低音パートにて 前編

 これは、吹奏楽コンクールの出場メンバーが決まって少しした頃(6月下旬)のお話です


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 ここは我がダブルリードパートの練習場所。

 別名、ただの空き教室。


 アタシは今日も黙々と、オーボエの練習に励んでいる。


 もちろん、カンナとゆうさんもファゴットの練習に励んでいる。

 鷹峯たかがみね部長はどこかに出かけているみたいだ。


 基本的に、休憩時間以外はお喋りすることもなく、みんなこうやって黙々と練習するのだ。


 でも、時々カンナは『優さん、ここを教えてもらえますか』とか言って、優さんや部長と楽しそうに話している。


 全くもって羨ましい。

 ウチの高校にはアタシの他にオーボエ奏者がいないため、アタシはあんまり構ってもらえないのだ。


 あーあ、アタシも優しい先輩に、いろいろ教えてもらいたいな。



 ——ガラガラ


 教室の扉が開いた。

 部長が帰って来たみたいだ。


 よし、ここは部長をねぎらうフリをして、あれやこれやと構ってもらおう。


「部長、お帰りな——」


「夏子、今すぐほまれのところに行きなさい」

 アタシの気配りあふれる言葉を途中でさえぎり、部長はイライラした様子で言い放った。


「え? なんで剛堂ごうどう先輩のところへ——」


「ナッちゃん、早く行って来たら?」

 いつも優しいゆうさんが、何やら目で合図している。


 そういえば、以前、優さんは言っていた。

『いい、ナッちゃん。普段の部長はとっても優しい人だけど、唯一パートリーダー会議が終わった後だけは、ちょっとイライラしてるの。だからその時だけは、絶対に部長を怒らせちゃダメだからね』


 今日はパートリーダー会議の日じゃないと思うんだけど、3年生の先輩たちの間で何かあったのかな?


 カンナも目で、『早く行って!』と訴えている。


 ダブルリードパートに入ってはや3ヶ月。

 2人のことは、なんとなくわかってきたのだ。


 そういう訳で、アタシは急いで教室から飛び出した。

 さわらぬ神に、アタタ北斗百◯拳なのだ。

 あれ、ちょっと違ったっけ?



 ♢♢♢♢♢♢



 教室から出たのはいいけど、剛堂ごうどう先輩はどこにいるんだろう。

 取り敢えず、低音パートに行ってみるか。



 アタシは、低音パートが練習している教室に到着後、扉の隙間から中をのぞき見た。

 だって練習中みたいだから、ジャマしちゃ悪いと思ったんだよ。



 うわー、1年生がいっぱい入ってるよ。


 アタシがオーボエを担当する前は、ちょこちょこ低音パートにおジャマさせてもらってたんだけど、なんだかもう別の場所になっちゃった。


 ルイとリッキーがチューバを吹いてる様子も、なんだかサマになってるじゃないか。

 2人の演奏に耳を澄ますと——


 むむっ! かなり上手いんじゃないの?

 なんだよ、アタシがいない間に、あの2人ってば相当腕を上げてるじゃないか。


 これはアタシも、ウカウカしてられない…… あ、アタシはオーボエ担当になったんだから、別にチューバに関してはウカウカしててもいいんだ。



 そんなことを考えながら、教室内の様子をうかがっていると——


 あっ、サチさんと目が合った。


 サチさんは自分が演奏していたチューバを床に置くと、真っ直ぐアタシへと向かって歩き出し、教室の扉を勢いよく開いた。


 なんだろう、サチさんがとても優しそうに微笑んでいる。


 ひょっとして、サチさんってばアタシに会えて嬉しいのかな?



「なあナツ——」

 サチさんはそっとアタシの肩に手を置いた。


「——ここは低音パートの練習場所だろ? オマエはオーボエを吹くことになったじゃないか。一緒について行ってやるから、ダブルリードパートの練習場所に帰ろうな?」


「なんだよソレ! 『おじいちゃん、お昼ご飯はさっき食べたでしょ』みたいな感じで言ってんじゃネエよ! 練習場所ぐらいちゃんと覚えてんだよ、バカサチ!」


 クソッ、ちょっとでもサチさんの優しさに期待した、ついさっきの自分を殴り飛ばしたい。


 教室の奥の方で、リッキーが爆笑している。

 そう言えば、リッキーはバカな人が大好きだって言ってたな。



「テメー、あんまり調子に乗のんなよ」


「うわっ、何すんだよ、このバカサチ!」

 サチさんに胸ぐらをつかまれた。


 しまった、サチさんに文句を言う時は、最低2mの距離を保たねばならないんだった。

 この人ホントに凶暴だから、至近距離で悪口を言うと命に関わるのだ。


「ちょっとサチさん!」

 慌てた様子でルイが飛んで来て、サチさんの肩をつかんだ。


「チッ!」

 ルイに肩をつかまれので仕方なく、サチさんはアタシの胸ぐらから手を離したその時——



「スゴいよ、谷山くん!」

 一緒に練習していた生徒の中から歓声が上がった。


「久保田さんの暴挙を制するなんて、君はまさに救世主だよ。僕は断固として次のパートリーダーには君を推挙するよ!」


 あの人は部活見学期間に知り合った男子の先輩で、名前は確か…… そうだ、A先輩だ。

 吹奏楽部に3人いる2年生男子部員A、B、Cのうちのひとり、A先輩で間違いない。

 ただ、A先輩の本名を、アタシは未だ知らない。


「……お前2年のくせに、なんでルイに守ってもらおうと画策してんだよ。お前、もうちょっと先輩としての自覚というものをだな——」


「まあまあ、サチさん、そのぐらいで。今のはA先輩なりの冗談じゃないですか」

 ルイがサチさんをなだめにかかるが……

 ひょっとして、ルイもA先輩の本名を知らないのか?


 それはさて置き。

 ルイは小・中と野球チームでチャプテンを務めていただけあって、場を納めるみたいな能力は高いと思う。



「それに、さっきのナツに対する発言だって、あれは流石にあおり過ぎだと思いますよ」

 キャプテンシーあふれるルイのヤツは、アタシとサチさんの関係まで修復しようと試みたみたいだけど……



「ちょっとサチさん、なにニヤニヤしてんスか…… そういうの、ホントやめて下さいよね」


 ん? なぜサチさんはニヤニヤしてるんだ?

 それに、どうしてルイは怒ってるんだ?


「おいナツ、お前、そんなバカみたいな顔して見てんじゃネエよ!」

 なぜかルイが、アタシに向かって怒り出した。


「アタシはバカなんだから、いつもバカみたいな顔すんの、当たり前じゃねえか」


「そういうことじゃなくて…… って、もういいよ。それよりナツは、なんか用事があって、ここに来たんじゃネエのかよ…… あっ、すいません。なんかガラの悪い話し方になっちゃって。ナツと話してると、つい野球少年だった頃の話し方になるっていうか……」


 低音パートにはルイの他に2人の男子部員が存在する。

 チューバ担当のA先輩と、コントラバス担当の新入生だ。


 それでも女子部員の人数の方がやっぱり多いのだ。

 女子に囲まれて生活するのって、いろいろ気苦労があるのかな。



 心の中でルイを応援することして、アタシはルイの質問に答えることにした。

「あのさあ、部長に剛堂ごうどう先輩のところに行けって言われたんだけど、先輩いないの?」


 サチさんが、再びアタシの肩に手を乗せる。

「いいかナツ。こういう場合は、まず場所を確認してからだなあ——」


「ウッセエなあ! なんか部長がイライラしてたんだよ。だからいろんな心配りが出来ると近所で評判のアタシは、場の空気を読んで何も聞かずに出てきたんだよ!」


「調子に乗んなよ、テメエ! だいたい、そんな評判、一度も聞いたことネエんだよ!」


「サチさんに、なにがわかんダヨ!」


「わかるに決まってんだろ! あたしとオマエはおんなじ町内じゃネエか!」


「あ、そうだった」


「何が『そうだった』だ、このバカナツ!」


「ちょ、ちょっと待って下さいよ、サチさん。アタシは別に——」


「……許す」


「あっ、剛堂ごうどう先輩!」


 いつの間にか、剛堂ごうどう先輩がアタシの背後に立っていた。

 気付かぬうちに、帰って来てたみたいだ。



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お読みいただきありがとうございます。


只今、長編新作を投稿しています。(カクヨムコン11参加)

「女子と1日に32回会話しないとHPが0になるなんて……〜愛の女神から与えられた迷惑な試練〜」

https://kakuyomu.jp/works/822139839788989073


御一読いただければ幸いです。よろしくお願いいたします!

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見た目は美少女 中身はおバカな女子高生の オモシロ吹奏楽ライフ!〜オーボエを奏でる元野球少女〜 大橋 仰 @oohashi_wataru

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