29.ちなみにノートは取ってないわよ。ずっと落書きしてただけ。

 静かだ。


 実に静かだ。


 いや、むしろ静かすぎるのではないだろうか。


 原因ははっきりしている。今日はまだ渡会わたらい四月一日わたぬきに話しかけていないのだ。


 いつもであれば登校してすぐに話しかけ、とんでもない内容の毒舌を披露するのが彼女の日常なのだが、今日はまだそれがないのだ。


もちろん、学校には来ているし、なんならサボタージュもせず、後ろの席に座っている。どころか、授業中にはちょっと信じられない音が聞こえてきた。それは、


 カリカリカリカリ…………


 渡会が、ノートを取っている。


 明日はきっと雷雨のち隕石だろう。


 そして、これだけモノローグで言いたい放題しても、ツッコミ1つしてこないのは最早ちょっとしたバグではないか。


 おバカキャラが突然賢い言動をすると、病気にでもなったんではないかと疑われるのと同じで、渡会に関しては「普通に授業を受け、四月一日にちょっかいを出さず、美少女をしている」という状態がまさに異様なのだ。天変地異と言っても差し支えないかもしれない。それくらい渡会千尋ちひろと「普通」というワードは縁がないのだ。


 と、まあ四月一日がそんなことを考え込んでいると、昼休みに漸く話しかけてきて、


「ねえ、四月一日くん」


「うわっ!?」


「うわっって……ちょっと酷くないかしら。人が話しかけただけでその反応はないでしょう」


 不満げな顔をする渡会。それはそうだろう。正直、今日1日は話しかけてこないのだと思っていた。端的に言えばめっちゃ油断してた。


 四月一日が、


「いや、だって……ずっと話しかけてこないもんだから、今日はそういう日なのかなと……」


「なによそういう日って?生理?」


「なんでそうなるんですか……」


 呆れるとともに少し安心する。良かった。いつもの渡会だ。別におかしくなどなってはいなかった。いや、おかしいといえばおかしいのだが。まず真っ先に出てくるのがそれかよ。


 四月一日は気を取り直して、


「今日はどうしたんですか?なんか授業も真面目に受けてるみたいでしたし。気が変わったんですか?」


「うーん……」


 渡会は暫くの間考え込み、


「四月一日くんはどう思ったかしら?」


「……はい?」


「だから、今日1日よ。率直な感想を教えて頂戴な」


「率直な感想と言われても…………正直なところでいいですか?」


「だから、そう言ってるじゃない」


 言ってない。


 ついでにもし言っていたとしても、自分の気に食わない回答なら機嫌を悪くするのが常じゃないか。


 四月一日はそんな文句を胸の奥底にしまい込み、


「そうですね……正直気味が悪かったです」


「あなた、オブラートに包むって言葉を知らないの?」


「それ、そっくりそのまま渡会さんにお返ししたいくらいなんですけどね?」


 オブラートを何枚重ねても突破してきそうな暴言を吐くような人間に言われたくはない。


 ただ渡会はそれでも気に入らずに、


「いや……あなた。真面目に授業を受けていたことに対して気味が悪かったはないでしょう……」


「と、言われても、事実ですし。一体何を企んでるんだろうとも思いましたよ」


 そこまで聞いた渡会は「けっ」と悪態をつき、鞄から取り出した雑誌を四月一日に向かって放り投げ、


「じゃあこれもゴミね。あげるわ。ケツでも拭くのに使ったらいいわ」


「わっ、と」


 投げられた雑誌にはこう書かれていた。



“男子がドキッとするシチュエーションベスト10!”



「なんですか、これ」


 渡会は足を組んでふんぞり返り、


「雑誌よ。見れば分かるでしょ?頭と目と耳と気色が悪いの?」


「最後のおかしくないですかね?」


 渡会はフンとそっぽを向き、


「キュンとするシチュエーション、なんていうから、せっかくだからあなたを使って実験しようと思ったのよ。なのにあなたときたら「気味が悪い」って。クソ弱童貞に効かないんじゃ、他の誰に効くのよ全く」


 その後もぶつぶつと文句をたれていた渡会だが、四月一日はそれを無視して雑誌をめくる。そこにはこう、書いてあった。



“いつもと違う姿を見せると好感度アップ。ちょっと真面目な姿を見せるとドキッとするかも!?”



 なるほど。


 確かにドキッとはした。


 ただ、それはどちらかというと「この後一体何が起こるのだろう」という恐怖的な意味合いであって、この雑誌の意図していると思われる恋愛的な意味では全くない。


 渡会はぽつりと、


「食い入るように見ちゃって……童貞に餌を与えるんじゃなかったわ……」


 ため息。


 ため息をつきたいのはこっちだよ、全く。

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