第8話 チャクラ解放

(一)

次の日、部室に行った僕を待っていたのは3人の先輩と紗耶香ちゃん。そして…

「用務員のおじいさん?」

朝、登校時に校門付近を掃除している用務員さんだ。

「…違うぞ、この方は用務員でもあるが、我が部の顧問もされている福西善兵衛先生だ。」

賀茂先輩が珍しくかしこまって言う。

「福西先生は先祖代々神職の家系でいらっしゃって、神道系の魔法に長けた方だ。きちんと挨拶するように!」

僕らはおじいさんの前に立ってペコリと頭を下げた。

「君たちは予想外に優秀で、短期間に基本の呼吸を身につけたようだから、早いけど今日はチャクラを目覚めさせてもらおうと思ってね。」

えっ、左近寺先輩…あのかっこいい魔法を使えるようになるんですか?

「だったら、僕には希望がありまーす!」

僕は勢いよく手を上げた。

「なんだい?」

へへへへ…

「宮本武蔵とか、沖田総司とか剣豪を召還したいでーす!」

戦い方がかっこいいぞー!激強だし…。

ポカッ!

いたいっ!ほうきで叩かなくたって…

「寝言は寝て言うが良い。希望で召還対象は決まらんわい!」

おじいさん厳しい…。

「申し訳ないけど、何を召還出来るかはその個人個人の生まれつきの属性で決まっているんだ。」

左近寺先輩、何ですか生まれつきの属性って…

「例えば部長は、その血筋を引いた安倍晴明を召還できるし、ケルト民族の血が半分流れている僕はケルト伝説の魔術師マーリンを召還できる。」

ええーっと、うちは代々農民で…

「血筋だけで属性は決まらないよ。入来院君は荘子を召還できるけど中国系の血筋ではない。この場合は生まれつきの性格のようなものが影響したと思われる。」

僕の性格は……………………………

いずれにしろ、…強そうなのが召還出来る気がしないんだけど…

(二)

「どうやって、チャクラを目覚めさせるんですかぁ?」

紗耶香ちゃんは相変わらずノンビリトーンだ。

「まずはいつものように、座禅して導引をやってみい。」

僕たちは座って腹式呼吸を始めた。

「気を全身に巡らしてみい!」

丹田から頭頂に、次いで全身に気を動かす。

「よし、そのまま動かし続けよ。」

おじいさん、いや福西顧問は僕たちの後ろで舞のような動きをしている。

「開け黄金のチャクラ、きたれ大黒天・打出の小槌っ!」

おじいさんの身体が金色に輝き、右手に大きなトンカチのようなものが現れた。

「目覚めよチャクラ!ポンポンポンポン…。」

なんか楽しそうな躍りだ。お…っ!

身体が上に引っ張られる。何かが身体から飛び出すっ!

ああ、紗耶香ちゃんがピンク色のシャボンのようなものに包まれてる。シャボンの上から飛び出したのは…妖精?

トンボのような羽のある小人だ!

「うむっ、お前さんが召還したのは、花のチャクラ・フェアリーじゃな。」

えーっと、僕のは?もう飛び出た気がするんですけど。

うんっ!目の前に何かが…

た、た、た、たぬきー!しかも胴体に何かついてる。

「かわいいー!」

紗耶香ちゃん気に入ったの…

「おお珍しい。わしも長い経験で初めて見たぞい。これは奇のチャクラ・分福茶釜(ぶんぶくちゃがま)じゃの。」

ぶんぶくー?僕ってぶんぶく?これ戦えるの?

(三)

「これってどっちも可愛いけど、どうやって戦うんですかぁ?」

まったく可愛い娘は無敵だ。その証拠におじいさん、いや顧問の目尻は、可愛い孫の相手でもしているようにすっかり下がっている。

「召還した霊体はチャクラの成長に応じて育っていくのじゃ。お主らの霊体、今は大したことが出来んかもしれんが、成長によって様々な能力が開花するはずじゃ。」

僕は子たぬきをじっと見た。後足で立ち上がっても30センチくらいか、小さいし大した戦闘力は無いんじゃなかろうか。情けない顔で見ている僕に、子たぬきはニッコリ笑いかける。

ああ…ペットだったら十分可愛いんだけどな。

魔法でカッコよく戦いたかったなぁ。

まぁ、僕の素質や実力じゃこんなもんかもしれない…

子たぬきが、だんだん自分に見えてきた。

「そう言えばラブ何とかってゲームのこと、何かわかったんですかぁ?」

紗耶香ちゃんの、細い人差し指にはトンボのようにフェアリーが止まっている。紗耶香ちゃんと同じでスラリと足の長いナイスプロポーションだ。光っててよく見えないけど、霊体はどうやら女の子らしい。うーん、つくもの付いていないもんね。

「手がかりは掴んだけど、どうも時間がかかるようだね。」

左近寺先輩が、パソコンにかじりつく入来院先輩を指差しながら言った。一心不乱にキーボードを叩き続け、周囲の状況をまったく気にしていないようだ。

「今日は疲れただろう…チャクラ解放は慣れるまで体力消耗が激しいからね。二人とも、もう帰りなよ。顧問、部長、いいよね?」

珍しく床で静かに座禅を組んでいた賀茂先輩が、目をつぶったままヒラヒラ手を振った。

おじいさん、いや顧問も紗耶香ちゃんを見てニコニコしながら、気をつけて帰るように言った。

(四)

確かに疲れたけど足取りが軽い。

初めてだ。初めて紗耶香ちゃんと並んで下校。

二人っきりの下校………

幼稚園から夢見てたことが、今日この日にかなうなんて

茜色に染まる空、重なる影法師、二人だけの世界

学校横の河川敷を歩きながら、僕は至福のときを噛みしめていた。

紗耶香ちゃんは黙って歩いている。

退屈してるの…なんか話題、話題…

「あのフェアリー可愛かったね。」

紗耶香ちゃんは短くうんと言った。

「なんか、紗耶香ちゃんに似てた。」

紗耶香ちゃんは、またうんとだけ言った。

あれ…もしかして退屈。僕ってつまんない?

でも話題って…何も出てこない。

「フフ…堀田君のたぬきも可愛かったよー。」

ああ…あれ、でも話が続いて良かった。

「そうかな…自分じゃもっとかっこいいのがいいんだけど。」

フフフ…笑う紗耶香ちゃんもかわいいー。

「なんかね……。」

なになにっ!

「あのたぬき…フフ、堀田君に…似てる。」

そう言うとお腹を抱えて爆笑し始めた。

なんか納得いかないけど…とっても幸せな気分。

カアカアカア

河原のカラスも笑ってるって………あれ?

あのカラスたち、上半身はカラスだけど下半身が猫みたいじゃない…。しっぽあるし…。変だよ。もしかして

「あはは、カラスも笑ってるね。」

涙をぬぐう紗耶香ちゃんに僕は言った。

「いや、紗耶香ちゃん、カラスじゃないみたい…。」

カアカアカアカアカアカアカアカアカア

カラス?たちが一斉に飛び立った。

こっちへ向かってくる。

「きやああああああ!」

僕は紗耶香ちゃんの手を引っ張って走った。

(五)

カラス?たちに追いまくられた僕らは、河原へと追い詰められた。

「どうしよう堀田君っ!」

電話は…先輩たちに…早くっ!

「手が震えちゃって、上手く電話できないよ!」

僕もだ。本当にどうしよう…こういうとき先輩たちなら

カラス?は数十羽、しかもどんどん集まってくる。

紗耶香ちゃん震えてる。

僕が守らないと…勇気出せ勇気出せ勇気出せっ!

戦う方法は…チャクラ解放しかない。

ダメ元だ…頑張れたぬきっ!

カラス?は、襲う間合いを計っているようだ。

呼吸を整えて………………紗耶香ちゃんを守らないと

「奇のチャクラ、きたれ分福茶釜!」

ポンッ

僕の頭頂辺りから勢いよく子たぬきが飛び出す。

僕を見上げた目には「どうしたらいいの?」と書いてあった。

「僕らを守ってくれっ!」

ポンッ

子たぬきが頷いたように見えた。

そのまま宙に浮かび上がると、すーっと大きく息を吸い込む。子たぬきの大きさが、ぐんっぐんっと大きくなっていった。ええっ、全長5メートルはある!

ポンッ

「茶釜に入れって言うんだね。」

子たぬきの気持ちがわかる。僕は紗耶香ちゃんを促して茶釜の中へ入った。

カラス?がくちばしや爪で一斉に襲いかかるが、子たぬきが頭や手足を茶釜に隠しているので全然効いてない。

強いぞ僕の分福茶釜!

でも、このままカラス?の数が増え続けたら…いくら硬い茶釜でも

「敵を倒せっ!」

ポンッ

おおおおおっ…

茶釜がだんだん…コマのように回転し始めたぞ。

僕らは中でたぬきの背中に座ってるから回転の影響は受けないけど、見てると目が回りそう。

カアカアカア

カラス?たちが茶釜から振り落とされる。

茶釜は丸い底を軸として回転移動を始めた。

カアカアカアカアカアカア

外で何が起こっているのか…

カラス?の鳴き声が悲鳴のように響く。

そして…しばらくして外の音は消えた。

ポンッ

えっ…出ても大丈夫だって?

ポンッ

僕らは茶釜上蓋を開けた。

目に飛び込んできたのは、河原を埋め尽くす百羽は超えるだろうカラス?の死骸…

なななな…強いじゃんたぬき…凄いぞ僕の分福茶釜!






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