男子校に入学したはずなのに、メイド喫茶でお帰りなさいませな件

「お帰りなさいませ、お嬢さブッファー!」


 バイト二日目。


 悲しいかな、トラブル続きの高校生活のおかげで適応力が上がり、もう慣れてしまったフレーズを口にしながらおじきをし、顔を上げると妹が仲間になりたそうにこちらを見ていた。


「もしかして、常楚のお姉様ですか!?」


 あー。そういう設定になっていたんだっけ。


「えっと、確か、カフェの……。」


「そう!そうです!覚えていてくださり光栄です!」


 自分の妹と女装したまま外で鉢合わせて、しかもそれと気づかずお姉さま呼びをされて忘れられるほど俺の頭は弱くない。


「えっと、ここで働いてるの、学校には内緒だから、あまり言いふらさないでね?」


「もちろんです!あ!でも、一緒にいた親友二人には言わせてください!彼女たちもお姉さまのこと探してるんです!」


 その時に人に言うなという情報を伝え忘れ、そんでもってみんなに広まるのね、わかったわかった。ていうか、何でユイはここにいるの。


「あ、源氏名はカヅキさんっていうんですね!どことなく吐き気を覚える名前だけど、一周回ってありだと思います!」


 あれ?なんか一瞬妹の本性を垣間見た気がする。


「では、お席にご案内しますね、お嬢様。」


 話していてもらちが明かないし、アヤカさんをはじめとするほかの人にも迷惑になるので、話も半ばに席に移動してもらう。


「やっぱりメイド喫茶っていいですよね!ミンチにされる危険性がないですし!」


 そうですねー。心臓つぶされる危険性はあるけどねー。


「そ、そうですか。ご注文がお決まりになりましたら、およびくださいませ。」


「はーい!」






 バイト開始から約10分にしてどっと疲れが出た。しかし、玄関口にも誰か立っていないといけないので、慌てて玄関に戻る。するともう次の客がやってきた。


「お帰りなさいませ、お嬢さブッファー!」


 なぜおまえらがここに……。とは、口が裂けても言えない。


 カオリ、ユウキ、アオイ、レイナ、ユミコ、ヒカル先輩。プラスたぶんユウリ。


「なぜって、自分の母親の経営する店に来ることは別におかしくない。」


 俺の心を読んだユミコが丁寧に解説してくれた。ありがたすぎて目から汗が噴き出てくる。


「ぶっふぁ、カヅキ、面白っ!」


 奥でカオリが笑い転げ、アオイとユウキも口元を隠している。


「お姉さまは何を着てもお似合いですわぁ!」


 レイナのまとわりつきが激しいが、今はこれに耐えるのも仕事の内だ。うぅ、胃が痛い。


 帰ったら太田胃散を飲むことを心と胃に約束しつつ、唯一純粋な瞳でこちらを見てくるヒカル先輩に向き直り、案内することにした。


 ここで、二つの問題が発生した。


 一つ目。この店に六人も座れるような席は一つだけ。しかもユイの隣。


 二つ目。俺のことを女と勘違いしている百合のアヤカさんが、俺に愛の鞭(という名のお盆)をふるってきたこと。この店のお盆は金属製なので、高速のフリスビーみたいにして投げるだけで圧倒的攻撃力を持つ。


 一つ目の問題の結果として、アオイ、ユウキ、そして俺の幼馴染であるカオリに気が付いたユイが反応し、どうすればいいのかわからなそうにまごつく。こいつは放置だ。それよりもこっちの方がヤバい。


 飛来したお盆を真剣白刃取りのようにとったカオリが運動エネルギーを殺さずに回転し、それをそのまま投げ返したのだ。アヤカさんはそれをとってさらに加速させて投げ返す。この負の連鎖は止まらなそうだ。


 まだ投げ合いが始まってから10秒もたたないのに、すでにお盆付近にヴェイパーコーンが発生している。音を置き去りにしているようだ。


 俺は仕方がないから、自分のお盆を盾に、端っこに隠れることにした。






 約一分後、アヤカさんが取り損なったお盆は、空気との摩擦で溶け、壁に刺さってぐつぐつ言っていた。


 ユイは、いまだにまごついているが、俺がそちらを向いて、ウインクしながら口に人差し指を当ててやると満面の笑みでコクコクうなずいた。普段からそんぐらい従順でいてくれよ。


「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラ!」


「ムダムダムダムダムダムダムダムダムダムダ!」


 一か所だけバトル漫画みたいになっているが、どうせユミコのお母さんが超能力で何とかするだろう。もういいや。


「そういえばシュガー、なんでこんなところで働いてるの?」


 ヒカル先輩には事の顛末を話していない。あなたの金を間違って使い込んだから返すために働いてるとか言えるかっての。


「い、いや、やっぱり高校生だし遊ぶのにお金かかるかなーって。」


 適当にお茶を濁すと、アオイとユウキは苦笑いで、レイナはべったりとくっついたままこちらをジト目で見てくる。


「確かに!でも、補習すっぽかすとリラに怒られちゃうよ?」


 あれ?今日も補習?これヤバくね?


「それもいいけど、お前の家、借金にうるさいんだろ?大丈夫なのか、カヅキ?」


 アオイもやばいことを耳打ちしてくれる。


「あとカヅキ?この前のアイス屋さんなら食中毒を出してみんなに返金して回っているらしいわよ?」


「こらあんたら!店をこんなんにして!出ていきな!あとアヤカは弁償!」


「店の物って全部超能力から出てくるはずじゃ!?」


「君、以前カフェであった子だよね!?」


「ば、ばれてしまいました、お姉さまー!」


「なあ、幽霊的な目で見るとここってちょっと懐かしい気すらするんだけど。」


「お姉さまのメイド姿!ちょっと一眼レフをかってきますわぁ!」


 ……情報の大渋滞だ。


「えっと、落ち着いて一つずつ整理していこう。まず、補習の件についてはリラに土下座するしかないか。アイス屋さんが返金しているならそれを受け取れば何とかバイトはやめられる。あとはもう……放置でいいや。」


 最近自分が投げやりな人間になっている気がしてならない。


「すまんカヅキ。このバカ……もとい、アヤカを制裁してくるから、しばらく玄関頼む。」


 もうとっくに胃なんてストレスで蒸発しているんじゃなかろうか。仕方がないから、玄関前で数分を過ごす。


 ほかのみんなには、俺の……お店の迷惑なので帰ってもらった。


「お帰りなさいませ、お嬢さブッファー!」


「ちきゅ……日本の文化っていいわよねー……。アレッ!?」


 入ってきたのは、皆さんお察しのルナさん。しかもコスプレをしていらっしゃった。


 レーザー発射二秒前。南無三。

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