二章

地の龍編

19:空と太陽

「そんなこと言わないでさぁー! あんた、立派なドラゴンに乗ってるってことは龍騎士ドラグライダーだろ?」


「まいったなぁ。こっちも急ぎの用事があるんだけど」


 金色の髪、水色の目の男。マントの胸元に刺繍されている紋章は、おそらく王都の北に所属している龍騎士ドラグライダーの家系を示すものだ。

 ボクを追っている相手ではないはず。それに、いかにも人の良さそうな顔をしているから、平気だろう。

 素知らぬ顔をしながら、酒場の女主人になにやらからまれている男の横を通り過ぎた。


「……き、君!」


「は」


 むんずと左腕を掴まれて、反射的に素早く腰にぶら下げている護身用の剣に右手をかける。だが、そんな必要は無い相手だというのは、飯を取り上げられた飼い犬みたいに情けない面を見てすぐにわかった。

 剣から手を離すと、驚いて体を仰け反らせた太陽みたいな男は無邪気に笑って勝手にぺらぺらと聞いてもいないことを話し出す。


「君、その鎧と剣、龍騎士ドラグライダーか、狩人ハンターだよな。ちょっと仕事を手伝ってくれないか? お礼ならちゃんとするからさ」


 両手を顔の前で合わせて、ボクよりも少し背の高いそいつのつむじが見えるほど頭を下げた男の隣で、酒場の女主人がじろりとこちらを睨んでくる。

 男の向こうではキラキラと空色に輝く鱗のドラゴンが太陽に似た色の瞳でこちらを好奇心に満ちた瞳で見つめているのがわかる。


「……めんどうだな」


「そんなこと言わずにさぁ! 僕は今日中にどうしても義腕の鳥乗りってやつに合わなきゃならないんだ」


 心の中に留めておこうと思った言葉が勝手に口から出ていたらしい。

 それでも尚、目の前の男はボクを諦めてくれないらしい。

 しかし、義腕の鳥乗りを探しているってのは偶然だ。ボクもそいつに用がある。


「義腕の鳥乗り……ボクも探しているんだ。居場所は知っているのか?」


 ボクがパランを洞窟の中へ置いて、わざわざ人里まで来たのも義腕の鳥乗りと呼ばれる狩人ハンターが今どこにいるのか情報を得るためだった。


「一応、知ってるけど、ここで時間を喰っちまったら聞いた場所から移動しちまうかもしれない」


「そういうことか。ならば、そいつの居場所を案内して貰う代わりにあんたの仕事を手伝おう」


 太陽みたいな男は、顔を上げるとぱあっと花が咲くような笑顔を見せた。

 いつもボクを見る人間は、大体嫌悪感やら警戒心みたいなものや、ドロドロとした感情を目に宿らせているものだけど、こいつは本当に太陽の日差しみたいな温かな視線を向けてくるから、なんだか落ち着かない。

 酒場の女主人はというと、ボクの腕を見て顔を顰めた後に「まあ、頼んだよ」と言って店内へ戻っていった。


「僕はセレスト。それで、こっちは青空エーテルっていうんだ」


 屈託なく笑いながら、差し出してきたセレストの右手にボクは左腕をポンとタッチをして背を向けた。こいつは、ボクの右手が見えていないのだろうか?

 まあ、いちいち聞くのも面倒だ。気が付いていないだけなら、こうして無邪気に笑いかけてくることにも納得出来る。


「ボクはニュイ。短い間だろうが、よろしく頼む」


 天に伸びている真っ直ぐの二本生えた捻れ角が、エーテルと呼ばれたドラゴンが頭をぶんぶんと振る度に陽の光を跳ね返す。

 小さな民家くらいの大きさはあるが、仕草がどことなく幼い。この大きさで若いドラゴンなのか?

 色々考えていると、セレストがペラペラと酒場の女主人に頼まれた仕事を伝えてきた。


「繁殖期の木樵龍ラブリュスが、近くにたくさんいるらしいんだ。こいつらを減らしてくれってさ。素材は好きにしていいからって言うんだけど……」


 セレストは、そういって酒場の柱や、少し遠くにある馬留めの柵を指差して肩を竦めた。

 確かに、よく見てみるとあちこちには鋭利な刃物で抉られたような傷痕が幾筋もついている。


「……それなら、早く仕事が終わりそうだ」


「え? でも、木樵龍ラブリュスは小さいし、昼間は寝てるから見つけるのが大変だって……君もそういう生業なら知ってるはずだろ?」


 セレストは目を丸くしてボクの言葉に首を傾げた。

 話すと面倒だから、初めて会った相手には明かさない。だが、忌むべきボクの体質が役に立つ数少ない盤面だ。


「とりあえず、森へ行こう。そこでボクが木樵龍ラブリュスを集める。そしたら、あんたのドラゴンで一網打尽にしてくれ」


「簡単に言ってくれるよ。それが難しいんだってば」


 セレストは眉尻を下げて笑うと、自分のドラゴンに跨がった。ボクはどうやって森へ行くか……パランは呼べないな。馬でも借りていくか?

 顎をさすって思案していると、名前を呼ばれた。セレストが手招きをしている。


「何してるんだよ! ほら、乗れよ」


 まっすぐな負の感情の込められていない視線を再び向けられて少したじろぐ。こいつも、ボクの右腕をよく見てしまったら、他のヤツらみたいな目でボクのことをみるんだろうな。


「……ああ、今行く」


 今さらだなと自嘲しながらも、ボクはマントで自分の右腕を隠しながらセレストが乗る眩しい空みたいに綺麗なドラゴンの元へ歩いて行く。

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