。このわたしが全力でバックアップするから。問題は作戦よね……君のご両親って恋愛結婚だったの?」


「だと思う。新婚旅行の楽しそうな写真とか見たことあるし」

「じゃあ、その頃の熱々な気分を思い出してもらうとか?」


「熱々な気分かー……」

「たとえばあんな感じかしら?」


 藤崎さんが視線で示したのは、窓際の席。

 彼女からは右側、俺からは左側だったので、自然にそっちを見ることができた。


 ちょうど逆光になっていて顔はよく見えない。

 でも高校生ぐらいのカップルが座ってるのは分かった。


 女子の方がスプーンを持ち、パフェをすくって向かいの男子に差し出している。


「はい、あーん♪」

「ちょ、おま!? ここ学校の近くだぞ!? 誰か見てるか分からんし――」


「えー、だって告白&ちゅー動画も広まっちゃってるし、今さらでしょー?」

「それはそうだけども! でも俺一応、来年から会長だぞ? なんつーか……っ」


「問答無用っ! とりゃーっ!」

「むぐうっ!?」


 多少離れてるから会話はよく聞き取れなかった。

 でも仲良さげに『あーん』をしてるのは分かった。


 ラブラブだなぁ……と思いながら、俺はコーヒーをズズッとすする。


 見れば、藤崎さんも頬杖をついてコーヒーをズズッとしていた。


「いいわよねぇ……」

「え、藤崎さんでもああいうの憧れるの?」


「あら、でもってなによ、でもって」

「いや……」


 両親の話は置いといて、ちょっと気になってしまった。


「藤崎さんってなんか超然としてるイメージだから……ああいう甘々カップルっぽいのは興味ないかな、って」


「まあねぇ……」


 コーヒーカップを置き、藤崎さんは苦笑する。


「確かにわたしは恋愛事には無縁かも。将来は藤崎グループを背負って立つ身だし、わたしの性格上、結婚相手も合理的に選ぶだろうし……まあ、だからこそ?」


 吐息交じりに彼女は言う。


「ああいう甘々なやり取りにはちょっと憧れちゃうのかも。自分の人生にはないって理解してるから、どうしてもね」


「そっか……」


 上流階級には上流階級の悩みがあるらしい。


 うーん……。


 俺は自分たちのテーブルをじっと見る。

 コーヒーの他には藤崎さんのレアチーズケーキ、俺のチョコレートケーキが置かれている。


 ずっと話を聞いてもらっていたので、ケーキにはお互い手を付けていない。


 ……これは恩返しのチャンスじゃないか?


 藤崎さんは俺のために川に飛び込んでくれて、こうして話も聞いてくれて、さらには両親のことで力を貸そうとしてくれている。


 上流階級の彼女に比べて、庶民で小市民の俺に出来ることなんてほぼないだろうけど、それでも何か恩を返せることはないかと思っていたところだ。


 ……よし、やろう。


 俺はおもむろにフォークを手に取り、自分のチョコレートケーキを食べやすい大きさに切る。その一切れを刺して、


「藤崎さん」

「ん?」

「はい、あーん」


 彼女の前に差し出した。

 すると、


「……は?」


 藤崎さんの目が点になった。

 どうやら驚いてるみたいだ。

 

 無理もない。

 俺は丁寧に説明する。


 チョコケーキを刺したフォークを差し出したままで。


「食べていいよ? はい、あーん」

「……は? え? は?」


 彼女はまだピンと来ないらしい。


 ただ、それも当然だと思う。

 俺だって普通だったらこんなことはしないし、絶対出来ない。


 ただ、相手は藤崎さんである。


 彼女は庶民の俺なんかとは違って、雲の上の存在だ。

 万に一つも藤崎さんが俺を男として意識することはない。

 そう断言できる。


 だからこそ、恩返しができると思った。


 彼女はこの先、人生の中で誰かと甘々なやり取りをすることはないと思ってる。だったら俺があーんをすることで、気分だけでも味わってもらえたらと思った。


 こんなことしか出来ないけれど、いつか彼女が『恋愛事には無縁だけど、そういえば中学生の頃に男子にあーんをしてもらったことはあったっけ』と思ってほっこりしてくれたらいい。


 そんな気持ちで俺はフォークを差し出し続ける。


「さ、どうぞ?」

「ど、どうぞって……っ」


「ささ、どうぞどうぞ」

「いやいやいや……っ」


 藤崎さんはなかなか食べようとしない。

 あれ……とちょっと不安になってきた。


 まあ、でもそうか。

 いきなりだったし……。


「ごめん。藤崎さん、びっくり、、、、しちゃった?」


 と言った、まったく同じタイミングで、さっきの窓側のカップルが大きめの声を上げた。


「じゃ、交代ねー? 今度はあたしにあーんして♪」

「ふあっ!? どういうことだってばよ!?」


 え、交代もあるの?

 それは恥ずかしいから無理だなー。


 と思っていたら、何やら藤崎さんが肩をプルプル震わせていた。


「び、び、び……っ」

「藤崎さん?」

ビビッ、、、ちゃった? ですってーっ!」


 あれ?

 なんか聞き間違えてる?


 あ、そうか。

 向こうのカップルの声と被ったせいで、俺の『びっくりしちゃった?』が『ビビッちゃった?』に聞こえたらしい。


「言ってくれるわね!? この藤崎優愛が同級生の男の子にあーんされたぐらいで腰が引けると思ってるの!? いいわよ、やってやろうじゃない! ほら、もっと前に出しなさいよ! あーんしてあげるわよ!」


 わー、すごく誤解されてる。

 でもこれで良かったかもしれない。


 今の藤崎さんには怒られるかもしれないけど、将来の藤崎さんの思い出になればいい。


 そう思って、俺は改めてチョコケーキの刺さったフォークを差し出す。


「はい、あーん」

「あ、あ、あ……っ」


 藤崎さん、なんか緊張しているっぽい。

 心なしか頬が赤いし、肩もさっきよりプルプルしていた。


 なので空気を読み、俺はちょっと煽り気味でさらに言う。


「ほらほら、あーん?」

「あ、あ……あーんっ!」


 破れかぶれのように藤崎さんが口を開けた。

 思いっきり目をつぶってて、なんだか注射をされる子供みたいだ。


 ちょっと可愛いかも、と思いながら俺はチョコケーキを食べさせる。


「どうぞー?」

「あむっ!」


 ケーキを口に入れた途端、彼女はぐるんっと後ろを向いた。俺に顔が見えないようにし、高速で咀嚼して飲み込む。


「お味はどう?」


 返事はない。俺に背を向けたまま、彼女はハムスターみたいに震え、何やらすごい早口でブツブツつぶやいている。


「あーんしちゃった! あーんしちゃった! あーんしちゃったーっ! 嘘でしょ!? なんなの、この男の子! この藤崎優愛になんでこんなこと出来るの!? 怖い! ど、どうしよう! 胸がドキドキしちゃって止まらないんだけど……っ」


 顔は見えないけど、髪の間から覗いている耳が真っ赤だった。


 うん、どうやら喜んでもらえたらしい。

 藤崎さんにとって良い思い出になればいいなぁ。


 そんなことを思いながら、俺はコーヒーをズズッとすすった。




              ◇ ◆ ◆ ◇




「……という感じなのだけど」


 はい、現代の俺の部屋です。

 ちなみに今も優愛の膝枕中。


 前回、意気揚々と話し始めた優愛だけど、なぜか途中で口ごもってしまった。なので俺が思い出しながらしゃべり、優愛がちょこちょこ口を挟みながら昔を思い出していたのだけど……。


「あのさ、優愛」

「――っ」


 声を掛けただけでビクッとなる、お嬢様。

 俺は何とも言えない気分で続ける。


「さっき『そう簡単には落ちなかった』とか『しばらくは何一つ動じなかった』って言ってたけど……」

「…………」


「ぶっちゃけ、喫茶店の時点で結構俺のこと意識してなかった?」

「…………」


 無言。

 すごい重苦しい無言。


 とりあえず生温かく見守る、俺。

 すると、しばらくして耐えかねたようにお嬢様は口を開いた。


「あ……」

「あ?」


「当たり前でしょーっ!」


 どっかーん、とお嬢様、大爆発。


「このわたしにあんな気安くあーんしてくるような男子なんて歴史上存在しなかったのよ! っていうか、この先もあなた以外存在しないのよ! そんなのドキドキしちゃうでしょ!? なんかおかしい!? いやむしろおかしいのは真広の方だからっ!」


「え、そうかなぁ?」

「そうだから! っていうか、もう言っちゃうけど喫茶店じゃなくて席替えした夏休み明けからわたし、真広のことちょっと意識してたし!」


「え、噓でしょ?」

「嘘じゃなーい! あなた、席が隣になった時からちょこちょこ喫茶店パターンでわたしに気安かったのよ……っ。なんか普通の同級生みたいに!」


「だって、普通の同級生だったし」

「なんで!? わたし、藤崎優愛! 普通は恐れ多くてただの同級生扱いなんかしないのよ!?」


 そ、そうなのか……。

 知らなかった……一応、『高嶺の花』扱いはしてたつもりなんだけどな。


 ちょっと反省しつつ、俺は「でも」と口を開く。


「それじゃあ、俺が好きになるずっと以前から、優愛は俺のこと好きだったってこと?」

「……っ」


 ピタッと動きが止まった。

 あ、認めるのが悔しいんだな、って分かった。


「…………違うし」

「いや違わなそうだけど……」


「…………喫茶店の時点だとまだ『好き』まではいってないし」

「ならいいけど……」


「だ、だいたい、ウチのパパの時といい、喫茶店の時といい、真広ってばいつも変なところで爆発力があり過ぎなの! そうよ、あの時だって……っ」


「あの時?」

「お父様とお母様の対策のために、一緒に海に行った時!」


「あー」


 それはちょっと覚えてる。『ん? 藤崎さん、ちょっとドキドキしてる?』って思ったから。


 あれはそう、離婚を阻止するため、両親の思い出の場所に藤崎さんと行ってみた時のこと――。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



次回更新:土曜日

次話タイトル:『中学生編3 藤崎さん、真広の上着でドキドキしまくる』

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