13.下半身は正直よ、四月一日くん。

 ある日。


「ねえ四月一日わたぬきくん。勝負しましょうよ」


 渡会わたらいが突然そんなことを言い出した。


 嫌な予感しかしない。


 彼女から勝負をふっかけてくるのだ。十中八九勝算があるはずだし、なんだったら、戦う前から価値の決まった出来レースに“かませ犬”として参加させられる可能性が極めて高い。


 こんな時の対処法は決まっている。


「さて、次の授業はっと……」


 無視。


 荒しというのは相手をしたら負けなのだ。


 ところが渡会は耳元で、


「四月一日くんが勝ったら、私で童貞でもなんでも捨てていいわよ」


「なっ!?」


「ふふっ。どう?やる気になった?」


 詰みだ。


 この時点でどちらに転んでも四月一日の負けが確定している。


 降りたら降りたで「ホモだったのね」とか「これだからヘタレ童貞は」といったいわれのない誹謗中傷が浴びせられるのは間違いがないし、乗ったら乗ったで、「むっつりなんだから」とか「あら、やっぱり興味があるんじゃない、じゃあこの間はなんで手を出さなかったのかしら?ヘタレだからかしら」というやはり身に覚えのない評価をされるのは間違いがない。反応した時点で四月一日の負けなのだ。


 ため息。


「で?なにで勝負するんですか?」


「あら、やっぱり興味があるんじゃない、じゃあこの間はなんで手を出さなかったのかしら?ヘタレだからかしら」


 すごぉい。一字一句たがわず同じ語句が飛んできたよ。エスパーとしての才能があるかもしれない。


「で?なにで勝負するんですか?」


 こういうときの作戦はもう決まっている。無視だ。向こうも堂々巡りの会話をしたいわけではない。その証拠に、


「逃げたわね。まあいいわ。ほら、この間、あなたに教えてもらったゲームがあるでしょ?それのランキングマッチが近々行われるから、その順位、なんてどうかしら?」


 会話を進めて、


「え?それでいいんですか?」


「ええ。なにか問題があるかしら?」


 問題はない。


 そう、少なくとも四月一日側に問題などあろうはずもない。


 それもそのはず。件のゲーム。年季で言えば四月一日の圧勝だからだ。


 当たり前である。リリースから既に2年あまりが経過している作品を、リリース当初からやっている四月一日と、最近始めたばかりの渡会。その差はいかんともしがたいはずである。普通に考えれば「勝負を挑む方がおかしい」というレベル。


 ただ、相手は“あの渡会千尋ちひろ”だ。勝算も無しにそんな勝負を吹っかける人間ではない。恐らく何らかの考えがあって言っているのだろう。


 ただそれはあくまで「渡会側の問題」である。四月一日には一切の問題がない。

 なので、


「一応確認しておきますけど、俺が負けたらどうなるんですか?」


「んー……そうね……特に何かを要求するつもりはないけど、なにかおごってもらうとかにしようかしら。それでいい?」


 おかしい。


 これではまるで渡会側にメリットがない。


 勝てるはずのない勝負。明らかに釣り合っていないベットされたコイン。何らかのからくりが仕込まれているのは明白だ。が、


「いいですよ。それで。俺が負けたらなんか奢りますよ。あんまりべらぼうに高いのは無理ですけどね」


 最後に、予防線も張っておく。


 奢るというフレーズは額面が決まっていない。あらかじめ「あんまり高いのは駄目」と釘をさしておかないと、車とか家を要求されそうで怖い。それくらいの可能性は考えておいてしかるべきだ。


 渡会はそんな四月一日の釘さしにも、


「分かってるわよ。そんなとんでもないものを要求するつもりはさらさらないわ」


 あっさりと応じる。本当にどんなからくりを隠しているんだろう。不安すぎる。


 もはや渡会の提示した「四月一日が勝った場合の報酬」のことなど頭からきれいさっぱり消えてしまっていた。

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