第3話 大賢者との出会い
どうすれば逃げられるだろうか。
そんなことを考えている間にもどんどんカリンは弱っていく。
俺が死ぬことはカリンが死ぬことと一緒だ。無駄に戦いを挑むよりも、どうにか諦めてくれることを祈るしかない。
俺は目線をあわせたままゆっくりと後ろへ下がる。
心臓が口から飛び出そうなくらい、呼吸が苦しい。
でも、デビルグリズは俺が下がった分だけ近づいてくる。どうする? イチかバチか走って逃げるか?
でもカリンを背負っている以上、後ろから攻撃を受けたらカリンが死んでしまう。
できるだけ早く、解毒薬を探しにいかなければいけないのに。
「カリン、大丈夫だよ。絶対に助けるからね」
俺がカリンにそう囁くと、カリンは痺れる身体の中でいきなり俺の背中を押した。
「カリン何を……!?」
しっかりと見ていたはずだったが、俺の頭のあった場所をデビルグリズの爪が通過していった。俺は額の左側に、カリンは左腕を切り裂かれる。
俺の目では全然追いつけていなかった。
カリンを落としそうになるが、なんとか耐える。
一発で仕留められるはずだと思っていたのが、仕留められなかったことで、デビルグリズも少し警戒しているようだ。
俺の恐怖が相手に伝わらないようにデビルグリズからは目をそらさずに睨みつける。カリンはこんなところで死んでいい器じゃないんだ。
だけど……頭の痛みに呼吸を整えようとしても、鼻からはとめどなく鼻水がながれ俺が呼吸をすることを拒んでいる。
逃げられないなら戦わなければ……そう思っていたのに僕はデビルベアに立ち向かうこともでき彼女を救うために彼女に覆いかぶさり庇うことしかできなかった。
八方ふさがりだ。
でも、できることを全部やろう。彼女が1秒でも長く生きてくれることを祈って。
あぁ僕はここで死ぬんだと思った時、僕は彼女の顔を見ながら笑った。
少しでも彼女の不安を取り除きたかったのだが、彼女の震えは徐々に治まり始まっている。このままでは彼女ももうそう長くはない。
俺がゆっくりと一瞬目を閉じ覚悟を決める。
彼女を助けるために、デビルグリズを引き付けて薬草も手に入れてくる。
俺が動こうとしたその時、『ドン』という何かがはじける音とデビルベアがの耳を裂くような叫び声が聞こえてきた。
「こんなところにデビルグリズがいるなんて珍しいな。大丈夫だったかい?」
そこに立っていたのは、絵画から抜け出してきたような銀髪の美しい女性だった。
なにが起きたのか、はたまた俺は死んでしまったのではないかと思った。
だったらこの人は死んだときに出会うという女神様なのではないかと思った。
「女神様……お願いです。俺はこのまま死んでもかまいません。だけど、カリンだけは助けてあげてください。カリンは誤ってテトロン草を食べてしまって、ダケノン草が必要なんです」
「ん? ほぉその子はかなりまずくなっているじゃない」
その女性は白杖をどこからか取り出し、地面に何かの種を撒くと急激に成長しだした。
あれは木魔法の急成長だった。
「あなたたちは運がいいわね。この私が側にいたんだから。でも女神じゃないわよ。賢者のジャルミンっていうの。あっでも普段は人の前にあまりでないから、私に会ったことは秘密にしておいてくれると嬉しいわ」
彼女は鼻歌交じりに植物を育てると、今度は水魔法と火魔法で薬草を空中で沸騰させ始めた。そしてそれを風魔法と氷魔法であっという間に冷やすと、優しくカリンのことを抱きかかえ口の中に薬液を流し込んだ。
「賢者ジャルミン様ありがとうございます」
「いいのよ。ここで出会ったのは何かの縁だから」
ジャルミンはカリンの頭を優しく撫でながら症状が落ち着くのを見ていてくれる。
「賢者様はいろいろな魔法が使えてすごいんですね」
「全然私はすごくないわよ。上には上がいるわ。賢者って名乗るには最低3種類以上の魔法が使えることが条件だからね」
「俺でも賢者様みたいに沢山の魔法を使えるようになりますか?」
「あなたには……魔法の才能があるわ。でも、簡単にたどり着ける道ではないわよ。あなたが進む道はかなり険しい道になるかもしれないわね。もしかしたら、私のようになるのはかなり苦労するし、周りからは否定を受けるかもしれないわ。だけど、できないって諦めるのも、逃げるのもそれはあなたの決断よ。まわりがなんと言おうとあなたが見る夢はあなただけのものだからね。夢を叶える途中を楽しみなさいね」
彼女は優しく僕の頭を撫でててくれた。
優しい彼女の手が俺の瞼を重くさせる。
それから……気が付くと俺とカリンは街の入口でデビルグリズの死体と共に寝ていた。
デビルグリズは一撃で殺されていた。
俺は夢を見ていたような気分だったが、デビルグリズがいたこと、そしてカリンの腕と俺のおでこにはうっすらと傷の跡があったことで、あれは夢ではなかったのがわかった。
カリンは無事に麻痺毒から回復してくれた。
賢者様に助けてもらったことを覚えているかと聞いたが、カリンは覚えていなかった。賢者様は街に入ることもなく、どこかへ消えてしまったらしい。
もっとお話をしてみたかったし、聞きたいことは沢山あったが、どうも人前にでるのが嫌いらしく、姿を見れて名前を聞けただけでも運がよかったとのことだった。
グッドルはそれから、逃げたのではなくて大人を呼びに行っただけだといい、3人は表面的には仲良くやっていったけど、俺はそれからあの時の恐怖で大好きだった森へ一人で入ることができなくなってしまった。
大きくなるにつれてその症状は悪化していき、カリンがいないと街からでることはなかった。カリンがいなくなった今では街からでることはできない。
カリンがいた時には一緒に森の中に入って薬草の採取とか協力していてもらっていたが、俺は彼女にとってただの重荷になっていた。
カリンはある日、自分の剣の力を試すと言って王都へ行ってしまった。
旅立ちの日をグッドルはそのことを知っていたみたいだったけど、俺にカリンは声をかけてくれることはなかった。
遠回しに俺には見送りをして欲しくなかったってことなんだと思っている。
あの日から俺は街からでることなく、ギルドでの下働きと飯屋で働いている。
大人になるってことは色々なことを諦めることだと思っている。
大好きだったカリンのことも、森の中を探検していた時間も、自分の夢も……。
俺は賢者様に会ってから、賢者様に助けられたから密かに賢者様のようになろうと修行をしていた。
賢者様が言っていた3つの魔法を使うことができることが最低条件だと言われてから、火、水、土、風、氷、木、光、収脳魔法を使えるようになった。
だけど、俺は使える魔法は増えたが、威力も持続時間も全然成長しなかった。
あの時見た賢者様のように一撃でデビルグリズを倒せることもなければ、イメージしていたような魔法を使えることはできなかった。
魔法を使うとすぐに魔力切れを起こし気持ち悪くなってしまう。
俺には魔法を使う才能はあった。でも、魔力が圧倒的に少なくて使いこなすことができなかったのだ。
賢者にはなれなかったが、生活魔法としては十分で、炊事、洗濯、料理などには使えるようになった。
小さな頃に夢見たように、カリンの横に並んで世界を旅する冒険者になることも、助けてくれた大賢者様を探してお礼を言うこともできない。
それでも、冒険者ギルドで下働きをしているのは心の中で踏ん切りがついていないからだ。ギルドの連中から馬鹿にされ、幼なじみのグッドルが成長してギルドで中心人物になっていくのを横目に、それでもしがみついてしまう。
明日も今日と同じ日がやってきて、俺の変わりは沢山いて、特別な誰かになれないのは頭の中では理解しているつもりだ。
でも、賢者様が俺にかけてくれ言葉、『あなたには……魔法の才能があるわ』それがいつまでも俺の心を縛りつけていた。
夢を叶えることもできず、諦めることもできない俺は中途半端なままの人生を送っていた。
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