第5話 頑張った俺

 さて、どうやってこの場をやり過ごそう。ここは廊下だ。俺は早く帰りたい。葵も待っているのに。


 どう説明すれば納得してもらえる?帰ってもらえるんだ……なんか怖い。女ってみんなこんな感じなのか? それとも、この三人だけ? 


 頭の中で色々考えていると、三人とも何だか悲しそうな顔をしてくるんだ。真ん中の子なんか、今にも泣き出しそう。……俺の方が泣きたい。いや、なぜだかイライラしてくる。三人とも、俺が好きなんだろう? 違うのかよ!

 ……どうして俺を困らせる、イライラさせるんだよ!


 「……困ったな。ええと……」

 「えっ、なに? 」

 ……ああ、そんな近寄ろうとしないで欲しいな。

 俺は少し後ずさる。こっちに来て欲しくない。


 「あの……正直に言って……みんな同じくらいなんだけど」


 あ、廊下にまだ人がいるんだから、俺たち目立ってないか? 完全に見られてるよな? 恥ずかしくないのかよ!


 「それって、誰が一番とか選べない、って事? 」

 「う、うん。そう。みんな同じくらい……」

 「同じくらい好き、って事? 」

 ……え、いや、好き、ってわけじゃないけど……やばい。なんて言えばいいんだ!

 俺はとっさに嘘をついた。

 「うん。みんな同じくらい好きだから、一番が誰とか言えないんだ。……ごめん」


 この時俺は、世の中にはついていい嘘もあるんだ、と身をもって知った。自分の身が守れるんだ。相手も守れるんだ。


 三人の女の子たちは、それぞれほっとした様に見えた。


 そして、ありがとう、ごめんね。と言って帰って行った……。


 ……はあ。


 「すげぇな。杉﨑。なんだ、あれ? 」

 俺は無意識にしゃがんでいたらしい。ギョッとして振り向くと、タオルを肩にかけたクラスメイトが突っ立っていた。


 ……教室にもまだ居たのかよ……。

 「何やってんの」


 「早瀬……見てたのかよ……」

 早瀬は確かミニバスクラブに入っているはず。今頃は体育館じゃないのか?

 「タオルを忘れたから取りに来たらさ、いたんだよ。見たくて見たんじゃないし」

 「体育館に行くのに荷物全部持って行かなかったのかよ」

 「ん?僕はミニバス辞めたんだ。今は陸上クラブに仮入部てところかな」

 「え? 辞めた? 」

 「うん。年末で辞めた。まあ、今はお試し期間みたいだけど。五年生になったら、正式に入ろうと思ってるんだ」

 「へえ。そうなんだ」

 「うん。僕はただ走っている方が楽しいみたいで。チームプレーよりも個人プレーの方があっているらしいな。」

 にかっ、と笑った顔が可愛い。


……可愛い? 


「……そうなんだ。早瀬は走るの速いからな」

 「そんなに速くはないぞ。けど……走るのは気持ち良いな! 」


 ……ああ、いい笑顔だ……。

 ……ん?


 「走るのが気持ちいいなんて俺にはわからないな。疲れて苦しいだけだよな」

 俺がずっとしゃがんでいたら、早瀬も同じく屈んできた。そんなに身長が高くない早瀬は、バスケットをやれば身長が伸びると思って始めたらしい。前に誰かが言っていた。

 まだ四年生だぞ? まだまだこれから伸びるんじゃねえの? 

 ……て、俺に言われたくはないだろうな。160を越えて、まだ伸びそうな俺からはな。


 「杉﨑はこんなでかいのにもったいないよなあ。なんかやらないのかよ?」

 早瀬はそう言いながら、丸くなっている俺の背中をポン、と叩いた。


 早瀬!! ちょ、今、のなんだ!

 「……わりぃな。苦手なんだよ。動くのが」

 「ホントもったいないよなあ。」

 

 顔、近い! なんか俺……ヘンだ。


 俺はゆっくりと立ち上がった。

 早瀬も同じく姿勢を直した。

 「……本当に、もったいないな」


早瀬は俺を見上げて、なんか悔しそうに言った。


 ……俺たちは,、軽く見つめ合ってしまった。……無言で。


 廊下に人が居るとかそんなの気にならない。さっきはすごく気になったのに。


 なんだろう。この空間。空気。


 ハッ、と思い出した様に早瀬は

 「やば! 先生に怒られる! タイム計るの待っててもらってるんだった! 」

 と、慌てて教室を出て行こうとした。


 「あ、早瀬! わりぃけどさっきのは! 」

 「誰にも言わねぇよ! アホか! 」

 「お、う。有難う。陸上がんば

!」

 俺たちは最近頑張れを『がんば!』って言ってるんだ。

 「うん! じゃあな! 」 

 「またな! 」


 つい最近まで「バイバイ」とか言ってたのになあ。



……って見送ってたら、葵を待たせてるのを思い出した。アイツは先に帰ったかもな。



 一応はアイツの教室に顔を出してみるか……と思ってたら……なんだよ、アイツは女子たちとおしゃべりなんかしてやがった!



 「えーあそこのチョコレートケーキよりも、ミルミィの方が美味しいよー?」

 「え、僕食べた事ない」

 「今度買ってもらえば? 」

 「うちのお母さんケチだからさあ、そんなにちょくちょく買ってくれないんだもん」

 「なんでぇ? 葵っちのお父さんて社長さんなんでしょう? お金持ちじゃない」

 「そんなにお金持ちじゃないよ。お母さんなんかさあ、お化粧品をただでもらうのにすんごい迷ってるもん」


 「何、それぇ~!」

 ギャハハ……って三、四人で笑っていた。松乃おばさん、あなたの息子はおしゃべりです。おばさんかわいそうに。


 あ、やっと気付いた。


 「基! どうしたの? 遅かったね」

 「あ、基っちだ」

 「杉﨑君はミルミィのチョコレートケーキ食べた事ある? 」


 「は? 」

 何で俺が? ミルミィの?

 「ミルミィのはチーズケーキならあったかな。たぶん」

 確か誰かお客さんからもらったと思う。店の中に喫茶店みたいなコーナーがあるって聞いた。チョコレートケーキは無かった。


 「えっ! 基、ミルミィのケーキ食べた事あるの! いいなあ~!」

 「ほらぁ、基くんのうちだってお父さんが社長さんなんでしょう?だめじゃん、葵っちも今度買ってもらいな?」

 何で社長さんのうちだから買ってもらわなきゃならないんだ? 


 「ごめん。それ、お客さんからもらったやつだから」


 すると全員が『いいなあ~もらいたいなあ~』の合唱になってしまった。



 ……葵まで。


 やっぱ女子は疲れるよな……葵はよくこんな話題で盛り上がれるな。俺には無理だ……。

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