第十四章 ④

 本当に高い肉だからゼルはメニュー表を疑った。あきらかに、ゼロが二つ多いのだ。人差し指で何度も確認するも、見間違いではない。

「肉食うのに専用の個室とか人生初体験だな。なんだここ、元貴族屋敷か?」

 疑ってしまうほど、豪奢な部屋だった。目も眩むような調度品が飾られ、部屋の中央に陣取る丸テーブルと椅子は脚に宝石が埋め込まれている。それ、本当に必要か?

 ウェイターは存在せず、席に着くゼルとベニアヤメ以外誰もいない。代わりに、高位解析機関を搭載した料理用エレベーターが壁に直接設置されている。テーブルの端に置かれてあるタイプライターで命令すると、機械のアームが料理を運ぶ仕組みだった。

 フレンジュと一緒に訪れたバーと同じシステムだ。ゼルの胸を、荒縄で締め付けるような鈍痛が襲った。

 かぶりを振り、目の前の獲物に襲いかかる。

 鉄板の皿、上に乗るのは縦か横かも分からない分厚いステーキだ。断面は適度なレア加減である。肉汁が出ない分、原始的な記憶を刺激するかのようなスタイルだ。

 大きく切り、強引に口内へと押し込める。顎が我武者羅に動く様子は、狼でさえ上品に見える。

 それはステーキを食べているというよりも、片付けていると表した方がしっくりときた。すでに、五キロ分は胃袋に収まっている。付け合わせのアスパラガスと人参のグラッセをフォークで纏めて突き刺して飲み込む。

 ゼルは赤ワインをボトルで直接流し込んだ。

「美味いな。タダだと想うと余計に」

「遠慮なく食べるのだ」

 ベニアヤメはニコニコと笑っているだけで、ほとんど料理に手をつけない。真っ赤なワインを舐めるようにちびりちびりと消費しているだけだ。

「遠慮なんて言葉、家の廊下に転がってるよ」

 ゼルの右手側、テーブルには機操剣が鞘に収まったまま立てかけられていた。少なくとも、ここは戦場ではないからだ。

「ベニアヤメ」

 ステーキを切り刻みながらゼルが言った。

「なんなのだ?」

「俺、手前の犬になるつもりはねえぞ」

「……何故なのだ? 銀行領や騎士団に敵うと、本気で想っているのだ?」

 ゼルはステーキから顔を上げた。

 ベニアヤメの笑みは笑みのままだった。

「この事件、最初から手前が関与していた。そうだろう?」

「証拠はあるのだ?」

「あるさ」

 ゼルはステーキを胃袋に収めながら言葉を続ける。

「俺とフレンジュをレインが止めようとしたとき、手前はあまりにも出来過ぎたタイミングで現れた」

「《墓標の黒金》が女を連れていたら、嫌でも耳に入るのだ。それに、ゼルが死ぬとわっちが困るのだ」

「なら、最初から戦場へ行くのを力づくで止めればよかっただろう。赤狐隊の力なら、それが出来る。なのに手前は俺がバグルに苦戦したタイミングで現れ、交渉した。人間、命の危機に追い込まれれば口は泡みたいに軽くなるからな」

 なにより、と。ゼルの双眸に烈火の怒りが灯る。

「フレンジュを外へと追い出した。騎士団に狙われていることも、手前なら知っていたはずだろう?」

「人間、護るモノがあると強くなれると同時に弱くなるのだ。わっちが好きなのは、火竜だったころのゼルなのだ」

 ゼルがおもむろに立ち上がった。機操剣を掴み取り、ワイヤースターターを引っ張る。内部で着火ホイールが回り、蒸気機関へと火が入った。高位解析機関へと力が届く。MアポートンM一八五〇を囲うSカノッソス零式が一つ起動、一分足らずで二つ目が起動した。ここから先が、少々長くなる。

「フレンジュの仇だ。首を寄越せ」

「くくく。汝は忘れているのだ」

 剣を突きつけられてもベニアヤメは笑っている。

 こいつとの距離は、いったいどうすれば埋められるのか。

「ゼル。銀行領が動いているのだ。ヌシ一人で逃げおおせられると想っているのだ? わっちの手を借りるのが最善なのだ」

「猿芝居はもうよせ。腹一杯で消化不良だよ」

 ゼルは鍔を回して、保存済みの機導式を選択する。腰を低くし、両腕はだらりとさらに落とす。機操剣の切っ先が床に触れた。あまりにも脱力した構えだった。とてもではないが、敵討ちしようする人間の行動には見えない。

「銀行領は動かない。濡れ衣を着せられた? ふざけるな。その程度で揺らぐほど向こうは肝っ玉の小さい組織じゃねえよ。なにより赤獅子騎士団も狙っている女にわざわざ手を出す馬鹿でもない。ベニアヤメ、手前の目的はただ一つ。俺を義理で縛り上げることにあった。けれど、俺は手前の手を借りようとしなかった。だから、フレンジュを殺した、違うか? わざわざ騎士団の犯行に偽ったのは立派だが、だからこそ甘い」

 あのとき、ゼルは敵の狙撃に気付けなかった。自分の足を、そしてフレンジュを撃った弾丸だけはベニアヤメの仕業だった。場に居合わせた騎士団は、自分達の仕事〝そのもの〟だったから、仲間の誰かがやったのだろうと疑いもしなかった。

「なにもかも、ゼルの憶測にすぎないのだ。そんな夢見がちな頭で現実を生きていけると想っているのだ?」

「瀟洒会同盟の会長様が、他勢力の名前を利用したって俺が公言してみろ。虎の威を借りる狐って言葉がある。手前が猛獣じゃなくてたんなる小悪党って証明されるようなもんだな。手前にとっちゃ、そっちの方が不味いだろう?」

「そんな妄言に付き合うほど、あいつらも愚かではないのだ? それに私は嘘が嫌いなのだ。誹謗されれば舌を抜き、中傷されれば脳味噌を抉るのだ」

「いいや、手前は困る。これから間もなく、美味しいけど面倒臭い問題が続くからだ」

 Sカノッソス零式、三つ目が起動する。

 ゼルは口の中に残っていた胡椒の粒を、糸切り歯で噛み潰した。

「俺とバグルが戦ったせいで、旧工場地帯に破壊の爪痕が残された。こいつをどうやって処理するんだろうな?」

『このままでは無頼者が暴れて迷惑ですので都市が管理します』と赤獅子騎士団が。

『壊れた建物が危険ですので、修理費あるいは解体費を我々が肩代わりします』と銀行領が。

『他の組織が狙って危険だから、わっちに任せるのだ』と瀟洒会同盟が。

いくらでも土地の管理者から所有権を奪う方法がある。

「必ず争いが起こる。となれば、武力が必要だ。いくらあっても足りないくらいだ。だからこそ、俺が必要だった。違うか?」

「自分を買い被りすぎなのだ、ゼル。お前程度の戦士、わっちの赤狐隊で十分以上に補填出来るのだ」

「身内を湯水のように使い潰すのか? 罪人を収容する監獄船に干渉したのはどの組織だろうな? 手前の好きなときに蜥蜴の尻尾切りが出来る奴がいると便利だろう? この街で腕が立ち、かつ、どの組織にも属していないのは俺だ」

 ベニアヤメはもう笑っていなかった。顔の筋肉はそのままに、目の奥が濁っていた。まるで、底無し沼の中から怪物が手を伸ばしているかのように。

「ゼル。私は飼い犬にはたっぷりと餌をやる主義じゃが、野良犬に餌付けをするほど愚かではないのだ」

「なら、金を払う。けど、ちょっと持ち合わせが少ないから、一度銀行に行きたいんだが」

「……ううん、なのだ」

 ベニアヤメが立ち上がり、両手をテーブルに置いた。

「ここで、その首を貰うのだ」

 刹那、光瞬く。

 ゼルの身体が真後ろへと吹き飛んだ。

 防音用の分厚い壁を貫通し、なおも慣性は続く。

 壁に調度品、解体する前の肉、色々な物が衝撃と共に通りすぎた。自分自身が砲弾になった気分である。点滅する視界の奥の奥、ベニアヤメが喉奥を鳴らす層に笑みを濃くした。

「わっちはなにも知力と美貌だけで瀟洒会同盟の会長になったわけじゃないのだ。たった一匹の犬を倒せぬようでは、これからの闘争に生きていけないのだ」

「だったら、脱落第一号の称号はどうだい?」

 確実に吹き飛ばしたはずのゼルに近くから声をかけられたものだから、ベニアヤメが目を見張った。

 すでに踏み込み一つ、剣の間合いだった。

 頭上高々と火竜小唄の刀身を振り上げる。

 俺を、なめるな。

 ゼルの身体からボロボロと剥がれ落ちる黒金の雨に、ベニアヤメが息をのむ。

「その力は」

「喜べ、手前を倒すために用意した〝とっておき〟だ。遠慮せずに喰らっとけ!」

 咆哮一閃、竜の牙が啼く。

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