第20話 希望

卑怯な手を使うしかない。

物語の主人公だったら有り得ない行動だ。卑怯者のやり口だ。だけど、この方法しか思い付かない。嘘を付いて、嘘を重ねて、嘘を積み上げる。最後は崩落するけど、仕方ない。ボクが謝れば良いだけだ。


段階として、触上砂羽先輩の瞼を絶対に閉じさせる。


薄暗いコンテナの中でも、彼女の美しさが分かる。

綺麗な人だ。

美少女という単語は彼女の為に用意されたに違いない。

潔癖症という事もあって、顔のケアもバッチリだ。キメが細かく、ゆで卵の殻を剥いた白身だ。塩を振って、齧りつきたい。

そして何より、ボクの鼻息でも揺れるんじゃなかったと思う長いまつ毛。

もう反則だ。

麒麟でもここまでまつ毛は長くない。長いのは首だけだ。

瞼を閉じれば、眠れる美女。

瞼を開けば、狂える潔癖女。

ずっと眺めていたいけど、時間が無い。限界は直ぐ、そこまで迫っている。銃で撃ち抜かれた股間は、既に痛みはない。麻痺しているみたいだ。激痛過ぎて、脳の一部がシャットダウンしたんだろう。けど、意識は朦朧としている。頭の中はここまでクリアで、クールなのに。

急がないと死神に肩を叩かれそうだ。


早く瞼を閉じさせ、股間を口に持っていけばボクの勝ち。

全て上手く行く。

ボクの股間も回復し、あとは簡単だ。

コンテナには複数の穴がある。

人が出るのは不可能だけど、ボクのあそこは穴を通る。つまり穴からあそこを出し、オシッコする。転送させるのは、鷹茶か触上砂羽先輩のどちらかになるが、この場合は鷹茶だ。

触上砂羽先輩はおそらく、ボクの股間に接吻後、必ず失神する。

潔癖症の人間が血だらけの股間にキスするんだ。

失神、もしくは死亡するかもしれない。潔癖症で人が死ぬことはないと思いたいが、死なない事を祈ろう。


あ、ヤバい。そろそろ限界のようだ。

また股間が痛み出した。先程は、痛みが消えていたのに、今は地獄のような苦しみだ。呼吸だってし辛い。血が止まらないから、本当に気を失いそうだ。

もう時間が無いのは分かる。そして時間切れはボクの死だ。

生きることと死ぬことなんて、これまで考えなかった。普通に生きて、死ぬと思っていた。変な能力を持っているけど、普通に過ごせる。と、信じて疑わなかった。

あ、死神が一瞬、見えた。

黒い漆黒を纏う死神が。

幻想が見えてしまっている。

早く触上砂羽先輩を説得しないと、本当に終わる。

人生が終わる。


「もう一度言います。瞼を閉じて下さい」

「嫌な予感しかしません。何を考えているんですか? 汚物にキスをする趣味はありません。するくらいなら、自分の汚物にキスします」


ボクを汚物と表現するのは止めて欲しい。重症のボクだから、心のメンタルを保つのが大変だ。崩れ落ちそう。落ちる。つまり死だけど。

考えるんだ。

良く考えろ。


「触上砂羽先輩。ここは、かなり汚いですよ? 大丈夫ですか?」

「分かっています。余り直視しないようにしています。直視すると気絶しそうです」

「地面を見て下さい。鉄が錆びてボロボロになっています。あと、ホコリが多いですよね? どうしてでしょうか? 虫の死骸もあるかもしれません。死骸にドブネズミが群がって、糞をしている可能性もありますよ」


彼女が顔が生気を失う。

ブルブルと震え出した。

鷹茶は、口に猿ぐつわをされているので、表情がいまいち読み取れないが、目が完全に笑っている。先程まで泣いていたと思ったけど違ったみたいだ。

それより彼女だ。

いい感じに、彼女は身の毛がよだっている。

よし。


「ボクを見て下さい。こんな不衛生なところにいると怪我からバイ菌が入り、破傷風になるかもしれません。感染症になるかもしれません」

「自分的には、どうすれば良いんですか?」

「取り敢えず、少しの間だけ目を閉じて下さい。ボクがなんとかします。見てしまうとばい菌が目から侵入しますから」

「………わかりました」


彼女は素直に瞼を閉じた。

少し震えている。

こんなに可哀相な人を見たことが無い。潔癖症が生きるのにここまで不便だとは思わなかった。

彼女は可哀相だ。

でも、ボクは生きる。

生きるのに大切なのは、生きる意思だ。生きようとする気持ちだ。そこで誰かを蹴落とすことがあっても仕方ない。


「触上砂羽先輩ごめんなさい」


ボクは頭を下げた。

彼女は、首を傾げているが、瞼を開かなかった。

大丈夫だ。出来る。ボクは痛む股間に耐えながら立ち上がる。血がボタボタと床に落ちる。まるで血のシャワーだ。続いて、激痛。叫びを上げたい。銃弾が抜けていると嬉しいけど。

ボクは一歩、また一歩と前に進む。

服越しで、効果があるか分からないので、ズボンとパンツを脱ぐ。もう変態だ。鷹茶が両手で目を覆っているけど、指の隙間からガッチリ見ている。この前の転送の時に見ている筈だけど、そんなに珍しいんだろうか? 血だらけの股間が? 疑問だ。でも今は、そんなことを言っている暇はない。

急を要する。


「あのなんですか? この時間? 何をしているんですか?」

「いえ、あ、ごめんなさい」

「え、あ! うぅうう」


ボクは思っきり、彼女の口元に股間を押し付けた。

激痛と共に、柔らかい感触がした。まるで綿毛。弾力のある桃。クッションではない。ビーズクッションでもない。それは天然のゼリーのような感触。あーこれが股間にキスか。

キスなのか。

とても温かいお湯を掛けられた感触の後、激痛が消えた。傷口も何もない。新品になった。いや、新品ではない。ボクのあそこが戻ってきた。少し劣化しているような気もするが、気のせいだ。照明の無いところで見るからそう見えてしまうのだ。


「治っている! ありがとうございます。触上砂羽先輩! ってか、気絶している」


やはりと言うべきだろう。

触上砂羽先輩は口から泡を吹いていた。呼吸をしているか、確認のため口元まで近付く。


「死ぬ。死にます。殺して下さい。殺さないなら、世界を燃やします。世界を灰に。世界を無に。真っ白にします」


恐ろしい、うわ言だった。

起こすとボクの命日になりそうなので、そっとしておこう。今は脱出だ。この汚いコンテナから脱出をしよう。

母さんにも色々と聞きたい。

あの男も戻ってくるかもしれない。

急がないと。


「鷹茶。悪いけど、転送する」

「うううーういううううおおお」

 

復活の呪文か?

何か訴えているみたいだけど、気が動転してスマホを使うことを忘れている。


「何を言いたいかわからないけど、転送するから」


ボクは、騒ぐ鷹茶を無視してコンテナのボロボロの穴部分からあそこを外に出す。そして放尿する。

鷹茶に見られながらの放尿は、少し照れる。完全に変態のやることだ。もうお嫁に行けない。鷹茶に是非、貰ってもらう。

そして鷹茶がコンテナから姿を消した。

ボクは穴から外を見た。

鷹茶が座り込んでいる。勿論、ボクの尿で汚されている。


「鷹茶、早くコンテナを開けてくれ。鍵とか、付いてるなら教えてくれ」


コンテナに鍵が付いていたら、終わりだ。

もう開けれない。

あの男みたいに全員を尿まみれで、ボク自身が転移するしかない。絶対に嫌だけど。

程なくして、コンテナの扉が開いた。

外はすっかり日が落ちていた。辺りには人がいないみたいだ。今なら逃げれる。触上砂羽先輩をどうすれば良いだろうか? さすがにお姫様だっこで逃げることは無理だ。鷹茶と手分けをすれば………。

鷹茶の方を見る。

落ち込んでいる。

猿ぐつわをされているのでイマイチ、感情を読み取れない。しかしボクの尿を掛けられたことでトラウマが更に濃くなったのは言うまでもない。

それにあの男の血も付着しているので、悲惨を通り越して悲劇だ。


「先輩を運びたいから、手を貸してよ」


答えない。

体操座りで、地面をじっと見ている。

もう動かないこと山のごとし状態だ。


「ボクが悪かった。嫁に貰うから、手伝ってよ」


答えない。

ん?

違う。答えられないのか? 会話が出来ないから口のヤツを外したい。良く見ていないけど、壊せると思う。

しばらくすると、キィィィと叫び声のような軋み音を上げてコンテナの扉が開いた。扉が重いので、鷹茶がへばっている。女子の力では、重過ぎたみたいだ。


「ありがとう。そうだ。後ろを向いて」


死んだ魚の目でボクを睨む。


「何?」

「うーううぬぬぬ」

「何?」

「うーぬぬぬ〜」

「あー尿を掛けられたことを怒ってるの? でも緊急事態だから仕方ないよ? 我慢してよ」


ボクは諭す。

ま、納得はしない。

「やれやれ」とボクがうんざりすると、拳が飛んでくる。


「痛いから。もういいから、後ろ向いてよ。その口のやつを取るから」


鷹茶は納得出来ないという視線を送り、後ろ向いた。

鍵穴があった。

おもちゃではない。本格的な拘束具のようだ。こんなモノが普通に売っている自体が問題だ。しかも口を拘束して何なるんだ? 口の中は見えないとセクシーではない。綺麗な歯を持つ女性が笑わないと意味がないように拘束する意味がボクには分からない。

鷹茶の場合は能力封じだろうけど。

力任せで取れそうにない。

鍵をゲットしないと、鷹茶はずっとこのままかもしれない。


「鷹茶、やっぱり取れそうにもない。ひとまずここから離れよう。あの男も怖いけど、クロ………黒影もいるんだ。また拘束されたら、もう逃げれない」


頷く鷹茶。

ボクはコンテナの中に戻り、触上砂羽先輩の様子を見た。まだ気絶をしている。


「鷹茶、悪いけど彼女の足を持ってよ。ボクは上半身を持つから」


触上砂羽先輩の脇に手を入れ、持ち上げる。思っているより重い。ボクのひ弱な筋肉が既に悲鳴を上げている。

鷹茶が足を持っているが、こちらも限界は近い。ボクと鷹茶だけで、移動してから転送する方がいいかもしれない。体力と時間が無駄になる。


「鷹茶、ここはボク等だけで逃げよう。あとでボクか君が、彼女を転送すればいいよ」


鷹茶がこくり頷く。体力の限界を感じているみたいだった。

またコンテナの中に触上砂羽先輩を戻した。扉は念のために閉めたが、簡単に開くように少しだけ開けておいた。彼女が目覚めて、自力で脱出出来ればいいが、もし男が帰って来ても見付かることを遅らせたい。


「行こう」


ボクと鷹茶はコンテナを出て、移動を始めた。

外は夜だ。古いコンテナが積み上げられている港だから街灯が少ない。あの男が出入りしているから防犯カメラや防犯装置があることは期待出来ない。遠くの方で灯台の光が見える。クルクルと光が回り、頂上には赤い光が灯っていた。

赤い色。

あの男の血を想起させられる。

目的は全くの謎だ。母さんが関わっているみたいだけど、そこも謎。鷹茶のいう組織がいくつもあり、ボク等を狙っていると考えた方が無難だ。

知らなかったことだけど、こんなにも能力者が溢れているとは。しかもこの街でボク含め3人も存在するのは何か仕組まれているような気持ちさせられる。

いや、今はいい。

ここから脱出しないと。あと、鷹茶の口の拘束具も取ってあげないと、可哀相だ。

ボク等は黙々と歩き、コンテナ置き場の大きな門の前まで来た。フェンスの門だったが、かなりの高さがある。上部には有刺鉄線が巻き付けてあり、侵入者を拒んでいる。今は脱出を阻止されているが。

ボクは鷹茶を見た。

お手上げという感じで、両手を挙げるポーズを取っている。

洋モノっぽいリアクションで少し苛立つ。

転送が出来る2人だったら、こんな弊害は屁でもない。フェンスの間から媒介物を門の外に出し、1人を転送。転送された1人が門の外に、門の中の人間を転送。

以上だ。

でも、鷹茶が能力を使えない。

本当に使えないヤツだ。

仕方ない。

ボクがフェンスによじ登り、向こう側に行き、鷹茶を転送しよう。


「ボクが………」


言う前に鷹茶がフェンスを登り始めていた。


「………」


何かを察したのは分かる。

しかし、悲しい。ボクの転送は出来るだけ、使う気はない。だが、緊急事態だ。あの男にボク等は拉致されたのだから、使えるモノは使った方が良いんだ。

必死にフェンスを登る鷹茶。

多分、彼女は忘れている。彼女が着衣しているのは制服だ。

仕方ない。

ラッキースケベということで、上を見上げますか。

ボクも登る必要があるから、仕方なく見上げるわけだから、仕方ない。仕方ないんだ。

とんでもない下心があるわけではない。

下着など布。言ってしまえば、繊維。下着と分類されているけど、服の一種なんだ。それをいやらしい風に見てしまうのは、世間が悪い。ボクは達観している人間だから、下着の1つや2つでは、何も感じない。無だ。青い空を見て「青いなぁ」と発言してしまうほど心が清らかなんだ。

だから下着を見てしまっても、ボクはこう言う「下着かぁ」と哀愁たっぷりに発言してしまうだろう。

さぁ。もういいだろ?

上を見上げますか?

希望という光が見える筈だから。


早速、フェンスに手を掛け、上を見上げる。


「あれ?」


鷹茶がいない。

直ぐ側で、フェンスをカッチャンカッチャンと鳴らせながら、登っていた筈なのに消えた。

考えられるのは1つだ。

あの血の男だ。

また転送されたんだ。

コンテナに戻されたんだ。ボクは急いで、でも静かにコンテナに戻った。遠くからコンテナを伺う。

暗くって分からないが、コンテナの中で暴れている音が聞こえてくる。ボクも転送されてしまったら、今度こそ終わってしまう。あの男は拳銃を持っているんだ。作戦無しで突っ込んでも、撃たれて即死だ。

だったら、こっちも作戦がある。


ボクはズボンを下ろして、放尿する。

勿論、転送だ。

転送するのは、チェーンカッターだ。

分厚い金属のハサミが煌めく。

グリップが付いており、掴みやすく、切りやすい。これに挟まれたら、指など簡単に切断してしまう。

もちろん、ボクの尿が付着しているのはご愛嬌だ。ボクが使用するんだから、ボクから出た液体なんて構うもんか。

そして、この後は鷹茶を。


「アレ? 出ない」


燃料切れもとい尿切れだ。

尿が出ないなら、転送も出来ない。

どうするボク!

考えろ。

考えるんだ。

いや、考えるまでもない。

待てば良い。待てば、また尿意が来る。焦っては駄目だ。

鷹茶を転送したいのは山々だけど、鷹茶の前に転送したい物がある。

待っててね。鷹茶。

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