第5話 コクっちゃえ
「昨日のあれは、なんだい!?」
背中からいきなり声をかけられて慌てて振り向く。
背後でいまいましげな表情を浮かべていたのは、思った通り月持君だった。
「君があんな奴と組むとは聞いていなかった。一体どういうつもりなんだ?」
言われても答えようがない。私は最初からナオ以外と組むつもりはなかったし、それをなぜ彼に非難されているのか、意味がわからない。
「君はおとなしく僕らのチームに来ればいいんだよ。昨日のレースでわかっただろ? あいつの走りは邪道だ。表彰台には届かない」
「違う、あれは私が――」
「おー、トモっち、飯食いに行こうぜー」
私が言い返そうと口を開きかけたところで、友人が後ろからしなだれかかってきた。
「何だ、君は?」
「あーごめんごめん。私これからトモっちと約束があるんだ。時間がないから、ゴメンね~」
そのまま有無を言わせず食堂に連行される。かと思うと、
「トモっちは弁当だから並ばなくていいよね。席取っといて~」
ひらひらと手を振りながら、友人は配膳の列に突進していった。
「もう!」
強引な友人にため息をつきながら、それでも心の中で感謝した。あのまま言い合いになっていたら結構面倒なことになっていたと思う。
「ほい、これ」
つかの間、ぼんやり物思いにふけっていた私の目の前に緑茶のカップが置かれ、友人は向かいの席にどんぶりの載ったトレイを置く。
「ダメだよトモっち。あの手合いにまともに相手しちゃ」
「でも、彼はナオのこと……」
「トモっちの気を引こうと必死なんだよ。チームに誘われたんでしょ?」
「ええ。でも私は入るつもりなんてないよ。勝つためには何してもいいって感じ、あんまり好きじゃない」
「まあ、口でいくら言っても諦めそうな感じじゃなかったね。典型的なオレ様タイプだったし~」
言いながら友人は唐辛子をバンバン振りかけ、カツにパクリとかみついて目を細める。
「どうすればいいと思う?」
「簡単よ。あいつはトモっちを彼女にしたいだけなんだから、さっさと売約済みになっちゃえばいいのよ」
「えっ!」
「昨日のパートナーはどうなの? ナオ君だっけ? その気が少しでもあるんなら、早めに押さえておいた方がいいと思うよ~」
冗談めかした口調で言いながら、目は笑っていない。
「私とナオはそんな……」
「そういう建前はいいからさ。昨日のレース見て、格好いいと思わなかった?」
「え、うん、少しは」
「私は思ったな。特に最後の、空中でターン決めてからフルスロットルでコーナーに突っ込むあたり、ホント、シビれたよ~」
「そうなの?」
「あれさあ、一歩間違えたらあのまままっすぐコースの外にぶっ飛んでいくシチュエーションだよ。そこまでして先を急ぐ理由ってさ――」
「やっぱり、勝ちたかったから?」
首をひねる私に友人はニヤニヤ笑いで答える。
「トモっちは鈍感だねえ。あんたに体当たりした全員をぶちのめすために決まってるじゃん」
そのままテーブル越しにバシバシ肩を叩かれる。
「痛い痛いって!」
「愛されてるねえ、トモっち」
「だから、ナオは別にそんな関係じゃないって。バイクの師匠と弟子って感じで、二人でいても、そういう雰囲気なんて全然……」
「だったら、私がもらうよ」
急に真顔で耳元に顔を寄せてくると、低い声で脅された。
「あの腕前と度胸があれば、ロードでも結構行けると思う。私は、パートナーにするなら、自分と同等か、それ以上だって思える人じゃないとダメ。でも、そんな人、なかなかいないんだよ。巡り会ったときにちゃんとつかまえておかないと、一生後悔するってわかってる。だから」
友人の目つきはめずらしく真剣だった。とても冗談を言っているようには見えない。
「だから?」
「トモっちがいらないなら、私がもらう。それでも――」
「それはいやだ!」
頭で考える前に、反射的に声が出ていた。言ってしまってから恥ずかしくなって、耳までカッと赤くなる。
「ほ~らね。余計なことをうだうだ考えなくていいんだよ。だとすると、せめてコクるきっかけが欲しいね。何かいいイベントはないの?」
「イ、イベント?」
「そう。バレンタインはもう過ぎちゃったしなあ……」
「た、誕生日。確か来月の頭だって」
「おお、ナイス! プレゼントを渡して、ついでにコクっちゃえ。何だったら身体にリボン巻いて、“私がプレゼント”って痛っ!」
「ふざけすぎ!」
調子に乗った友人の頭に手刀を入れ、火照ったほほを手のひらで冷やす。
知り合ってからもうすぐ一年。
確かに、バイクの件は日常のメンテから様々な改造までお世話になりっぱなしだし、オフロードでの乗り方に至っては、文字通り、手取り足取りという感じで初歩から色々教わった。
感謝の気持ちはいくらしても足りないくらいあるのだけど、それがいつ、恋愛感情に変わったのか。
指摘されるまで、自分でも全然気がつかなかった。
「でも、どうしよう?」
「どうしようって何が?」
「私、彼のこと、何も知らない。聞かされてない」
友人は、彼に本格的なラリーレイドの経験があると一目で見抜いた。
でも、私は気付きもしなかったし、一年近くも近くにいて、彼の個人的なことを何も知らない。
「聞かなきゃ教えてくれるわけないじゃん」
「でも……聞いちゃっていいのかな?」
「何言ってんのトモっち。あんた、結構面倒くさい性格だったんだね」
友人は両手を大げさに広げ、アメリカンドラマみたいに“やれやれ”という仕草をする。
「だからコクっちゃえて言ってるんでしょうが。普通、恋人でもない人に自分のことべらべらしゃべる人間がいたら、そっちの方がキモいよ。相手のことをもっと良く知りたいから付き合う。そういうスタンスでいいのよ。オーケー?」
「そう、なのかな」
私以上にナオのことを理解しているらしい友人にかすかな嫉妬心を感じながら、私は小さくうなずいた。
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