男子校に入学したはずなのに、ひと月ぐらいで引越しする件

 カオリの引越しを知った次の土曜日。


 一週間、あまり勉強も部活も頭に入ってこなかった。さんざんアオイとユウキに心配もかけた。


「じゃあ、またね。」


「また会おうな。」


「当然だよ!」


 そりゃまぁもちろんだが、こんなに強く言うことだろうか。


 カオリが親の運転する車に乗り込み、ドアを閉める。窓を開けて、顔だけ出して、手を振ってきた。


 俺も、全力で振り返す。


「またなーっ!」


 走って追いかけようとしたところで、首根っこをむんずと掴まれた。


 よ、妖怪ミンチ女だぁ。


「あんたも用意しな!」


「え?」


「引越しの用意だよ!あんた、自分の親父の仕事場がもとに戻ったのすら知らないのかい?」


「え?単身赴任は?」


「単身赴任じゃなくなるって言っただろ!」


 どうも、俺がぼーっとしている間に言われていたらしい。冷静に考えると、家の中のいろいろなものが部屋から減っていたり、段ボールが積まれたりしていた。


「え、え?が、学校は?」


「それも聞いてなかったのかい。

 ここは借家にだして、あんたは別で、私たちは向こう。そう決めたろ。」


 まさかの一人暮らしかよ……。


「で、お、俺はどこで暮らせば?」


「乗りな。」


 車に連れ込まれるようにして乗せられる。ユイと父さんが手を振っている。ドナドナみたいな気分になってきた。


 先ほどカオリを見送った場所を離れ、さらに学校の方へ向かって走り出す。すでに懐かしい気分になってきた。


 学校の最寄り駅を車で見るのは初めてだが、止まることなく進み続け、ユミコの家の近くに来た。


 車が止まったところには、少し古めのマンション……というにはぼろいが、アパートというよりはましな建物があった。


「降りな。」


 俺は人質かよ。銃口の代わりに、小型のミートミンサーを突き付けられる。いくつ持ってるんだよ。


「103号室だ。荷物はあとで届けてやるから心配すんな。」


 やっべえ、女装道具は隠さなくては!


「だいじょーぶかぁー?

 顔が真っ青だぞ、ひっひっひっ。」


 こいつの頭のが大丈夫だろうか。


「安心しろ母さんはぜーんぶわかっているぞー。

 どんな趣味を持っていても息子のことだからなぁ。」


 え、マジで。


「どんな特殊な本が出てきても中を見ないでしまえばいいんだろ?」


 違う。惜しいけど違う。


「い、いや、やっぱり自分でやる!」


 この時、部屋の中を見なかったことは、俺の中でかなりの後悔に値するだろう。





「や、やっとおわったぁ!」


 何とか荷物をアパートの敷地内に運び終えて、ぶっ倒れるようにして転がる。


「家の中に運び入れるのは自分でやれよ。」


 まぁ、ここまで手伝ってくれただけでも母親にも感謝しなくては。


「わかったよ。ありがとう。」


「じゃああたしはもう行くからなー。」


「わかったー。」


 って、これから俺が一人暮らしをするという割にはドライだな。まぁいいか。


 ドアを開けると、思ったより整理されていた。


「すげぇ、家具とか備え付けなのかな。」


 だとしたら新しい買い物が減って済む。


 というか、炊飯器一つ買ってもらってないんですけど。


 部屋の奥からシャワーの音が聞こえる。部屋の奥からシャワーの音が聞こえる。現実逃避のためにもう一回。部屋の奥からシャワーの音が聞こえる。


 いやダメでしょそれ!


 入った直後から水道代がとんでもないことになる!


 あわてて洗面所のドアを開け、わき目も振らずに風呂場に突入する。


「チカン!ヘンタイ!覗き魔は死ねぃ!」


 この声はカオリか!?


しかし、目を開けた時点でどこにも誰もいない……殺気!?


 慌ててしゃがむと。頭のてっぺんの髪の毛を数本だけ巻き込み、切り取りながらシャワーヘッドが通過していく。


「甘い!」


 その声が聞こえたと思うと、腹に蹴りが炸裂して気を失った。


 わき目、振ればよかった……。





「知らない天井だ……。」


「気が付くのが遅い。」


 やっぱりカオリだ。


「ここ、俺の一人暮らしハウスになる予定なので、引っ越した系ヒロインのいる場所じゃないと思うんですけど。」


「誰が引っ越した系だ!いいか、ここは二人暮らしだ!」


「ですよね知ってた。あはははは。」


「無理してごまかさなくてよろしい。」


 こいつもこいつで俺のことわかってるからいろいろ見透かしてくるんだよなぁ。どこぞのエスパーよりましだけど。


「つまり、今日からカヅキはここで住むことになった、私の奴隷であり忠実なしもべ。いい?」


「じゃあ、こないだ言ってた、『いままで通りにはいかなくなる』ってのは!?」


「同居人だったら、今まで通りに外で待ち合わせしてどうこうって、できなくなるだろ。」


 帰って寝てぇ。帰るところがここだけど。


「胃が痛くなってきた。寝るわ。」


「布団ないぞ。」


「いや、家具備え付け……。」


「それはうちが使う。おばさんの許可もとってる。」


 理不尽……。


「じゃあ床でいい。」


「さっきそこらへん殺虫剤撒いたばかりだけど。」


 寝れないじゃん……。


「大丈夫。今日中に家電と食材、家具の足りない部分を買いに行くから。」


 もう昼過ぎ……。


「できたら夕飯は作ってやるよ。」


 お、それはいいな。カオリって料理できたっけ……。まあいいや。


「いくぞ。」


「サーイエッサー!」


 幼馴染との同居生活かぁ。


 明日部活なんだよなぁ。


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