第5話 修行の実感がない。

 クロノスという男の説明を受けてから、はや一週間が経過した。


 まず、今回の修行が始まって一番驚いたことは、クロノスという男が管理している空間だ。説明を受けていた時は、クロノスという男が管理している空間の大きさは、会議室の大きさぐらいと思っていたのだが、あの△□ビル全てが、クロノスという男が管理している空間だったのだ。だから、俺達には、各自一人一部屋、生活するために与えられた。ただし、キッチンだけは共同だった。だけど、一万年暮らすための食料は完備されているので、俺達は何も気にせずに修行することだけを考えればいいという、とてつもない優遇された環境だったので、強要された修行でも、二日目からは誰も文句を言わなくなっていた。


 修行が始まって、クロノスという男から言われたことは2つ。一つ目は、リストバンドとアンクルバンドを決して外さないこと。2つ目は、修行のスケジュールは必ず守ることだった。


 リストバンドとアンクルバンドは、アーティファクトと言われる品物らしい。身に付けた時は、一つ当たり100gだと、対して重さを感じないという印象だった。


 そして、クロノスという男が言っていた、必ず守らなければならないというスケジュール。修行ということから、どれだけつらい物なのだろうかと構えていたのだが、スケジュールが発表されると、少し肩透かしを受けたように感じた。


 まず、1日は、俺達が今まで生活していた通りに、24時間で管理している。そして、年の管理だが、一年を52週で区切る。そして、○年目○週目という管理の仕方をする。これは、一万年の修行をする上で、今がどれくらいの月日がたったのか、俺達が管理しやすくなるための配慮だということだ。


 肝心な1日のスケジュールだが、だいたいはこんな感じだ。


 6:00 起床 朝食準備 朝食 後片付け

 7:00 朝のトレーニング

    腕立て伏せ10回

    腹筋10回、背筋10回

    スクワット10回

    縄跳び50回

    ボール投げ20回

 9:00 座学(勉強)

11:00 昼食準備

12:00 昼食、後片付け

13:00 昼のトレーニング

    朝の同じ内容

    ボールキャッチ訓練

    ボール避け訓練

    100mダッシュ

15:00 座学(勉強)

17:00 夕食準備

18:00 夕食、後片付け

19:00 夜のトレーニング

    朝と同じトレーニング

    衝撃耐久訓練

    ランニング1000m

21:00 清掃

22:00 自由時間

23:00 消灯


 正直なところ、これは、楽すぎると感じた。トレーニングに関しては、不足と感じたら、何セットでもやっていいと言われている。こんな生易しいスケジュールで、何をもって修行というのだろうか。

 でも、座学は有難いと思った。クロノスという男は、とても博識なのだ。さらに、様々な語学も身に付けている。だから、その知識を俺達に教えてくれるというのだ。この事は、今後の俺達にとって、就職活動に確実に有効になる。だから、トレーニングは生温いが、座学は全ての若者が真剣に取り組んでいた。


 一週間たつと、この生活にも皆慣れてきたのか、身に付けているリストバンドとアンクルバンドに違和感もなくなってきている。それに、食事中の雑談も増えてきていた。


「渋谷さん、お隣、よろしいでしょうか?」


 食堂にて夕食中、俺に話しかけてきたのは、名波さんだった。


「ええっ?いいよ。どうぞどうぞ。」


 いきなり女の子に話しかけられた俺は、ビックリして動揺してしまい、裏返った声で返事してしまった。恥ずかしい。

 名波さんは、俺の返事を受けると、少し微笑みながら俺の隣の席に着席した。


「いきなりごめんなさいね。ちよっと聞きたいことがあったので。」


 名波さんは、俺の様子を伺いながら、申し訳なさそうに質問してきた。一体、何を聞きたいのだろうか?


「ど、どうしたの?何を聞きたいんだい?」


「は、はい。この修行について、どう思います?」


「どう思うって?正直、全然修行とは思えないね。トレーニングって言っても、全然辛くないし。これじゃあ、何の刺激にもならないから、もう少ししたら退屈と思うかも知れないね。」


「そ、そうですか。」


「ああ、そう思うよ。名波さんは、今でも辛く感じているのかい?」


「わ、私も、今は辛いとは思いません。このリストバンドとアンクルバンドも、あまり重さが気になりません。ですけど、今後が心配でして。」


「心配?」


「はい。明日から、リストバンドとアンクルバンドの重量が、10gずつ増えるのですよね。それで、どうなるのかなって。」


 名波さんは、リストバンドとアンクルバンドの重量が増えることを心配しているようだった。だけど、たったの10gしかふえないんだ。それだと重量が増えたことすら、気付かないと俺は思っている。


「名波さん。心配しすぎだよ。たったの10gだよ。何も変わらないって。」


 俺は、名波さんの心配を和らげるためにそう言ったのだが、名波さんの表情は変わらなかった。


「い、今はそうかもしれないですけど、それが一万年続くんですよ。最終的に重量は合計20㌧にもなるんですよ。不安じゃないんですか?」


 名波さんに言われて思い出した。そうだったのだ。最終的には、合計20㌧になってしまうのだった。この一週間、あまりにも生温い環境だったから忘れていたのだ。楽に感じるのは今だけ。これからは、どんどんリストバンドとアンクルバンドの重量が増していくのだ。最初の約束ごとでは、絶対に外してはならないという。食事中も、寝る時も、風呂に入る時も。これでは、普通の生活すら、出来なくなるのではないのか?


「た、確かに。名波さんの言う通りだよね。今は楽でも、ずっとこのリストバンドとアンクルバンドの重量が増えていくと考えたら、怖くなってきたよ。俺達、大丈夫なのかな?」


「は、はい。それで、私は怖くなってきたので、リストバンドとアンクルバンドを外そうとしたのですが、手首と足首に完全に引っ付いていて、離れないんです。」


 名波さんは、そう言って、手首を俺に見せてきた。リストバンド周辺の彼女の肌は、掻きむしったように赤くなっており、何とかリストバンドを外そうと力ずくで抵抗したようだった。しかし、どうしても外れなかったようだ。

 これでは、リストバンドとアンクルバンドを外さないこと、というルールではなく、強制的にリストバンドとアンクルバンドを身に付けなければならないということになる。

 試しに、俺も自分のリストバンドを外そうと触ってみたが、確かに手首に完全に引っ付いていて、外すことはできそうにもなかった。

 これは、どんなにリストバンドとアンクルバンドが重くなって、体を動かすことが出来なくなろうとも、決して外すことが出来ないということなのだ。

 その事実は、死ね、と言われているのも同然に感じてしまい、俺も恐ろしく感じてしまった。


 「アーティファクト、『神々の道具』か。『ゴッドウエイトリスト』に、『ゴッドウエイトアンクル』ね。」


 そう言いながら、俺と名波さんの前に現れたのは道木だった。どうやら道木は俺と名波さんの会話を横で聞いていたようだ。


「なあ、二人とも。怖がってないで、冷静に考えてみろよ。クロノスという男は、俺達を『応援する』と言ったんだよ。それに、このアーティファクト。俺達を殺すために作られた道具だとは、俺は思わないんだよね。」


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