第23話 先輩、いつか貴女の隣に
「マジで、どこ行きやがったんだよアイツは!」
レンスラート先輩が、珍しくお怒りです。
「すみません、ご迷惑をおかけして……」
「迷惑はコウちゃんじゃねえよ。あのバカ、どうしようもねえな」
あのバカ、ことトーリス先輩にすっぽかされました。
今日は剣術稽古の約束だったのに、時間になっても来なくて。探し回っているオレに気づいたレンスラート先輩が、一緒に探してくれたのですが……。結局どこにも見当たらず、F小隊まで戻って来たのです。
「午後は? セミナーとかあんの?」
「いえ。今日は何もないので、午後もトーリス先輩に稽古していただく予定なんですけど……」
このぶんだと、午後も来てくれるか怪しいですね。
「じゃあ、つき合えよ。オレも稽古行きたかったんだ」
「え、あ、はい! ありがとうございます。すみません、なんか……」
「いいって! コウちゃんのせいじゃねえだろ。今度、トーリスに昼飯おごらせようぜ。あ、そういやコウちゃん、今日弁当なんだ?」
レンスラート先輩は、オレのデスクの端っこに置いてあった袋を見て言いました。
あ、しまった。こんなところに置きっぱなしで、ニオイしていたかもしれないですね。
「すみません。今日当番なんで、コレで早めに済ませようかなって」
「そっか、じゃあ、もうメシにしちゃえよ。昼休み終わったらココ集合な!」
「はい、ありがとうございます」
そう、オレはこんなところでヘコタレているわけにはいきません。今日はトーリス先輩探しでかなり時間をムダにしてしまいましたが、これから大切な用事が控えているのです。
キーアイテムのお弁当を携えて、いざ休憩室へ。
「あーっ、コーディくぅーん! お疲れさまーあ」
「今日は、お弁当なんだ? 珍しいね」
「あ、はい……! あ、お疲れさまです!」
ああ、先輩のほうからお声をかけてくださるなんて。
ええ、今日のオレが弁当装備なのはこのためです。
エイミリア先輩は最近、特定の曜日だけちょっと早めにお昼にされていることを、オレは地道な調査の末につかんでいたのです。もはや『先輩探偵』と呼んでください。
そしてその曜日とは、火曜日、つまり今日!
そしてそして! オレは今日、当番の座をゲットした(ありがとうファーガウス)、つまり堂々と早弁できるのです!
ということは? どういうことですか?
そう! オレは人の少ないこの時間に、エイミリア先輩とゆっくりランチができるのです! ああ、なんという奇跡……。思わずスッキプしてしまいそうです。
ダメダメ。そんなことしたら、オレの必勝アイテム『お弁当』が『ぐちゃぐちゃのお弁当』にランクダウンしてしまいます。
それに、二人きりというわけでもないですしね。
一緒にいるアリアンナ先輩とルーウィリアは、エイミリア先輩が早めに昼休憩をされるのを見て、ついてくるようになって。最近では、他の曜日にも早めに昼食にしているのを見かけます。
言っときますけど、エイミリア先輩は火曜だけ、午後からご出張のために昼食を早くされているんですからね!
って、そんなことよりも。
「あの、ご一緒していいですか?」
「もちろん、どうぞ」
そう言って先輩は、向かいの席に積んであった雑誌やなんかをササッと横に除けてくださいました。
ここのテーブルは、大体いつも誰かが持ち込んだ雑誌や仕事関係の資料で雑然としているんですよね。キレイにそろえて積まれていたのは、エイミリア先輩が席に着くときに整頓してくださったからに違いありません(これも日頃の調査結果です)。
あれ? ということは……オレは、先輩のお向かいに失礼してもよろしいのでしょうか!?
苦節半年、こんな日が来ようとは……! 思わずボックス・ステップを踏みそうです。
いや、でもまだ、お隣というわけではないですからね。浮かれるには、まだちょっと早いです。でもでも、お隣だと緊張して横向けなくて、ヘンに寝違えたみたいなことになっちゃいますし。今は、これくらいがちょうどいいですよね?
でも、いつかはお隣に座らせていただきますから! 覚悟していてください、先輩。
心の中では堂々宣言しつつ、口ではさっきレンスラート先輩にしたのと同様の「早弁の理由」を釈明します。自分から言い訳するようなかたちでカッコ悪いけど、ここは大事ですからね。
「そっかぁ。当番大変だもんねえ。でもちゃぁんとお弁当持ってくるなんて、エライですよねえ、ミィ様?」
「うん、そうだね」
はうっ、先輩に褒められた!? アリアンナ先輩、ナイスアシストありがとうございます。
「まあ、でも、近くのお弁当屋さんのやつですけどね……」
自炊も頑張らなきゃ、と思いつつ、研修で毎日忙しいことを言い訳になかなか……。料理って、始めるとなると道具をある程度揃えなきゃいけないですし。オレなんかはレパートリーが納豆がけごはんと目玉焼きくらいのものだから、新しい技を習得しようと思ったら、毎食そればっかりになっちゃうんですよ。
微妙なゆで加減の卵を、毎日黙々と食べ続ける……あれはなかなかの苦行でした。
「みなさんちゃんと、手作りのお弁当だし。なんかオレだけこんなんで、ちょっと恥ずかしいです」
「そんなこと言ったら、わたしだってお母さんが作ったやつだよ。夕食とかはけっこう作ってるんだけど、お弁当までは、毎日やる時間なくって」
1年目2人がしゅんと項垂れてしまった頭上から、天使様のお声が降りてきます。
「べつに、それはいいと思うよ。自分で作ったほうが偉いってこともないでしょ」
ちょっと、意外でした。いつも丁寧な仕事をされるエイミリア先輩。ちゃんと時間をかけて自分の手で作ったもののほうが良いと、お考えかと思ったのですが。
「そこに時間をかけられるのは偉いかもしれないけど、その時間を、別のことに使うほうが大事な場合もあるんじゃない? それは、人それぞれだと思うよ」
えへ。そ、そうですよね? 料理の勉強に時間を使うよりも、剣術や研修を優先すべきですよね?
「コウくんもルイリも、今は研修で忙しいでしょ。1年目って雑用とかも多いし。プロに任せたほうが良いことは、任せたらいいと思う」
任務中も「プロとして」の自覚を大切にされていた先輩。だからこそ、その意義を認めていらっしゃるということでしょうか。
「そうなんですよ! 雑用、多すぎですよ。なんでゴミ集めとか清掃までわたしたちがしなきゃならないんですか。それって、魔道士のする仕事じゃないですよね!? 清掃業者雇えばいいのに!」
我が意を得たりとばかりに、不満を吐き出すルーウィリア。
先輩がおっしゃった「プロに任せる」っていうのは、そういうことじゃないとオレは思うんですけど……。できればオレは、ゴミ集めは続けたいです。
考えてみれば、先輩だって何年か前には、ゴミ集めとかされていたんですよね。あんまり、想像つかないけど。でも、すごく丁寧にされていたんだろうなっていう気はします。
オレも、頑張らないと。
「でも、先輩だってお忙しいのに、いつもお弁当作って来られていますよね。オレはやっぱり、それはすごいなって思います」
「わたしは、作ること自体はわりと好きだから」
そのお弁当は、小さな宝石箱のように、色とりどりのおかずがキレイに詰められていて。やっぱり丁寧に作られたものだとわかります。
けれど、そんな美味しそうなお弁当を前に、先輩は……。
一口大の小さなおにぎりを、さらにお箸で半分に切って、また切って。時折、思い出したように口に運ばれるくらいで、先ほどからほとんど中身が減っていません。
いやむしろ、小さく小さく切り分けられた具材たちで、逆に増えているようにさえ見えるんですけど!?
二段のお弁当箱は、両方合わせてもオレの弁当の半分くらい。そんなもので足りるのかと心配したけれど、その小さなお弁当さえ、持て余していらっしゃるようです。
「あっ、そぉーだあ! 今日この近くにぃ、移動販売が来てるんですよぉ。美味しぃマリトッツォがあるのぉ。第2火曜だけなんですってぇ。お昼食べ終わったらぁ、みんなで一緒に買いに行きませーん?」
「へえ、わたしも行きたいです、アリリン先輩!」
「やったぁ。ねっ、ねっ、ミィ様も一緒に行きましょーよぉ!」
「うん……、ごめん。今日はちょっと、午後からの準備しなきゃ」
「えぇー、そぉんなぁーあ!」
ほとんど手つかずのお弁当を前にした先輩。本当に準備でお忙しいのか、食欲がないのか、断った理由はわかりませんが……。残念がるアリアンナ先輩に、困ったような笑顔を返すだけでした。
ところでマリ……なんとかって、何なんでしょう?
それからアリアンナ先輩とルーウィリアがマリなんとかの話に夢中になっても、近所のスイーツショップの情報交換を始めても。いつもだったら優しく見守りながらお食事を進められるはずのエイミリア先輩は、どこか上の空といったご様子です。
お箸で切り分けたとは思えないほど、キレイな小粒に等分されたお弁当の具。それをまたつまんで……おや、今度は並べ替え始めたようです。
まるでモザイク画のように、色とりどりにそろえて……あれ? 先輩もしかして、食べ物で遊んじゃってないですか? ダメですよ。もう、可愛いなあ。
……って、まじまじと観察してしまいました! アブナイ、アブナイ。幸いにも、横の二人は話に夢中で気づいていない様子。
慌てて周囲を確認したとき、見慣れない濃紺のローブを着た女性が、入り口からそっとこちらを覗き込みました。
誰だろう、と思ったところへ、ちょうどカーリア先輩が廊下を通りかかって、
「エイミ、研究所の人来てるよー」
中に声をかけて、そのまま行ってしまいましたが……。
あれ、先輩?
気づいていらっしゃらないのでしょうか。また、お箸が止まったままで。
「ミィ様?」
お弁当アートにもご興味が失せたのか、視線はまた、窓の外へ……。
「ミリア先輩」
アリアンナ先輩に続いて、オレも呼びかけたところで、ようやく振り向いてくださって。オレが入り口のほうを指差すと、つられるようにそちらへお顔を向けられて……、
「あ、はい!」
慌てて返事して、パタパタと飛び出していく先輩。なんかちょっと、珍しいです。
アリアンナ先輩とルーウィリアは、その後ササッとお昼を済ませて、外へ出かけて行きました。
休憩室に一人残ったオレは、米粒一つずつくらいのペースでちまちまとお弁当を食べ進めながら、どれくらいの時間が経ったでしょう。食堂や外へお昼に向かう人たちで、廊下が騒がしくなってきました。
もしかしたら先輩、このまま戻って来ないなんてことは……。
向かいの席にポツンと残された、アーティスティックなお弁当。これ、フタしておいたほうがいいですかね? いや、やっぱり触らないほうがいいでしょうか。さっきから自問を繰り返しています。
そしてもう一度、入り口のほうへ目を向けたとき。
ああ、なんということでしょう! 天使様が降臨されたのです!
いや、まあ、当たり前なんですけれども。お昼ご飯、途中ですしね。でも、オレにはそれが、なんだかすごく嬉しいのです。
先輩はそのまま、ふらりと入って来られて……。
あ、いや、フツーに食べていましたよ!? べつに、わざと遅くして待っていたとかじゃないですから! あー、エビフライ美味しいなあ! 衣がしっとりで。
「お帰いなひゃい、ひぇんふぁい」
あ、しまった! 慌てて口につめ込んだから、口いっぱいでしゃべってしまいました。うう、先輩の前でお行儀悪い……。
急いで麦茶で流し込んで、誤魔化すために、何か言わなきゃと思って。
「大丈夫……でしたか? あの、さっきの」
「あ、うん。ありがとう」
いつものように、笑顔で返してくださる先輩ですが、オレにはなんだか、ムリに笑みを浮かべているように見えました。
あの日の窓辺のように。
だから先輩が、ストンとオレの前の席に戻ってきて、
「ごめん、ボーっとしてた……」
なんてつぶやかれるのを見たオレは、つい、
「たまにはいいじゃないですか。オレなんて、いつでもボーっとしてますよ」
「え?」
「あっ、いや……すみません!」
うああ。オレ、なんて失礼なことを!
先輩の『ボーっとしてる』はオレの『ボーっとしてる』とはまったく別物! きっと、外部からの出入力を遮断して超高性能な頭の中で超難しいことを考えていらっしゃっただけですから!
「ありがと」
「へっ?」
なぜか、もう一度お礼を言われてしまいました。
でも今度の微笑はなんか、本当に笑っていらっしゃる気がします。……なんとなく、ですけど。えへへ、なんか嬉しいです。
あ、ヤバい。顔がニヤけてしまいます。
「そういえば先輩、さっきの人、研究所って……?」
「うん、魔獣研究所。今日も午後から行くんだけど、変更があって。知らせに来てくださったの」
魔獣研究所は、王立機関の一つで、魔獣の生態や弱点などを研究しているので
そういえば、春の討伐任務でエイミリア先輩が別行動されていたのも、調査対象の魔獣を捕獲するためだったんですよね。
「もしかして、最近火曜の午後いつも出張されているのって、それだったんですか?」
「え? あ、うん」
あ、しまった。今のは、常日頃先輩の行動調査をしていると言っているようなものですね。探偵が自白してしまいました。
そう、出張されているということだけはわかっていたんです。
休憩室には、各隊員の所在を示すボードがあって。その中で「出張」が使われるのは、この前の説明会のときみたいなレアケースなんですけど。2か月くらい前からでしょうか、エイミリア先輩のところだけ、ほぼ週一で「出張」になっているのです。
お昼頃からずっといらっしゃらないと思ったら、終業時間をとっくに過ぎて、雑用で遅くまで残っていたオレが帰宅する頃になってフラッと戻って来られることもあって。たぶん、そこからさらにお仕事されていて……。
オレなんて、この程度で研修が忙しいとか言っている場合じゃないですね。
それに、オレがこの日を選んでお弁当を持参した理由は、早い時間だから人が少ないっていうのも一つだけど……。この曜日だけは、確実に昼食休憩をとられるから。
他の日は、オレが休憩室で張り込みをしていても、空振りに終わることが時々あります。先輩のお弁当は、一日中冷蔵庫に眠ったままで。
「あれ、もう食べないんですか?」
「うん……、あとで食べる」
カタカタという音に顔をあげると、先輩はまだほとんど残ったままのお弁当を閉じていらっしゃるところでした。
いや「あとで」って、これからご出張なのでは……。
キレイに包み直されて冷蔵庫に戻っていくお弁当を見ながら、オレはさっきからずっと引っかかっていた違和感の正体に気づきました。
先輩がおっしゃった『作ること自体は好き』という言い回し。あれは、もしかしたら『作ったものを食べること』は入らないという意味なのでしょうか。
それでも先輩は、今朝オレが淹れた麦茶をゆっくりと飲みながら、向かいの席でオレが食べ終えるまで、ずっとつき合ってくださったのでした。
「で? コウちゃん、どこまで行った?」
え? だから、おつき合いを……じゃなくて。
「えっと……中級Aが、あと5つです」
そう、研修課題の話です。今からレンスラート先輩に剣術稽古をつけもらうんですよね。案の定、トーリス先輩は午後になっても現れません。
中級剣術AとB。そこまで終わらせて、ようやく上級。最後の応用剣術は時間がかかるから、1年目のうちに上級まで終わらせたほうがいいと言われているのですが……。
「あー、あの辺トーリス苦手なところだ。あいつん時も、なんとか誤魔化して終わらせたようなもんだったしな」
レンスラート先輩は、トーリス先輩のチューターだったんですよね。さぞかし苦労されたことでしょう。
そのトーリス先輩は、一体どこへ行ってしまったのやら。レンスラート先輩やアイリーン先輩のほうが、こんなにオレの研修を気にかけてくれるというのに。
「すみません、なんか、いつも面倒見ていただいて」
本当は、チューターのトーリス先輩がやるべきことなんですけどね。
「エイミがさあ、心配してたんだよ」
「えっ……、エイミリア先輩が?」
「まぁ、エイミも、チューターのことでは苦労してっからなー。……あっ、てか、オレ口止めされてたんだっけ。コウちゃん、オレが言ったことナイショな!」
「え……? あ、はい……」
オレは『口止め』というのがどの部分についてなのか、ちょっぴり気になったけれど。
「よーぅし、中庭まで競争な!」
ごまかすように、いきなり走り出すレンスラート先輩。
あ、ちょっと、廊下を走ってはいけませんよ!?
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