第21話 お誘いとほうじ茶:甘味処「私雨」②
不機嫌な相葉に戸惑いつつも、胡座をかく。僕の前に彼女は音を立てながら荒々しく座る
「あ、相葉は何にする?」
ちょっぴり僕の腰が引けているのだが、黙っている訳にはいかない。彼女によく見えるようにメニューを広げてやる。
「……おすすめは?」
しかし、それをちらりと見ただけで、相葉は低い声で僕にボールを投げつける。僕のおすすめじゃなくて食べたいものを云々を言う勇気はない。
「こ、こちらの羊羹でございます」
「……じゃあ、それで」
「はいっ」
なんだコレは。ついさっきまでワイワイとしていたはずなのに、急転直下で様子が変わってしまった。僕にしては珍しく狼狽している。
「……」
「……」
なんともつらい沈黙が場を支配し、僕が水を飲み、喉を鳴らす音さえしっかり耳に入ってくる。
「お待たせぇ。ご注文は……二人ともどうされました?」
僕が聞きたいくらいです。しかし、翠さんが来てくれたおかげで少なくとも沈黙は破られたのだ。
「助かりました」
翠さんは首をかしげるが、そりゃそうだよね。
「はあ……よう分かりませんけど、お力になれたのなら幸いです」
流石というべきか、状況はわからないだろうに、ニコリと笑顔を返して来る。
「むっ」
……しかし、相葉は眉をぴくぴくと動かしており、また彼女の琴線に触れてしまっているようだ。
「え、えと羊羹と抹茶のセットで!二つお願いします!」
とにかく、注文だ。美味しいものを食べれば彼女の気もまぎれるに違いない!
「あら、今日は元気ねえ。承りましたので、ちょっと待ってね」
僕達の雰囲気に気付いているであろうに、翠さんはのほほんと返事をして、ぱたぱたと厨房に行ってしまった。
「……」
「……」
そして振り出しに戻る――というわけにもいかず、僕は恐る恐る相葉に話しかける。
「あ、相葉さん……?」
「……なんです?」
「ど、どうしてそんな感じなのでしょうか?」
ここで相葉は大きくため息をつく。自分の気持ちを落ち着けるように、肺の空気を一気に全部交換。
「……もうっいいですよ。気にしないで下さい、大丈夫ですから」
半眼になりながら、口を横に大きく伸ばし、「いー」という声を出す。よく分からないけれど、いつもの調子に戻してくれるようだ。
「それならいいけど……なんか、ごめんな」
「謝らないで下さいっ……それで、ここのオススメは羊羹なんですか?」
改めて彼女はメニューに目を落としてそんなことを聞いてくる。この流れに乗らない手はない。こほん、と軽く咳払いしてから僕は説明する。
「ああ、そうなんだ。ここの羊羹は、本当に昔ながらの味でね。ねっとりした甘みというより、かなりさっぱりしているんだ」
「へえー、小豆の甘みって結構強い印象がありますけどね」
「まあ、後は食べてのお楽しみっていうことで」
「はあーい。あ、そういえば、正文さんは連休の旅行はどこに行くんですか?」
「うん?隣県までだけど……ああ、目的ってこと?」
「そうそう。でも、どうせ……」
彼女はじとっと僕を見てくる。
「君の予想通り、『普通の』食事三昧だよ。二日目のランチで、古い知合いのお店のが一番の目的だけど、前日は温泉旅館に泊まる感じ」
「げっ、滅茶苦茶充実したお休みの使い方じゃないですかっ!いいなあ……」
彼女の物欲しそうな顔を見ていると、自分の口から『ある提案』が飛び出してきそうになるが……流石に不味いと理性が止めてくれる。年頃の男女二人で旅行なんて――
「先輩!私も付いていっちゃ……だめですか?」
いつも元気な彼女にしては、しおらしく、そして恥ずかしそうにそう言ってくる。僕の気持ちとの符号に何とも言えない心持ちになり、僕は――。
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