第3話 ブルーマー夫人の現代的意義

 小半時ほどして、てれすこ君だけが工場に戻ってきました。

「見捨てるだなんて、ヒドイですよ、海碧屋さん」

「申し訳ない。で。あの二人は?」

「女川滞在中の宿、旅館に部屋をとるのはよして、ウチの泊まるとか青梅ちゃんが言い出して。ウチは客を泊められるスペースなんてないよって反論したら、イモちゃんに冷たい声で命令されました。父さん、今日から海碧屋の宿直室で寝て、だそうです。娘に自宅を追い出させる父親なんて。とほほ。なんか、娘の育て方、間違ったかなあ」

 高校野球は、シーソーゲームを制して、仙台育英が勝ち上がりました。東北代表は、他に、山形、福島が勝ち上がり、明日からの観戦もまた、楽しみです。

「青梅さんは、何を考えているんでしょうね。確か、初対面の自己紹介の話だと、離婚問題の解決を探しに来たんでしょう。それが、ショタコン根性丸出しで、美少年を狙うだなんて」

「海碧屋さんも、そう思いますか。本人に問い詰めたら、スパイをしてあげるからって言われました。敵を欺くためには、まず味方から、とか何とか」

「……どー見ても、てれすこ君を欺く気、まんまんだった気がしましたけどねえ」

「でも、実際に有能な諜報員っぽいところ、見せてはくれました。イモちゃんが、反抗期とは言え、なんでここまで父親を毛嫌いするか、分かりましたよ」

「ほほう」

「今の町営住宅が手狭になったから、もう少し広いところに引っ越そうと言ったのが、どうやらカンに触ったみたいで」

 てれすこ君の住まう団地は、トイレ・バス・リビングの他に六畳間が一部屋しかなく、そこが子ども部屋……ショート君とイモちゃんのプライベートルームになっています。そう、普段はてれすこ君がリビングで寝て、兄妹が六畳間を寝室にしているのです。二人が中学生になり、いかに兄妹だとは言え思春期の男女が同室では、イモちゃんが困るだろう……という配慮のもと、てれすこ君は、もう一つ部屋数のある町営住宅の入居を申し込んでいたのでした。

「どうも、それかイケなかったみたいです。兄妹を引きはがそうとするワナだ、とか何とか、イモちゃんは激怒していた、とか。娘のためを思って、よかれと思ってした計画なのに、当の娘の逆鱗に触れちゃうなんて。とほほ」

「まあまあ」

「イモちゃんは、この部屋数アップ計画に対抗して、逆パターン、部屋数ダウン引っ越しを画策している、というのが青梅ちゃんの分析です。要するに、ワンルームマンションに引っ越したいらしい。当然、父親の寝る場所はなくなるから、職場の宿直室に追い出す。ショートが社長のお気に入りだから、お兄ちゃんから頼み込んでもらえば大丈夫っていう、流れらしい」

「ショート君とイモちゃんの、二人暮らしですか」

「兄妹水入らずの新婚生活って、はしゃいでたとか」

「冗談抜きで、イモちゃん、実兄との子ども、作っちゃいそうだねえ、それだと」

「ホント、冗談じゃない。で、父親を追い出すための一番の口実が、トイレを汚しちゃう問題だっていうのも、教えてもらいました」

「トイレ、汚す、問題?」

「洋式便器に立ったままオシッコをして、シブキとかをあたりにまき散らすから、とか言うんですよ」

「それなら、ショート君だって……」

「息子は、ちゃんと座ってする、みたいです」

「そんな、見もしないくせして。ねえ」

「いや、それが……トイレのたびに、見てます。てか、座りオシッコさせてる、らしい。トイレに行くときは、二人連れ立っていって、お互い、その、しているところを観察しあってる、とか」

「ほとんど、ビョーキだ」

「ほとんどじゃなく、全くビョーキですよ」

 てれすこ君曰く、確かにイモちゃんに嫌われても仕方がないレベルの粗相は、思い当たるだけでも数回、やらかしている、らしい。

「月に数回、仕事帰りにシーパルピア商店街で、二人してハシゴ酒をすることが、あるでしょう」

「ありますね」

「その、へべれけになって帰ったあと、どーも自覚はないんですけど、粗相しちゃってるらしいんです。確かに酒は強いから、ゲロを吐いたりはしないけれど、オシッコをあたりにまき散らしてるって、よく、説教を食らいます」

「てれすこ君……」

 お酒をたしなまない人には、アルコールを摂取した後のオシッコは、モーレツに臭く感じるらしく、その悪臭もイモちゃんのカンに触っているとか。

「ファブリーズ、丸々一本使っても、臭いとれない、とか言われて……いつだったかの日曜日、ウチで勉強会をするとかで、イモちゃんがクラスメイトの女の子を連れてきたことがありました。そういう時に限って、間の悪いことに、酔っ払いオシッコでトイレが汚れていた、とか言われて。友達に軽蔑されるだけじゃなく、しばらくは無視されて大変だったって、嘆かれました。あやうく、イジメのターゲットにされるところだったって」

「そりゃ、深刻だ。イモちゃんかわけもなく反発しているわけじゃないってところですか。でも、それなら、解決策は簡単でしょう。てれすこ君が座ってオシッコをすればいい」

「酔っ払ってないときなら、それなりに注意はしてるんですけどねえ。アルコールが入ると……」

「ダメですか。じゃあ、次善策。自分で汚したぶんは、自分で掃除をする。これも当たり前の策、です」

「ハシゴ酒をして帰ってくるのは、夜中の話で。翌朝起きるころには、既にイモちゃんが起きて朝食を作ってますよ。ショートもだけれど、二人とも新聞配達のアルバイトをしているから、朝はすごく早いんです。他方、私はもともと、居酒屋の店主ですからね。昔の商売仲間とつきあいで飲んだり、特別に声がかかったりすれば、閉店まで……いえ、閉店してからも、飲んでること、ありますよ」

「そうだったね。失念してたよ、てれすこ君」

「大人には大人のつきあいがあり、子どもには子どものつき合いがあります。それに……」

「それに?」

「たとえ、便所掃除をマメに、完璧にやったとしても、状況は、そう変わらないんじゃないかって、思うんです。要するに、この、トイレで立ったままオシッコ問題って、イモちゃんが私を家から追い出すための口実が欲しいっていうのが、発端ですから。トイレ問題が解決すれば、イモちゃん、たぶん、また別の問題を探すだけだって、思うんです。第二の問題が解決すれば、第三の問題を探し出し、第三の問題が解決すれば、第四のを。とにかく、二人だけの新婚生活っていう目標を達成するまでは、再現なく、難癖つけてくるに決まってます」

「まあ、ねえ」

「便所掃除でもなんでもいいんですけど、とにかく、ここで難癖をストップさせるような解決方法じゃないと、根本的に解決、というふうには、いきません」

「うーん。……ジジイ二人だけでしゃべってても、うまくなさそうだし、ここで一つ、若い人の意見を聞きますか」

「若い人?」

「ショート君ですよ。そういや、友達の家に遊びに行ってるんでしたっけ」

「ああ。野球観戦に……て、もう、当の昔に、試合終わってませんか?」

「あっ」

「いまごろ、ひょっとして自宅に……」

「まずいなあ。ショート君にとっては、鬼の巣窟、伏魔殿でしょう」

 私は携帯電話で連絡をとりました。

 いつもならすぐに通話ボタンを押す少年が、今回はコール10回も、かかりました。

「もしもし、ショート君?」

「あ。社長。聞いてください。父さんに、隠し子がいたんです」

「は?」

「僕、今日から、いきなり、お姉ちゃんができることに、なりました。僕とは腹違いの姉で、久しぶりに姉弟の絆を確かめたいから、女川に戻ってきたんだって、言うんです」

 いや、それ、ショート君、だまされているよ。

「お姉ちゃんは、僕がイモちゃんとお風呂に入ってるってことをなぜか知っていて、妹と一緒にお風呂に入れるんなら、お姉ちゃんとも入れるでしょうって言って、強引にお風呂に誘われました。なぜか僕が工場で草刈のアルバイトをしてきたことも知っていて、いますぐ、汗を流しましょうって……狭いっていうのに、イモちゃんまで一緒に入ってきて……」

 ショート君。妹さんも、実はグルなんですよ。

「いつもはお互い手洗いなんでしょって、お姉ちゃん、目をランランと輝かせて、言うんです。そして、私にも手洗いしてよ、妹も姉も一緒よって言って、僕の手を石鹸まみれにして、オッパイにおしつけるんです。いつもはスポンジなんです、手洗いなんかしてませんって断っても、お姉ちゃん、完全に聞こえないふりをして、今度は手を下のほうに持っていって……」

 ショート君。貞操の危機だよ、それ。

「いえ。押し倒されはしたけど、イモちゃんがストップをかけてくれました。そこまでやっていいって言ってないって大声で。そして、完全に約束違反じゃない、やめてよオバサン、とかすごい悪口を言って」

 青梅さんのほうも、なかなかしたたか、みたいです。

「で。今、どーしてるのかな?」

「子どもには、昼寝が必要だからって、お姉ちゃんが言い出して、3人で昼寝してます」

「同じ、布団で?」

「はい。同じ布団で、なぜか、僕たちだけじゃなく、お姉ちゃんも全裸で」

「そう。ショート君。素直なのは美徳だと思うけど、少しは大人を疑うことも、覚えようね。そのお姉さん、偽物だから」

「えっ」

「偽物なんですよ。……大事なことだから、2回言いました」

 今すぐ工場に向かいます……ドタンバタン、背後で音と怒号がしたと思うと、電話は切れました。


「ええっと。第1回、男だけの会議、ショート君の貞操を守るミッション、を開催しまーす」

 参加者は、もちろん私とショート君、てれすこ君、そしてなぜか船大工さんが野次馬に来てます。事務所のほうでやれば、町一番のスピーカーおばあさん、我が木下昭子工場長、斎昭子副工場長が聞き耳を立てくるので、仕方なく、車庫に行ったせいなのです。

「船大工さん。来賓に発言権はありませんから。傍聴は、OKですけど。そのつもりで」

「しかしよお、海碧屋さん。こーゆーのは、一人でも意見、多いほうが、よくねえか?」

「あなた、この手の話になると、シモネタばっかり連発するでしょうが」

 私たちが若かりし頃、アントニオ猪木が言っていました。

 ピンチというのは、問題がダマになって一挙にやってくるから、ピンチなのだ。これを解決するためには、ダマになったのを一つ一つ解きほぐして、個別に撃破していけば、いずれは解決する、と。

「へえー。てか、社長。そのアントニオ猪木って、誰ですか?」

「有名なプロレスラーですよ。今は国会議員、だったかな? ショート君の年代だと、知らないのか。うーん。しみじみ、自分がジジイになったって、自覚させられますねえ」

「あ。いや。そういう意味で質問したんではないんですけど」

「いいですよ、ショート君。気を使わないでも」

 ただでさえ暑いのに、青梅さんを迎え入れてからの一連の出来事で頭に血が上っていたてれすこ君は、額にアイスノンをあてて、6メートルもある高い天井を仰ぎ見ていました。

「社長、ワシに意見がある」

「船大工さん。発言権はないって言ったでしょう」

「小便、家の中でしなけりゃ、よくね?」

「……どーゆーことです?」

「家の中で小便がしたくなったら、自宅から出て、一番近くの電信柱のところまでいって、ジャー……」

「却下します」

 なんか、マジメに意見を聞こうとした私が、バカみたいです。

 上を向いたままのせいか、鼻の詰まったような声で、てれすこ君は、尋ねてきました。

「海碧屋さん。策、あるんでしょう?」


「策を披露する前に、まず、そのアイデアを採用した場合の流れについて、説明します」

「何、もったいぶってんだい、海碧屋さん」

「もったいぶってませんよ。てか、外野は黙って聞き専してて下さい。船大工さん」

 私のアイデアを採用した場合、次の3ステップにて、てれすこ君の目的は達せられます。

 その一。

 てれすこ君家の現状を、町内まんべんなく「広報」してまわる。すなわち、てれすこ君が、家の洋式便器に立ったままオシッコをしてトイレを汚し、それが原因で娘に家から追い出されそうになっている……という現実を、包み隠さず、町中の噂にする。

 その二。

 娘に認めてもらうために、てれすこ君がものすごい努力をする。そして、その努力を町内あまねく知ってもらうために、広報する。

 その三。

 父親があんなにも努力しているんだから、娘さん、許してあげたら……という無言の圧力がイモちゃんにかかるようにする。町内の大人だけでなく、彼女と同年代の、たとえば中学校の同級生とかからだと、なお、プレッシャーになるかもしれない。

「……そして、これが肝心なところですけど、いったんこの流れが成功すれば、イモちゃんが二回目を仕掛けるのが難しくなるのです。既にトイレ問題で大立ち回りを演じたあとですからね。父親を追い出そうとする難癖をつけようとしているのが、あからさまになっちゃいます。イモちゃんがどんなに強情で、意地っ張りなブラコンでも、そのために父親を家から追い出そう、なんていうクレージーさ、世間では認められない、と思い知ることになるでしょう。

「なんだよう、もったいぶって」

「いや。だから、船大工さん、お静かに」

 黙って聞いていたショート君に、今までの説明、ついてきているか確認します。彼は、船大工さんが買ってくれた小豆バーをかじりながら、黙ってうなずきました。ま、父親似の利発な中学生です。てれすこ君も、どーやら冷静さを取り戻したのか、アイスノンを外して、首を元に戻しました。

「その努力っていうか、試練っていうか、大変ですか」

「大変ですよ、てれすこ君……てか、大変でなければ、娘さんの説得材料に使えません」

「血と汗と涙の結晶ですか? それとも、貯金を全部はたくほど、カネがかかることですか? はたまた、炎暑の中での耐久レースっぽいヤツですか?」

「どれも違いますよ……てれすこ君には、女装してもらおうと、思うのです。要するに、思いっきり恥をかいてくださいって、ことです。まあ、女装というよりメンズスカート……いや、こういう言い方は正確ではないか……しかし、他の言い方も、思い当たらない」

「何が言いたいんです、海碧屋さん」

「アイデアのそもそもは、ブルーマー夫人からの発想なんです。つまり、その裏を達成するには、どーしたらいいか」

「ブルーマー夫人の裏、ですか?」

 女性学関係の研究書からウィキペディアまで、彼女の業績、経歴については日本語でも、いくらでも検索できますし、ここでは非常に簡潔なまとめだけを、述べます。

 通称ブルーマー夫人、アメリア・J・ブルーマーは、十九世紀アメリカ合衆国の女性で、女性解放運動家です。当時のドレスコードでは、男性はズボン等の男性用服装、女性はスカート等の女性用服装(コルセット、と言う下着補正用具が、象徴とされます)をするのが、規範でした。これに異を唱えたのがブルーマー夫人で、彼女は、女性も男性の服を着る権利を、と訴えて、その衣服の自由を実現させたのです。

「はい、しつもん」

「ショート君」

「今、ちょっとスマホで調べてみたら、もうちょっとニュアンスが違ったことを言ってますけど」

「まあ。『裏』について説明しやすいように、少し文脈を変えては、います。ショート君の言いたいことは、分かります。当時のブルーマー夫人は、女性的服装がイヤだ、と直接的な主張をしていたわけではなく、コルセットからの解放、という言い方をしています。二十世紀になってから、レントゲンが、人間のほうの話ですよ、X線を利用して、コルセットの有害さ、不健康さを見出しています。二十一世紀の今から過去を俯瞰して見ているから、ブルーマー夫人のファッション変革を『女性解放運動』なんて定義つけていますけど、実際は、もっとユルくて、コルセット窮屈でイヤだわ、なんていうニュアンスのほうが、強かったのかもしれません。ちなみに、このコルセットという用語、今ではその元となる補正下着の意味を超えて、女性学やフェミニズムの文脈でも、女性の解放を縛るもの、なんていう隠喩で使われてますね」

「なんだか、難しくなりました……」

「あ。脱線したからですよ、ショート君。話を、ブルーマー夫人の事績をたどるところに、戻りましょう。

今のメンズブラや女装等が、揶揄の対象になったり嫌悪されたりと、ネガティブな反応をされているのとと同様、当時の服装革命も、世間一般の常識というヤツからは、白い目で見られることになりました。そして、ブルーマー夫人の改革も、いったんはとん挫してしまいます。その後、今みたいな、女性が男性用とされる衣服も含めて、着る自由を獲得するようにいたったのは、女性の社会進出が大きく貢献したのだ、と言われています。第一次世界大戦が起き、女性も、家庭内でない賃金労働者として働くことを期待され、実際に男性職場に進出するようになって、労働に適したズボン等を着用するのが、不自然でなくなっていったから、だとか。また、自転車が普及して、女性が乗車運転するようになって、スカートではサドルにまたがるのが難しいから、なんていう補足説明がある場合もあります。でも、総じて、やむを得ない事情やテクノロジーの進展によって、世間一般の良識が、どんどん妥協を強いられてきた、というのは確からしい」

「海碧屋さん」

「なんです、てれすこ君」

「ながながと女性史の勉強をするなら、黒板とか用意して、視覚でも理解の助けにして欲しかったです」

「面目ない」

「ショート、海碧屋さんの話、ついていけてるか」

「大丈夫だよ、父さん」

「ワシには、ちんぷんかんぷん、じゃ」

「ええ……では、続けます。

 話は変わって、令和時代の日本の女装シーンを、ここで考察してみましょう。マンガやアニメ等で、男であると説明されていないと男の子と分からない男の子等の活躍により、少なくとも、二次元では、女装というのは、そんなに嫌悪される対象ではなくなってきているように、思われます。しょせんフィクションの世界と言ってしまえばそれまでですが、三次元でも、同様の現象があります。すなわち、LGBT等、性的マイノリティの運動の影響もあり、公の場で、女装をあからさまに批判するような言動は、歓迎されなくなってきているのも、確かでしょう。つまり、二次元三次元を通じて、社会通念として女装への偏見は少なくなってきていると、言っていいと思います」

「はい、しつもん」

「ショート君」

「要するに、男の娘、のことを言ってるんですよね」

「まあ。そんな感じです。でも、もちろん焦点は、女装者本人ではなく、それを許容する社会通念のほうです。私が慎重なもの言いをするのは、この社会通念の変化がドラスチックではない、と思うからです。すなわち、「女装は非常識だ」という常識が、「女装は非常識だと批判することは非常識だ」と徐々にシフトしてきている、と思うのです。何を当たり前のことを、と思われるかもしれませんが、日本以外の世界を鑑みれば、女装者が暴力にあったり、法律やコミュニティのルールによって処罰されたり、と言った非寛容な社会も、未だ厳として存在しています。もちろん、日本と他、という比較も、程度の度合いです。令和日本が、女装「歓迎」的なエートスより、女装「無視」的雰囲気にあるのは、否めない事実です」

「相変わらず、ワシには、ちんぷんかんぷんじゃ」

「まだ、前振りですから。まあ、船大工さんだと、本編もちんぷんかんぷんかもしれませんが。

 ええっと、続きです。

 日本的な思考様式「本音と建前」的に考えていけば、未だ女装に対してネガティブな感情・情緒が支配的であります。だからこそ、男装……いまや死語と化している言葉なので、もっと単純に『男の恰好』とでも言っておきましょう……している女性ほど、女装している男性は、令和日本では多くないのだ、と思います。

 さて、では、この異性装の男女での許容差は、いずこが原因なのか。

 話はしつこく元に戻りますが、堪忍してください。

 つまり、男装女性のほうの許容度が大きいのは、もちろんブルーマー夫人の功績が大きく、彼女がおよそ一世紀前、保守的な社会常識を覆したのが遠因であります。では、社会常識の転覆は、「女性解放」という社会運動の力業の所産なのか? 貢献度がおおきいことは間違いないところですけど、もちろん、今でいうフェミニズム的な運動がすべてではなく、社会情勢の変化……第一次世界大戦、自転車というテクノロジーの進化も、少なからず影響してきた……まあ、前述の復習ですね。

 ここまでのまとめ。

 女性解放VSアンチ女性解放という思想上の……いえ、常識VS良識という対立には、形而下的な便・不便という後押しがあった。どっちに加担するか迷っているような人に、女性の社会進出・賃金労働への参加は格好のエクスキューズになった。つまり、社会常識に対して、やむを得ないと言い聞かせる言い訳になってくれた、ということです。

 それで、ここからが、これら過去の所産を踏まえての、未来への工作です。

 令和現在の女装が、「男装」並みに普及する……そう、すでに男装という言葉が死語になるようなレベルで、当たり前に普及させるための、エクスキューズとは何か?

 ファッション市場のなんやかや、異性装差別を取り締まる法律等、色々と手段はありそうなものですが、ブルーマー夫人をリスペクトし、彼女の「裏」をやりたい、と希望する者なら、そのエクスキューズもまた、対蹠的でありたい、と考えると思うのです。つまり、ブルーマー夫人の場合、女性の社会進出・賃金労働参加によって、男装が許容されていったという流れがあるなら、逆に、男性を家庭内労働に参加させる……もっと的確に言うなら、家庭内労働を「しなくていい」という方向で、エクスキューズを作りたい、と考えるだろう、と」

「はい、しつもん」

「ショート君」

「分かりにくいです」

「図式的に、言いましょう。

 男装許容エクスキューズは、女性が、家庭外労働をせねばならない、という形で成立した。

 それなら、

 女装許容エクスキューズは、男性が、家庭内労働をしなくてよくする、という形でモノにしたい、ということです」

「ええっと。お父さんを女装させる、話ですよね」

「正確には、スカートをはかせる、ということなんですけどね。イモちゃんに対抗するために、てれすこ君にはかせるスカートということなので、おとうさんスカート、と単純に呼んでもいいんですけど、それでは固有名詞っぽくならないし、スカートそのものだけが問題ではないので、今からやる取組全般を『おとうさんスカートプロジェクト』と呼ぶことにします。そして、この当該プロジェクトの核心になるメンズスカートをDSPスカートと呼ぶことにしましょう」

「DSP?」

「ダディ・スカート・プロジェクトのアルファベット頭文字をとって、DSPスカートです。

 ではここから、DSPスカートの説明です。

 まず、DSPスカートは、世間一般的なスカートの形状から説明するとすると、二つの部分からなる、と言えます。一つ目は、ミニスカート部。今どきの女子高生は、私らが若い時分に比べればじゅうぶん長くはなっていますが、中学生のショート君の目からすれば、まだじゅうぶん短い部類に入るでしょう。あれを思い浮かべてくれれば、いい。それからもう一つ、前掛け部です」

「前掛け、ですか?」

「エプロン。割烹着。料理等をするときに身体の前を覆うための被服には色々種類もありますが、あえて前掛け、と呼称したのは、厨房で見るモノよりも、水産加工工場で使用させているような、足首まですっぽり隠れるような、頑丈で面積の大きなものを想定しているからです。DSPスカートは、この二つを同時に装着して、一つのスカートとして機能します。ええっと、恰好が想像できない場合は、化粧マワシをつけているお相撲さんを想像したら、いいかもしれません。後ろがTバックではなく、短い布切れで隠されている、お相撲さんですね」

「たとえるにしても、なぜに、相撲取り?」

「欧米の被服文化では、腰にぐるりとまく形の布を、どうしてもフェミニンなイメージで連想しがちですが、いったん欧米由来という文脈を離れれば、いわゆるスカートだって、必ずしも女性向けとは限りませんよ……というのに、ちょっと触れておこうと、という意図もありまして、ね。

 このへん、あとでまとめて、たっぷり話します。

 さてと。男装許容エクスキューズ、女装許容エクスキューズの話に、戻ります。

 今説明している、この二つのエクスキューズは、異性装を対象とし、異性装に対する偏見に妥協を強いるための言い訳でした。まとめて、異性装エクスキューズと呼称しておきましょう。ここで、我々の日常常識価値観の世界では、一般的に必要でないと思われている、別のエクスキューズの在り方を、提案しようと思います。すなわち、同性装エクスキューズです」

「同性……装?」

「私自身の造語です。

 異性装というのは、男性が女性用とされている服装をすること、および、女性が男性用とされている服装をすることです。対して、同性装というのは、男性が男性用とされている服装をすること、および、女性が女性用とされている衣服を着用すること、と定義つけたい。異性対象の服装をするのが異性装なら、同性対象の服装をするのが、同性装です」

「当たり前すぎることに、名前をつけて、何の意味が?」

「それを言うなら逆で、名前をつけるからこそ、当たり前が当たり前でないことに、気づくということも、あるでしょう。同性、異性という言葉で、無意識に片肺状態になっている言葉に、結婚がありますね。今、

欧米ではスタンダードになりつつある同性婚というのがありますが、それと対になる言葉は、未だマスコミ用語では、単なる『結婚』でしょう。同性婚と対比で説明するなら、これを異性婚と呼ぶべきなのに。同性婚、異性婚、双方の意味を含めた上位概念の言葉が対比としてあるのは、同性婚推進者に対して、フェアじゃないと、個人的には思います。戸籍の上での男性と女性が結婚することがオーソドックスだというある種の偏見があるからこそ、異性婚という言葉が開発されない。……すこし、脇道にそれました。話を戻します。

 異性装、同性装という、被服着用パターンだけに注目しようとすれば、もちろん、この造語は無意味に等しいといえます。同性装という言葉が有意なると思われるのは、うしろにエクスキューズがついてから、です。すなわち、男性が男性用の服装をするための言い訳、および、女性が女性用の服装をするための言い訳、これについて考えることは、意味があると思うのです」

「でも、男が男の恰好をするのに、言い訳なんか必要になるんかい?」

「そういう場合もありますよ、船大工さん。伝統的日本文化研究によると、古来日本にはハレとケという生活の在り方の二分法があります。ウマに食わせるほど研究が出ている分野なので、あえて詳しい説明はしませんけど、だいたい、祝祭の時間と日常の時間、くらいな感じで考えてくれれば、いいです。で、確かに我々の日常生活で、男性が男性用の服装をするのに、エクスキューズはいりません。でも、たとえば、ハレの時間、祝祭の時には、男性同性装が当たり前でなくなる時も、ありますね。神式祝祭では、成年前の男子の場合がほとんどですが、祭りへの参加条件として、化粧も含めた女性の装いを強要される場合があります。また、会社の宴会なんかで、課や係の全員で余興の出し物として、女装してなにかしましょう、みたいな提案があったりする場合を考えます。課長以下全員が女装してステージに出るのに、一人だけイヤだとゴネるのには、それ相当の理由がいるでしょう。恥ずかしいから、とか言うのは、同調圧力を回避する言い訳にはなりません。出し物の趣旨として、みんなで女装して恥をかいて、笑いをとって場を盛り上げましょう……という申合せなのですから。そう、誰もが恥ずかしいからこそ、恥ずかしいというのは、言い訳として通用しない。

 つまり、この場合、男性が男性用被服のままでいるのには、それなりに説得力のある言い訳がいる。

 男性バージョンの同性装エクスキューズがいる、ということなのです」

「ふうむ。なんとなく、分かったような、分からんような。言いくるめられてるような。男の場合はそれでいいかもしれんが、女の場合、そういうお祭りとか宴会芸とか、あるかな?」

 てか、船大工さん。

 いつの間にか、ショート君に代わって、受け答えしてるんですか?

「女性の場合は、TPOをわきまえない、なんていう言い方をされますね。たとえば、社会人サークルで、ピクニックに行く場合、なんかを考えましょう。徒歩で山登りとなると、あまり高くない山でも、帽子から靴まで含めて、それなりの準備がいります。山用の装備を着用して行くのが、マナーです。けれど、このグループの一人、空気を読まない女性が、ディスコのお立ち台で踊るようなパツパツのボディコンを来て、高さ10センチもあるようなピンピールで、参加したとしましょう」

「てか、ディスコのお立ち台って……昭和丸出しですよ、海碧屋さん。少なくとも、ショートには通用しませんって」

「あっ、そうか」

「てか、海碧屋さん。若いころ、そういうところに行ったこと、あるんです?」

「ええっと。それは企業秘密ということで。次、いきます。ボディコン女性の話に、戻ります。彼女がわざわざそんな恰好をしてきたのは、サークル内に意中の人がいて、気を引くためかもしれませんし、前日の夜に温泉コンパニオンのアルバイトがあって、家に着替えを取りにいくヒマがなかったからかも、しれません。けれど、いずれにせよ、登山には不向きな服装で、集団行動の足を引っ張ってしまっているという事実は、厳としてあります。そう、この場合、参加女性も、男装を……異性装をするべきであって、女性用の服を着て参加するのは、適切ではない。登山用の装備は中性的だよ、とか、女性被服的な登山服もるあるよ、というのは反論になりません。ブルーマー夫人の女性解放運動があまりにも成功したから、これが男装と分からなくなっているだけで、1世紀前、ブルーマー夫人が運動を始めた時点の価値基準、男装という言葉がバリバリ現役だった時分に戻れば、作業着の一種である登山服は、立派に男装に分類されるでしょう。つまり、彼女がそれでもボディコンやセーラー服で登山をしたいというのなら、同性装エクスキューズが必要になる、ということなのです。

 ここまでの内容をきちんと理解しているかどうか、確認のために、ショート君にまとめをやってもらうことにします。ハイ、どうぞ」

「ええっと。

 男子が女子の格好をするためには言い訳がいるけれど、男子が男子の恰好するときにも、やっぱり、言い訳がいるよ」

「OKです、ショート君」

「例によってだけれど、なかなか話の本丸にたどりつけないなあ」

「まあまあ。アイスをもう一本ずつおごりますし、気長につきあって下さい。てれすこ君。もう、議論の半ばは過ぎましたし。

 同性装エクスキューズに、話を戻します。

 前述の通り、私たちの社会生活の場にあっては、それぞれドレスコードが暗黙の了解の上にあって、この了解を破るには、それなりの説得力のある言い訳が必要です。たいていの生活の場では、同性装がオーソドックスであって、異性装奨励の場というのは、結構例外例です。これは、伝統社会から連綿と続く保守的慣習のためですが、逆に、革新的な考え方が、いきつくところまでいった社会生活の場というのを考えてみましょう。たとえば、女性に、異性装がトコトン勧められている社会です。ズボンのほうが動きやすいし、激しく動きまわってもスカートの時みたいにパンツを覗かれる心配もないのに、なんで未だにスカートなの? と疑問を持たれちゃうような社会です」

「はい、しつもん」

「ショート君」

「それは、さっきのピクニックの例とは、違うんですか?」

「ピクニックの場合、山から下りて街に出れば、男装する必要はなくなりますからね。そういう例外例の場合だけでなく、どこに行っても普遍的に男装が奨励されている社会です。ある人にとってはユートピア、ある人にとってはディストピア、今の私たちにとっては、観念の遊び、かもしれません。ええっと。なんのためにこういう世界を想定するかというと、要するに、同性装に関する根源的な問い、をしようということです。女性に対して、なぜにあなたはスカートをはくのか? と。西欧文明的な服飾シーンに限って言えば、有効な同性装エクスキューズは、たぶん、一つしかありません。

 それは、オシッコをするときに、楽だから」

「なーんだ」

「たぶん、女性に対して、この手の説明を長々とする必要は、ないのでしょう。この場にいるのが男だけだから、飛躍がないように、ベタっとした論理展開をしました。また、ありそうな例外例をだいたい潰すために、わざわざ遠回りして説明してきた、とも言えます。さて、ここからは少し猥褻な……というか、解剖学的な話に入っていきます。マジメな意図で言葉選びをしているので、妙な想像を膨らませたり、オチンチンを膨らませたり、しないでくださいね。ショート君」

「はいっ……てか、僕だけに、そんな注意、しないでください」

「ははは。なんだかんだ言って、君は中学生ですから。

 さて、男性と女性の排尿パターンの違いついて、です。男性の場合、陰茎という長さ10センチから20センチのホースがついていて、その先端から排尿できるのに対し、女性の場合は、トルソー、胴体に直接尿道口がついていて、排尿の際には、陰部だけでなく、その周辺をも丸出しにする必要がある、ということを、まず確認しましょう」

「はい、しつもん」

「……船大工さん?」

「ワシ、20センチ以上、あるでよ」

「そういう見え透いたミエは、他でやってください。

 ええっと。女性の排尿の話に、移ります。彼女が男装している場合、いわゆるパンツのクロッチ部分だけがオープンにできるような特殊なズボン等があればいいんですが、というか、寒冷地向けのツナギなんかでは、そういうお尻の部分だけがオープンにできる腰割れツナギ、なんてのが実際に売っていますが、基本、普通のズボンなら、ズボンごとパンツを下げたほうが、楽です。私も実際にそういうツナギを何着か持っていて、脱ぎ着したりもしますけど、意外と、これはメンドクサイ。普通タイプのツナギの場合、女性が排尿する場合には上着部分を含めて全部脱がなくちゃならないので、それに比べれば、確かに楽とは言えます。けれど、上着部分がつながっていない、普通のズボンなら、わざわざクロッチ部分だけオープンにできる、なんていう特殊化したズボンをはく意味は、ないと思います。そして、ここからが肝心なところですが、そういう特殊化したズボンも含めて、すべてのズボンスタイルで排尿をする場合よりは、つまりズボンとパンツを一緒にズリ下げるという手間を考えれば、女性がスカートを選択するのも、合理性があると言えます。

 そう、どんなに強固な異性装奨励社会が訪れようと、同性装するだけのエクスキューズが、女性には、いえ、スカートには、ちゃんとある、と言えます」

「オシッコのために、スカートか……そろそろ核心に近づいてきた……でも社長、女の人だって、立小便、できなくはないですよね」

「いい着眼点です、ショート君。でも、女性の尿道口の位置と方向を考えれば、どのみち、立小便でも、ズボンとパンツ、同時に脱いでしまったほうがいい、ということになりそうです。立小便だろうが座り小便だろうが、スカートの優位は変わりません。そして、足元や靴下等を汚さないようにするためには、なるべく噴射口を低く保ったほうが、よいのです。確かに女性の泌尿器には、大陰唇といって、オシッコを一定方向にして飛び散らないようにする器官がついては、います。けれど、それでも、物理的な法則に従って、そのシブキは、高さが高いほど、広範囲に広がるのです。また、排尿時の姿勢の安定という問題もあります。西欧便器に腰掛けて、あるいは和式にしゃがんで……という落ち着いた姿勢があるというのに、なにを好き好んで、不安定な姿勢でコトを致す必要があるのでしょう?」

 まあ、サニスタンド等、それ用の便器もありますが……めんどくさくなるので、説明は割愛します。

「ふーん。なるーへそー。海碧屋さんって、オシッコマニアなんかい?」

「いいから、船大工さん、黙っててください」

 ここからが、コペルニクス的転回です。

「女性が、女性的な排尿姿勢で排尿するのに、ズボンよりスカートのほうが向いているのは、これで確認できたと思います。では、男性が、女性的な排尿姿勢で排尿するためにも、スカートは有効か? あるいは、スカートは、男性に、女性的な排尿姿勢を強いるのに、役立つのか?」

「答えは出ている……いや、色々と考えて出てきた……それがDSPスカートってことなんですね、海碧屋さん」

「結論を急がないでください。てれすこ君。たぶん、必要条件だろうけれど、充分条件ではない、というのが、検討結果です」

「充分条件でない?」

「男性に、座り小便を強要するのには、スカートをはかせる必要がある。けれど、普通のスカートの型では、充分でない。スカートはスカートでも、特殊なスカートが必要だ。です」

 議論に飽きたのなら、黙っていればいいものの、鼻くそをほじくりながら、またしても船大工さんが、チャチャを入れます。

「ふうむ。女のオシッコの仕方で、こんなにも盛り上がって、こんなにも哲学的になれるとは。さすがは我が社長だよ、海碧屋さん」

「船大工さん、それ、褒めてないでしょ」

「ショート君。いちいち反論すると疲れるから、とりあえず無視で行きましょう。……ええっと。気を取り直して、続きです。充分条件の検討です。

 まず、一つ目。立った姿勢のまんま、オシッコができるという、男性的排尿の特性を妨害する必要があります。つまり、前掛け部です。これをつけたまま、無理に立ったまんまオシッコをしようとしたら、前掛けを下から全部まくり上げるか、横にずらす必要があります。しかも、排尿中は、その結構な量・重さの布切れをオシッコがかからないように保持しなければ、なりません。これは結構メンドクサイ。重いから、手もしびれる。他方、後ろのほうはどーでしょう。後ろはミニスカート部なんですから、パンツを下ろして便器に座れば事足りる。つまり、楽ちんです」

「はい、しつもん」

「ショート君」

「わざわざ、前と後ろを別々にしなくとも、全部同じ丈のロングスカートじゃ、ダメなんですか?」

「ロングスカートの場合、洋式便器に腰掛けてパンツを下ろすさいにも、スカートをたくし上げる必要が出てきますね。ぶっちゃけ、これ、前をめくり上げるのと同じくらい、メンドクサイです。それなら、前をまくり上げて、立小便しちゃえ、となるでしょう。また、胴回りの全周、長い布で覆われていては、チンポジ直しが面倒かな、とも考えました」

「チンポジ直し?」

「チンチンのポジション、位置や方向を直すことですよ。先ほど説明したように、女性には陰部にオシッコが飛び散らないような仕組みがついていますけど、男にはそれがない。いや、ホースの先端を自由にできるからこそ、発達の必要がなかったのだと、言えます。先ほどの船大工さんのミエじゃないですけど、サイズが大きすぎて、普通にしていたら、便壺にキチンと尿が落ちていかないというケースもあるでしょう。また、寝起きの半勃起状態で、無理やり下にねじ伏せる必要がある場合も、あるかもしれません」

「なーに赤くなってんだ、ショート」

「こらこら、船大工さん。純情な中学生をイジっては、いけません。チンポジの説明の続きです。後ろがミニスカート部なのは、このチンポジ直しと、座って排泄が楽、という2点を確保するための、工夫です。つまり、この特殊なカタチが、座り小便のための充分条件と考えます」

 それから、ショート君父子と船大工さんの検討がありました。

 私が長年温めてきたアイデアを、20分ばかりの雑談で否定するのは難しいかな、というのが、彼らの結論になりました。

「実際に、どれくらい役立つかは、着用してみてから、ということですか。

 では、最後に。

 エクスキューズについての、まとめです。

 まず、例外例から。

 異性服が奨励されるような生活の場では、同性服エクスキューズが必要になる。

 女性の場合は、排尿時の利便性。

 男性の場合は……ここでは検討しませんでした。頭の体操になるので、ショート君、おうちに帰ってから、色々と考えてみてくださいね。

 次に、令和日本における、日常……同性服が奨励される生活の場。

 女性の場合、すでに、ブルーマー夫人が、異性装女性に違和感のないレベルまで、エクスキューズを普及させてくれている。

 男性の場合……たぶん、このDSPスカートが、そのきっかけになるだろう、と思います」

「はい、しつもん」

「ショート君」

「実際のスカートは、どうやって調達するんですか? 男からみてガッシリしているような女性でも、着てる服のサイズなんかを見ると、実は華奢だ、なんていう例、よくありますけど」

「アマゾンで、今はなんでも調達できますよ。メンズスカート、男性向けのスカートとかも、今は普通に売っています。良い時代になったと言うべきか、悪い時代になったというべきか」

「スカートのつかないDSPのほう……おとうさんスカートプロジェクト全体の内容を、教えてください」

「スカートを調達できしだい、てれすこ君を連れて連日シーパルピア商店街に、ハシゴ酒に行こうと思います。で、連れ立っていった私が、知人友人たちに、彼のスカートの理由を、あまさず話す。君のお父さんはもともと居酒屋の店長をしていた人で、座持ちはとてもうまい人だから、自ら道化になって、酒の肴になるのも難しくはないでしょう。イモちゃんの怖さも、そこで尾鰭をつけて、たっぷり宣伝してこようと思います。もちろん、酔っ払ったあと、宿直室に戻ってきて、座り小便をする練習も、忘れずに」

「宿直室……僕は、どうなりますか」

「偽物のお姉ちゃんと、ウルトラ・ブラコンの妹さんに『食われ』ないように、頑張ってください」

「あの……それだけですか。具体策とか……」

「私も、君の妹さん、苦手なんですよ」

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