第25話 離婚パパに会ったおかげで、婚約者たちのイチャイチャが超加速

 さて、父さんが腰を抜かしてしまった後。

 俺たちはレストランの中でしばらく父さんを休ませてもらい、その後は予定通りにお昼ご飯を食べてきた。


 お代は支配人さんが言っていた通り、本当に無料。

 お義父さんに今度、お礼を言っておかなきゃな。


 ちなみに優愛ゆあは父さんが落ち着いたタイミングで『また次の機会にちゃんとご挨拶させて下さい』と言ってレストランを後にした。


 俺には『せっかくの親子水入らずをお邪魔しちゃ悪いもの』と言っていた。俺としては別に構わないのだけど、こういうところで気を遣ってくれる辺り、やっぱり優愛は育ちが良いと思う。


 そして今は帰りの車のなか。

 運転席で父さんはまだちょっと呆然としている。


「事実は小説より奇なりって本当なんだなぁ……正直、まだ夢をみてるみたいだ。というか狐に化かされてる気分だ。ウチの息子は狐だった……?」


「なんでそうなるかな……親が言うセリフじゃないよ、それ」

「それぐらい驚いたってことだ。母さんは知ってるんだよな?」


「知ってるよ。むしろ父さんに話がいってないことが意外……いや意外じゃないか。そんなもんだと思うし」


「息子よ……歯に物が挟まったような言い方は、逆にお父さん傷つくぞ?」

「意外じゃないか。ウチの両親、離婚してるし」


「息子よ! ストレートな言い方はそれはそれでお父さん傷つくぞ!?」

「どうしろっていうのさ……」


 はあ、とため息をついて俺は座席に深く体を預ける。

 

 それきり少し会話が止まった。

 ウインドウの向こうで景色が流れていく。


 風のように過ぎていく街並みを見ていると、ふと訊ねたくなった。


「父さんと母さんはさ……」


 我ながらあまり感情の乗っていない声だった。


「……どうして別れたの?」


 理由はなんとなく聞いたことがあった気がする。

 でも今聞いたら、また感覚が違うかもしれない。


 そんなふうに思った。


「あー……」


 父さんはすぐには答えなかった。

 代わりにふと思い出しようにつぶやく。


「……そっか。そういえば離婚を決めた日、真広まひろがレストランを予約してくれてたよな」


 あれはまだ中学生の頃。

 そして優愛と付き合う前のこと。


 俺は両親の仲を取り持とうと必死になっていて、優愛――当時は隣の席の藤崎ふじさきさんが色々手を貸してくれていた。


 レストランの予約もその一環だった。


「思い出してみたら、あの時のレストランも藤崎グループか。あの頃から真広は優愛さん……? と仲が良かったんだな。父さん、ちっとも気づかなかったよ」


 自嘲気味な苦笑をして、父さんは言葉を続ける。


「母さんと別れた理由は……そうだな、それが一番良い形だから、かな」


「一番良い形?」

「親としてはお前に申し訳ない限りだけど」


 景色が流れていく。

 ウインドウ越しにうっすらと父さんの姿が映る。


 どこか遠い目をしていた。


「父さんと母さんは多少離れている方がお互いを大事にできる。そういう関係だったみたいだ。格好つけて言うなら……そばにいるだけが愛情を示す形じゃない、ってことかな」


「それは……」


 少しだけハッとした。

 中学の卒業式の日、俺も似たようなことを思っていたからだ。


 ――そばで触れ合うだけが大切にする方法じゃない。


 そんなことを考えて、あの日の俺は優愛と別れた。


 コツン、と俺はウインドウに額を押し当てる。

 ため息のような言葉がこぼれた。


「親子だね……」

「ん? 父さんと真広がってことか?」


「そう。変にロマンチストなところがそっくりで頭を抱えたくなった」


「はっはっは、何言ってんだ。父さんは今日ほど『トンビが鷹を生む』って言葉を噛み締めたことはないぞ?」


 ハンドルを握り直し、父さんは少し真面目な顔で言う。


「お前は大丈夫だよ。子供っていうのは親よりも進んでいくものさ。真広は父さんと母さんよりもずっと先に行ける。だから心配するな」


 もちろん言われなくても俺はそのつもりだ。

 でも父さんの気持ちを無下にしたくはない。


 だからウインドウに寄りかかったまま、苦笑交じりに答えた。


「……ありがと」



 ………………。

 …………。

 ……。



 やがて家の前に着き、車を降りて父さんと別れた。

 レストランで休ませてもらったりもしたから、すでに頭上は夕焼け空になっている。


 挨拶代わりに父さんの車がブレーキランプを何度か点灯し、そのまま道の向こうに走っていくのを見届けて、俺は家へ入ろうとする。


 玄関前の柵を開けようとし、ふと手が止まった。


「優愛は今、どうしてるかなぁ……」


 まだ喫茶店巡りをしてるだろうか。

 それとももう家に帰っただろうか。


 父さんとあんな話をしたせいか、無性に優愛に逢いたくなった。


「電話してみようかな……」


 せめて声だけでも聞きたくなって、スマホを取り出す。

 メッセージアプリを起動し、優愛の名前をタップした。

 

 呼び出し音が鳴り、なんとなく家の塀に背中を預ける。


 そして、『あれ?』と思った。

 近くの路地に住宅街には不釣り合いな高級車が停まっている。


 ちょうど我が家が見えるような位置だ。


 なんであんな高級車が……と思っている間に通話が繋がった。


「『もしもし、真広?』」

「あ、優愛」


「『なあに? ひょっとして、わたしの声が聞きたくなっちゃった?』」


 図星なのでとっさに言葉が出て来なかった。

 同時に視線の先では高級車のドアが開いた。


 そして――。


「ひょっとしてのひょっとして、わたしに逢いたくなっちゃった?」


 スカートをなびかせ、ウチの彼女が高級車から颯爽と降りてきた。


 俺は驚いて固まってしまう。


「優愛、なんで……」

「お義父さまと会った後だから、真広がそういう気分になるかな、と思って」


「それでウチの前で待っててくれたの……?」

「そ」


 優愛は華麗に髪をかき上げ、夕陽のなかで女神のように微笑む。


「来ちゃった♡」

「……っ」


 タイミングの良すぎる登場。

 あーもう、と俺はドキドキしてしまう。


 高級車のエンジンが掛かる音がし、空気を読んだようにどこかへ走っていく。きっと帰りにまた優愛が呼ぶまで、どこかで待機していてくれるのだろう。


 これでもう誰の目もない。

 俺たちは2人きりになった。


「正直に言うと……」


 本当、このハイスペックお嬢様には敵わない。

 観念して俺は白状する。


「……すっごく逢いたくなってました」

「素直でよろしい」


 満足そうにうなづく、お嬢様。

 お互いにスマホの通話を切ると、優愛は俺に向かって両手を広げる。


「はい、おいで♪」


 家の前だと誰か通りがかるかもしれない。

 ……と思ったけど、そういう心配は優愛に任せておこう。


 そう決めて、俺は素直に優愛に抱き着いた。


 柔らかな体の感触。

 控えめな香水の良い匂い。

 

 そして愛情いっぱいに抱き締めてくれる、腕。


「よしよし♪」


 優愛はご満悦で俺を抱き締め、そのまま後ずさって玄関の柵の内側へ入っていく。ダンスのようにくるりとステップを踏み、家の塀の裏へ。


 これで通行人が来ても問題ない。

 やっぱり優愛に任せて正解だった。


「……はあ、俺、変な甘え癖がついちゃうかも」

「いいんじゃない? いつでも甘やかしてあげるわよ?」


 良い子良い子、と頭を撫でられた。


「ぶっちゃけ変に爆発力あるところ見せられるより、真広は子犬みたいに甘えててくれた方がわたしにとって都合がいいわ」


「めちゃくちゃ本音だね……」

「当然。強者はウソ偽りなんて言わないものよ?」


 さすが藤崎優愛。

 お見それするばかりである。


「それで? お義父さまと話してて不安になっちゃったの?」

「いや不安にはなってないよ」


 考え方が同じで頭を抱えたくなったけど、それで自分の将来を悲観したりはしない。それだけの自信はもう持っている。


「ただ、もっと優愛と将来の話をしたくなった」


「将来?」

「うん」


 彼女の柔らかな頬へ、俺は頬をすり寄せる。


「たとえば、子供は何人欲しい、とか?」

「こ……どもぉ!?」


 一瞬で優愛の顔が真っ赤になった。


 あ、ヒーローみたいに格好良かったのに一瞬でポンコツモードになっちゃった。まあいいか。


「作るでしょ、そのうち。俺たちの子供」

「そ、それはそうかもだけどっ。でもほら、わたしたち、まだ作れちゃうようなこともしてないし……っ」


「するでしょ、そのうち。子供作れちゃうようなこと」

「そ、それはそうだけどっ。真広がしたいなら、わたしはいつだって……って、ああもう!」


 俺の肩へ、優愛が真っ赤な顔をうずめてくる。


「恥ずかしいからぁ! こんなこと、わざわざ言葉にしなくてもいいでしょぉ……っ」


 その反応が可愛くて、俺は「あはっ」と笑いながら、肩の優愛へ頬をすり寄せる。


「言葉にしたい気分なんだよ。こういう気分を受け止めるために優愛は来てくれたんでしょ?」


「とんでもないタイミングで来ちゃったって絶賛後悔してるわよ……っ」

「ごめんごめん。許して?」


 調子に乗って、柔らかい頬にキスしてみた。

 途端、ピクッと優愛は反応してくれる。


「もうっ、甘えたら許してもらえると思って……っ」


「許してくれない? 訴訟する?」

「しないし、許してあげるけどっ」


 お返しっ、とばかりに頬にキスされた。

 思わず口元が緩む俺を、優愛は赤い顔で可愛く睨む。


「まったく、この藤崎優愛にこんな恥ずかしい思いをさせられるのなんて、真広だけなんだからね? 感謝しなさいよね?」


「してるよ。いつだってしてる。今だって感謝で胸がいっぱいだ」

「だったらいいけどぉ……」


 おでこを合わせて見つめ合う。


「俺は子供は二人ぐらい欲しいなぁ」

「わ、わたしが産むの?」


「他にいないよね?」

「そうだけど……っ」

「産んで欲しいなぁ」


 顔を突き合わせた、完全に逃げられない距離で俺は囁く。


「俺……優愛に俺の子供を産んで欲しい」

「~~~~っ!」


 かぁぁぁぁっと優愛の頬がさらに赤くなる。

 俺の背中にまわっている手も、我慢できないっ、とばかりにパタパタしだす。


「ねえ、照れるっ! 照れすぎてわたし、どうにかなっちゃうーっ!」

「あはっ、俺も実はすっごく照れくさい」


「じゃあ、どうしてこんなこと言うのよぉっ」

「だって言いたいんだもん」


 それに照れてる優愛がすっごく可愛いし。

 堪らず、ギュッと抱き締めた。


「優愛、好きだよ♪」

「も~っ!! 真広のばかばかっ! わたしも好きよーっ!!」


 真っ赤になってジタバタする、優愛。

 結局、暗くなるまでそうやってイチャイチャさせてもらいました。


 色々あった一日だけど、俺たちは絶対、大丈夫だ。

 胸を張って、そう確信できる日になりました。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



次回更新:土曜日

次話タイトル:『第26話 わざと胸に触っちゃっても甘えれば許してもらえるんじゃないか説』

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