5.欲求には素直になりなさいな。

「行きましょ」


 食事を済ませ、喫茶店を出た直後に渡会から出た一言がこれだった。どこへいこうというのか。


 四月一日わたぬきはその隣を歩きながら、


「どこに行くんですか?」


 そんな問いに渡会わたらいは、


「決まってるじゃない。あなたの行きたかったところよ」


 それだけ言ってずんずんと歩みを進める。


 一体どこにむかっているのだろうか。


 四月一日の行きたかったところというが、正直いって思いつかない。

 

 一応、今日のイベントは全て終了した。映画を見る、食事をとりながら感想を聞く。それが本日四月一日の考えたコースだった。


 残念なことに四月一日は人生において一度もモテ期を体験したことはなく、彼女いない歴=年齢だし、当然デートなどもしたことがない。


 いかに相手が女子高校生の皮をかぶった何かだったとしても、そのデートプランを組んだ経験がないことに何ら変わりはない。キメラ相手でも、デートはデートで、未経験は未経験だ。


 机上の空論ならばいくらでも並べられるが、それらは全て想像上の産物に過ぎない。気まぐれとわがままの融合体が服を着て歩いているような渡会相手にそれらが通用することは無いだろう。


 したがって、途中までのプランは考えていたものの、その後に関してはノープラン。言い換えるならば後は野となれ山となれといった感じの計画だったのだ。


 まるで相撲の八百長がごとき適当なプランニングだが、彼女相手ならばむしろそれくらいの方が、


「ついたわよ」


 ついたらしい。


 彼女の視線の先にあったのは、


「…………はい?」


「なんだ、その反応は。もっと喜ばないか」


 そんなことを言われても困る。


 いや、本来はもしかしたら「むひょっす最高だぜ」と喜ぶべきところなのかもしれないが、残念ながら四月一日の思考はまだそのレベルにまで到達していない。


 料理の味を理解しようにも、食べるという行為そのものを知らなければどうしようもない。


 いま四月一日がするべきなのは視界に飛び込んできた「ご休憩」という文字列が一体何を意味しているのかということであって、その先にある行為に関することではない。


「一つ良いですか」


「なんだ?」


「ここ、ラブホですよね」


「?」


 それがどうした?みたいな感じに首をかしげる渡会。いや、首をかしげたいのはこっちだ。なんで「四月一日が行きたい場所」で、たどり着くのがラブホテルなのか。おかしくはないか。


「なんでラブホなんですか?」


 渡会は本気で分からないという感じで、


「デートの〆と言ったらセックスだろ?」


「そんな飲み会の〆はラーメンだろ?みたいに言わんでください」


 渡会は不満げに、


「なんだなんだ。ここまで来てビビってるのか?いいじゃないか。童貞なんて後生大事に抱え込んでいてもなんの意味もないぞ。さっさと捨てておけ。それともなんだ?30歳まで守り通すと魔法使いになれるとでも思ってるのか?そんなアホの作ったお遊びを信じてしまうようなアイタタタな男だったのか?」


「いや、違いますけど……そういうのはちゃんと付き合ってる場合でしょう」


 渡会はさらっと、


「なら付き合えばいい。それで解決だ」


「いやいやいやいや」


 おかしい。彼女に貞操観念というものはないのか。確かに渡会とはよく会話をするし、こうやってデートらしきこともしている。だが、それとこれとは話が別ではないのか。


 それとも俺がおかしいのか?今どきはそういう「取り合えずビール」感覚でラブホに入ったりするのか?


 ぐるぐると思考が回る。人間というのは面白いもので、あまりにも美味しすぎる提案をされると逆に疑いにかかるらしい。


 やがて渡会は、


「時間切れ」


 ふっと歩き出し、


「ほら、行くわよヘタレ童貞。君のお望み通り、健全な男女のデートを続けようじゃないか」


 振り向いてにかっと笑う。


 その姿はやっぱりとても、絵になるのだった。

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