17. 深い眠りの中で


 満開に咲いていたフィーディリアの花々も散り始め、春の終わりを告げている。

 エルフィールド王城の敷地内にある、フィーディリアの花に囲まれた大きな木の下で少女は一人空を眺めていた。


「……今日も青空」


 雲ひとつない美しい空は、平穏そのものを表しているようだった。それと他に、代わり映えのしない日々も表しているように感じられた。


 ここ数十年、エルフィールド国は特に何かが起こること無く平和が続いていた。その上、最近は歴代の優秀な魔法使い達を軽々と越える才能を持つ姫が誕生したことで国は更なる静謐に包まれていた。


 その姫こそが、木の下で休む少女……ロゼルヴィア・エルフィールドである。


 そんな姫へと近づく姿がある。


「ここにいたのですね、ロゼルヴィア姫」


「いらしてたのですかウィリアード殿下」


「はい、突然の訪問で失礼します」


 そう告げると同時に護衛を下がらせると、姫の隣へ腰を下ろした。


「何をしていたの、ヴィー」


「ここの風景を眺めていたわ」


「花が散り始めたね」


「春の終わりが始まったということね」


 散り行く花を眺めながら話を始める。


「それにしても今日はどうしたの、ウィル」


「用がないと来ては駄目かな」


 二人だけとなり、互いに砕けた口調になる。


「そんなことはないけれど」


「よかった」


 二つと歳が離れており、他国の王族同士ということもあるがそれに関わらず、二人の仲ほ良好に感じられた。


「でも、いつもウィルから来てもらうのは申し訳ないよ」


「気にしないでいいよ。それに、ヴィーはまだ国から出られないだろう」


「……早く15歳になりたい」


 エルフィールド王家の一人娘であり、稀な優秀さを持ち合わせる姫は、成長が落ち着くまで大切に育てられることになった。エルフィールドの国王は15歳を迎えた時に、デューハイトン帝国への訪問を考えているようだ。


「ヴィーに早くデューハイトンを見せたいな」


「うん」


 そういう事情があるため、二人が会うには王子がエルフィールドに来るしかなかった。それにも関わらず、文句のひとつも言わず足を運んでいる。


「あ、ウィル。学園は?まだ長期休みではないでしょう」


「あぁ。学園での学びは学習済みだからね。別に授業に出なくてもいいんだよ。テストさえ受ければ卒業できるからね」


「そうなの」


「うん。元々通うつもりもなかったけど、父上に人脈づくりを目的に行くよう言われてね。だけど、僕はいずれエルフィールドに来るから必要ない思うよ。最低限のもの以外はね」


「人脈か」


「むやみに強い繋がりを作っても、後ろ楯と捉えられて担ぎ上げられるのはごめんだからね」


「相変わらず大変ね」


「ヴィーの婚約者を譲る気も、帝国の次期国王になる気もないよ」


 ロゼルヴィアの婚約者という立場と次期国王となる王太子の立場を変えようと考える人間が

未だに一定数存在する。


 これで第一王子のアレクサンド王子に次期国王としての素質がなければ、姫との婚約者になったのは彼かもしれない。だが、アレクサンド王子は歴代の王を凌ぐほどの統率力と資質を備えた人間であった。第二王子であるウィリアードに王としての素質がない訳ではないが、本人達の意思を含めると今の立場が良いと考えられる。


 その現状を、姫は理解していた。


「適材適所という言葉があるものね」


「…………………そうだね」


 柔らかい微笑みには、暖かな眼差しが感じられる。姫の髪へそっと触れながら、王子は笑みを深めた。


「いつもお疲れ様、ウィル」


「ありがとう、ねぇヴィー」


「何?」


「僕は────」


ーーーーーー




 最後の言葉を聞き取れないまま、意識が起き上がる。


「…………夢か」


 昔の夢を見ていたようだ。


 長年見ていなかったのに、今になって見たのは夢に出てくる人と実際に会ってしまったことが影響しているだろう。


「…………何だったっけ」


 夢で見たあの場面は、実際にあった出来事だ。記憶をたどると存在している。だからその先がわかる筈なのに、何という言葉を紡いだか思い出せない。


 それにしても、やはり今の彼は別人のようだ。久しぶりに見てからずっと思っていたことが、夢を通して確信に変わった。

 かつて自分が婚約者であった頃との違いの大きさに、彼を遠くに感じ始めていた。


「時間」


 カーテンの隙間から僅かに漏れ出る光が夜明けを告げる。眠気を覚ましながら身支度を始める。体は動くのに、頭はまだ眠気から解放されていないために冷たい水を顔にかけて強制的に起こす。着替えを済ませて、鏡の前に座る。


「……久しぶりに見たな」


 夢で見た、自分の本当の姿。

 エルフィールド王家の象徴とされる銀色の髪は第二の人生を始める際にお別れをした。といっても、いつでも魔法で戻すことはできるが……。それからは、特に理由も利益もなかった為に髪色を変えることはなかった。


 懐かしくも酷く切なくなる気持ちを誤魔化しながら、髪を整える。


「早くお嬢様のところへ行かなくては」


 気を引き締めて、本日分の業務を始めた。

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