第二十七話 VS剣聖

「あ、ウィルー。みつけたー」


 とある日の午後。庭の整備をしていたウィルの元に訪れたのは、ニャルコだった。


「ニャルコ。どうしたの?」

「これ。頼まれてたやつ」

「あ、シュナちゃんの」


 ニャルコに手渡されたのはシュナについてまとめられた紙だった。

 調べてもらったのは、なぜ残虐姫なんて呼ばれる様になったのか。シュナの生い立ちだ。


「思った通り、生まれつき呪われてたみたいだねー。誕生と共に母体を殺して、周囲の人間も傷つけてる」


 シュナ・G・ヌーデリア。最悪の呪い子。魔力を回復し続ける呪いにより、誕生と共に魔法を放つ。一人死亡。十二人負傷。

 五歳になるまで魔力が安定せず、隔離を決定。塔に幽閉され、存在を抹消された。


「呪いか……呪いってなんだろうね」


 この世界において、産まれながらに呪われた子というのが時たま誕生する。

 あるいは武器が呪われていたり、ウィルはその呪いを深く知るわけではない。


「生まれつきもってたり。武器についてたり。よくわかんにゃい。シャルの鉈も呪われてるし……私も呪われてる」

「えっ? ニャルコも?」

「うん。言ってなかった?」

「初めて聞いた」


 思えばニャルコは傭兵団で一番謎が多い猫だ。

 猫獣人の少女であり、諜報担当。闇魔法が使える。好物は魚。それしか知らない。

 自分から語らないからだろう。過去も知らない。


 それに、出会った事から変わらない容姿。

 十四歳程度から一向に成長しない体は、あまりに不思議だ。獣人にそんな特性があるなど聞いた事がない。


「まあ……私もいろいろあったって事で」


 いつもそうやってはぐらかす。多分ニャルコを全部知っているのはシャルノアだけなのだろう。


「とりあえず調べたけど、それ以上は分かんにゃい。記録も全部抹消されてて、知ってる人も少にゃい。それに幽閉された経緯に、もう少しにゃにかありそうかにゃ」

「そっか。ありがと」

「それでウィルはどうするの?」

「……シュナちゃんは何かほっとけないし、遊びに行く」


 一人で塔の中でいるなんて必ず心が荒んでいく。ウィルが遊びに行く事でそれが少しでも軽減されれば良い。そしていずれ解放されれば。そう願う。


「抜け出した事で騒ぎににゃったから、侵入するの難しいと思うよ?」

「そうだよね」


 もちろんの事シュナが抜け出した事は騒ぎになった。激獣が保護した、という事でそれ以上は言わなかったが、警備は強化されているだろう。


「でも、僕に侵入術を教えたのはニャルコだよ」

「にゃはは。たしかに。じゃあ大丈夫か」


 警戒レベル最大の国庫にも侵入できると豪語するニャルコに師事したのだ。ちょっと警備が上がった王宮程度造作もない。


「仕事これで終わりだから、行ってくる」

「気を付けてねー。捕まったりしたらめんどうだから」

「うん。捕まんない」


 捕まったらシルクがすっ飛んできて暴れまわる事間違いなし。そして副団長が泣く。そんな未来にならない様ウィルは決意を固めた。



 ◇



「うーん。これはたいへんだな」

「そうだね。どうしようか」


 いつも侵入している王宮の外壁の周辺は、多くの警備兵が巡回している。

 おそらくシュナが抜け出さない様にしているのだろう。これは正面から行っても無駄だ。ウィルにはこれを突破する手段はない。


「しょうがない、イム僕を食べて」

「りょーかいなのだー」


 だがイムに不可能はない。命令を受けたイムは、ウィルを丸飲みして包み込む。そのままスライム形態に戻ると、地面と同化して移動しはじめた。


 警備兵の目の前を通るが、誰もイムの存在に気づかない。等級Bまで進化したイムの擬態は最強だ。

 壁をのぼり、中へ入る。王宮を練り歩き、森に入れば警備兵の姿はなかった。


「んー。ぺっ」

「ん。ありがとう」


 辺りに人がいない事を確認してから、ウィルを吐き出す。無事に侵入完了である。

 空間魔法で生まれた鬱蒼とした森の中は動物ぐらいしかいない。ここまでくればこっちのものだ。


「今日はなにしよっか?」

「うーん。トランプ持ってきたけど……遊びに行くのも良いね」

「おー。抜け出すならイムにまかせろ」


 イムがいればこっそり抜け出すぐらい造作もない。また楽しい場所に遊びに行くのも良いだろう。ベゴニアが言っていたカジノなんかが良いか。


「まあ楽しい事をしよう」

「ぷる!」

「とりあえず――ん?」


 イムとの会話を切り上げて、ウィルは足を止めた。


「どしたのごしゅじん?」

「嫌な感じ」

「てきか?」

「分かんない。コブロいたら分かるけど」


 眷属の中で一番気配に強く、索敵も担当しているコブロがいればこの予感の正体も分かるだろう。

 ウィルに分かるのは、嫌な感じがするというだけだ。


 身体強化を最大出力で発動し、五感を全集中して警戒に当たる。


「――しっ」


 故に防げた。木々の隙間から襲ってくる斬撃に、腰の短剣で対応する。


「ごしゅじん!」

「警戒。敵だ。風魔法くらった」

「おー」


 今のは剣と風魔法の合わせ技。ベゴニアが得意とする剣技だ。東の国ではポピュラーな魔法剣だと聞いた事がある。

 攻撃がきた方向に向かって構え、敵のでかたを伺う。


「……今ので、死なねえか」


 そして木々の影から出てきたのは、一人の老人だった。


「せいりゅー国のやつか?」

「まさか、ここ王宮だよ」


 王宮の中に敵国の兵がいるなんて、警備を疑う。ありえない事だ。ただこの国の不甲斐なさを考えるとありえるか。


「はっ。あんなイカレ野郎共と一緒にするな。わしは誇り高き騎士だ!」

「ぷる! 騎士!」

「見覚えあるな」

「知ってるかごしゅじん?」

「式典とかで見る人だよ」


 その言葉でウィルは思い出す。老人は、式典などがあるといつも王の隣にいる人。

 そして傭兵団を憎々しげにいつも睨んでくる人だ。


「傭兵団のガキだな? 今日は呼んだ覚えはない。つまり不法侵入。犯罪者だ」

「それは……ごめんなさい」

「見つかっちゃったぞ。怒られるか?」


 言い訳のしようがない。どこまで行こうが犯罪者だ。

 できる事といえば誠心誠意謝る事。


「すいません! 謝るので許してください」

「はっ。獣のガキがっ。臭せえ臭せえと思っていたが、ついに飼い主に噛みつくとはな」

「ゆるしてくれそうにないぞ」

「そうだね……これは」


 今にも殺さんばかりに睨んでくる。つね日ごろから傭兵団を睨んでくると思っていたが、どうやら恨まれているらしい。

 そこいらで喧嘩を売っているので恨まれるのは慣れているが。


「僕たちが嫌いですか?」

「大っ嫌いだ! 我が国に寄生する害虫がっ。機会があれば皆殺しにしてやりたかった。貴様らのせいで、わしら騎士の誇りは地に落ちた」

「なにやったんだろ」

「シャルノアか? ベゴニアか?」


 おそらく誰かが何かやったのだろう。容疑者はシャルノアだが、他の線も考えられる。権力者嫌いのニャルコや、自由なシルクだろうか。


「不法侵入だ、死刑だ。わしがじきじきに殺してやる」

「……それはこまります」

「ぷる!」


 悪い事をしている自覚はあるが、さすがに死刑はやりすぎだろう。

 激獣傭兵団は王直々に雇われた傭兵団。国防の大半を担う傭兵団が、王宮に無断で入った程度で死刑になるはずがない。そもそもシャルノア達のせいで、もはや許可がでているような状況だ。

 よくて説教からの罰金刑ぐらいだろう。つまりこれは私刑に他ならない。

 老人は剣を抜いた。ウィルもしかたなしと短剣を構え、イムも戦闘体勢に入る。


「王国一の騎士。『剣聖』ベルフェル・イグ・オープナー。獣を駆除する騎士の名を覚えて死ね!」


 騎士らしく名乗りを上げた。老人であるが国一番の実力者。その力に陰りはない。

 『剣聖』の伝説は過去聞いた事があり、名乗りと共にウィルは警戒レベルをさらに上げる。


「副団長泣くかな」

「かもなー」


 こういうことになるから、王宮への不法侵入は非常に迷った。

 しかしニャルコに背中を押されて、シュナのことを思って、行動に移した。


 全てはウィルの短絡的行動が起こしたことであり、反省して謝るしかない。


「でも馬鹿にされたまま逃げたら、みんなが泣く」

「だなー」

「やるよ!」

「ぷるるー!!」


 ウィルも覚悟を決めた。国の要人と戦闘など副団長が泣くかもしれない。だが馬鹿にされた以上、引く事はゆるされない。死にたくもない。


「『召喚サモン・バーニ』

「きゅうう!!」


 巨大兎のバーニも召喚して準備万端だ。


「『風剣』――『風斬り』」


 剣聖が剣を振れば、そこから風の斬撃が放たれる。下手な木ぐらいならば切断する風の魔法だ。

 ベゴニアが扱うものより威力は低いが、当たれば一たまりもないだろう。


「イム装備変化。バーニで」

「りょー」

「きゅうっ」


 イムはスライム形態に戻ると、バーニに飛びついてコーティングする。

 ぷるぷるとしたスライム鎧を身に着けたバーニは、庇う様にウィルの前に出た。


「なにっ?」

「きゅきゅっ!」


 イムを身に着けたバーニは、風の斬撃を受けてもビクともしない。

 防御最強のイムは、この程度の魔法食べて無効化する事も可能だ。そして速度最強のバーニは、風の速さで剣聖に突撃する。


「きゅううっ!!」

「ちっ『風盾』」


 大男も吹き飛ばすバーニの突進を、剣聖は風の盾で受け止めた。


「きゅう……」

「強いね。攻撃はコブロ担当なんだけど。いないからしかたない」


 防御のイム、速度のバーニ、攻撃のコブロ。この三眷属がウィルの全戦力だ。

 眷属最強かつ攻撃担当のコブロ不在があまりに大きい。


「まあ、頑張ろう」


 敵は激強。戦力は半減。有効な攻撃手段なし。それでもウィルは、絶望など微塵もなく笑っていた。

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