シュラドー・オーバーライド

アズサヨシタカ

シュラドー・オーバーライド

序章

第1話 阿修羅ノ章


 鳴り響いた接敵警報に、少年はゆるりと身構えた。


 そこは全天周モニターに覆われたコクピット内。にもかかわらず少年は両脚を踏み締め、やや腰を落とした構えから、まるで帯びた刀剣を抜き放つがごとくに双手を左腰に回す。

 妙というなら、実に奇妙。

 人型機動兵器である〝ギガス〟のコクピットにあっては、シートに座して操縦レバーを握るのが本来。だが、そもそもこの機体のコクピットには座すべきシート自体が存在していない。

 異質なコクピット内にて居合のごとくに構えた少年。

 その所作に呼応し、彼の搭乗するギガスの左手が左腰のさやを、右手が剣柄けんぺいを、それぞれに握り締めたのを確かに感じ取る。それは、少年にとってもはや馴染みに馴染むほど繰り返した感覚なれど、なお改めて思う。


「まっこと摩訶不思議なものだ……」


 堅苦しくも時代がかった呟きは、しかし、素直にこぼれ出た感歎であった。機械を介しているというのに、まるで自らの手で剣を取っているかの実感がある。全てが仮初かりそめであるはずなのに──。


「あるいは、仮初めであるからこそか?」


 呟きには強い昂揚を込めて、少年は静かに息吹いた。

 モニター前方に映り出ているのは、真っ直ぐに伸びる鋼鉄の廊下。ここはかつて巨大な兵器工場であった施設であり、現在は朽ちて果て逝く廃墟の体裁。照明は多くが割れ砕けているが電力は生きており、光量は充分。

 薄明かりに照らされた先を見やれば、廊下の奥より迫りくる一体の機械人形の姿。銃火器を構え持ったそいつは、在りし日のこの施設を守護していた自律式機動兵器であり、施設が朽ちた今もなお、その使命をまっとうし続けている──というであるそうだ。


「なんにせよ、人形ながら天晴あっぱれなことだ……」


 その虚ろな忠義に敬意を表しつつ──。

 少年は、コクピットの床を全力で蹴った。

 同時に、ギガスの巨体が瞬の遅れもなく同期して駆ける。


 少年が搭乗し操る灰色のギガス。

 その姿は大鎧然とした装甲に、鞘込めの刀剣を携えた、まさに機械仕掛けの鎧武者。漆黒のバーニア・スラスターを翼の如くに背に噴きながら、前方の機械兵を目がけ、風鳴り鋭く駆け抜ける。


 間合いは瞬時に肉薄し、抜き打ち一閃。


 斜めに両断された哀れな機械兵は、真っ赤な雷爆エフェクトを放ちながらデータの欠片になって消滅した。

 武者ギガスは振り抜いた刃をひるがえし、正眼に構えて残心。

 新たな敵の迫る気配はなく、浮き上がるサブウィンドウのレーダーマップにも反応はない。


 コクピット内の少年は静かな吐息をひとつ。


「さて、以前に〝みっしょん〟で訪れた時には、此奴こやつらが群を成していたが……」


 前回は無数のエネミー反応にまみれていたこの廃工場ダンジョンだが、今回は実に平穏だった。

 静けさの中、納刀の鍔音つばおとが殊更に響き渡る。


「かつてまみえた大群は、討伐任務であったゆえの配置か?」


 否、だとしてもこの敵の少なさは不自然必至。ならば、すでに別の誰かがことごとくを撃破した後と見るのが妥当であろうと、そこには憶測ではない確信を込めて、少年は廊下の奥を睨みやる。


 元より少年は、この先に待ち受けている者がいることを承知していた。そもそも、それゆえに彼はここに訪れたのだから。


 少年が大きく一歩を踏み出せば、武者ギガスも同様に前に歩み出る。

 機動兵器のコクピット内という閉鎖空間にありながら、両の足で歩み進むという奇態。

 足元に疑似投影された床を、踏み締めて進む。

 その実感は確としていながらも、しかし、少年の立ち位置は変わることなく、見すえた前方モニターにぶつかるはおろか、近づくこともない。

 コクピット中央の位置取りはそのままに、ただ、ただ、少年は前に歩み出る。その挙動に応じて、武者ギガスが同じく歩む。そして、ギガスが床を踏む反動が少年の総身に届き、モニター越しの景色が流れて映る。あたかもそれが万物自然の事象であるとばかりに、少年の五感と意識にうそぶいてくる。


 VR空間──。


 ここは現実ではない。電気信号が編み上げた仮想世界である。

 物理に縛られた現実とは違う、仮初めの世界。ゆえにこそ、ここでは森羅万象に神秘と幻想が混ざり合う。


 現実では通らぬ道理が、ここではまかり通る。


 作り物の映像、偽りの触感、聞こえる音も、漂う匂いも、吸い込む風味も、全てが電子演算によって編み上げ作り出されたものであり、全ては実感を装った錯覚。極まった明晰夢めいせいきむのごときそれは、だが、あまりにも真に迫って鮮やかに明らかに、少年の五感を刺激し続けてやまぬ。


 で、あるならば──。


「夢とうつつに、いささかの差異もあるものか」


 唱えた思いは心底からの歓喜をもって。

 少年はあえて加速することをせず、一歩一歩を確かに踏み締めながら、ゆるゆると進み行く。


 廊下を抜け、たどり着いたのは大きく開けた広間だった。

 無数の巨大コンテナが居並び積み上がり、いや高き天井は幾本もの太い鉄柱に支えられている。ギガスのような機動兵器が縦横無尽に暴れ回ろうと、余裕で許容するほどの大空間。

 ぐるりと円形を成した闘技場めいた様相は、さもありなん、実際にしてここは少年が初めてボス・エネミーと対峙した場所でもある。


 少年はかつての激戦を回顧しつつ、見開いたその眼が熱く見すえるは広間の中央点。かつて巨大エネミーが降り立ったその場所で、今こそ待ち構えているのは人型の機影だった。無論、先ほど斬り捨てたような機械兵ではない。


 白銀の装甲によろわれた一機のギガスである。


 身を覆うほどに大きな双対のカイトシールドを両肩に、身の丈を超える長槍のごとき武装を右手に、大型のハンドガンを左手に、南蛮甲冑めいたデザインの装甲に身を包んで仁王立つその姿は、あたかも重装の機械騎士という威風。


 武者サムライ騎士ナイト、奇しくも好対照たる二機の邂逅かいこう


 これは少年が望み求めた再会であり、待ちに侘びた対峙である。

 少年は猛る闘志を静めるように深呼吸を一度。

 さらに深く、もう一度。

 遂にこの時がきたのだと血湧き肉躍る感覚は、そう、向き合う白銀の騎士にとってもまた同様であるはずだった。

 なれば、少年の悠長に相手が痺れを切らしたのは是非もない。


【──Mode:GRADIUS……Redy?──】


 眼前に浮き上がり展開したメッセージ・パネル。次いで対戦モードを申し込まれたことを告げるシステム音声が淡々と流れ出す。

 提示されているのは、全ての制限を解除した完全決着ルール。無論、少年は秒の迷いなく【Yes】のパネルを叩き返した。


 瞬間、周囲のフィールドがバリアめいた光学エフェクトで覆われる。


『ノーマーシー』


 システム音声が告げたのは宣告にして警告。

 ここより先には、時間切れも引き分けもあり得ない。いわんや降参や逃走など言語道断。


 相手を撃破するまで終わらない〝無慈悲ノーマーシー〟の決戦モード。


 嗚呼ああ、まさに、まさにまさに、それこそが彼らにとっての悲願。うつつにて断たれ、それでも夢に望み続けた極みであると、ちから鼓舞こぶるままに奮い立つ。


 我らは、闘うために在るのだと──!


 双方が血気に昂ぶるを合図に、周囲の空間から無数のうねりが閃光とともに現れ伸びる。


 それは光で編み上げられた鎖だった。


 黄金に輝く十数本の鎖が、まばゆくも騒がしく四方八方から飛来して、荒ぶる二機の鉄巨人を瞬時に戒める。構える両腕に、踏み締める両足に、胴に首に、グルグルに巻きつき締め上げる。

 決闘開始の瞬間まで、互いの行動を戒めるための光の縛鎖。拘束された灰色と白銀は、だが、戒めに静まるわけもない。

 早く解放しろと、

 早く進撃させろと、

 早く、早く、眼前の好敵手に挑ませろと、さながら闘牛士マタドールを前に荒ぶる猛牛のごとくに拘束を軋ませまくる。


 コクピット内に浮かび上がるカウントダウンと、それを読み上げる無機質なシステム音声。

 その数字が刻まれるごとに、機体を縛る鎖は大きく強く軋んでいく。

 そして、少年の浮かべた笑みもまた、満面の喜色へと彩られていく。

 おそらくは、否、確かにきっと、対する白銀に乗る相手もまた同様であるはずだった。


 少年が大きく息を吸い込んだ直後、カウントダウンがゼロと弾け、光の縛鎖もド派手に砕け散る。

 刹那──。

 枷を解かれた武者ギガスは、猛烈なスラスター光を噴き上げて地を蹴った。待ち侘び焦がれたこの決闘に、舞い上がるエフェクトの残滓を蹴散らし駆け抜ける。


「いざ! 撃剣つかまつる!」


 吼えた口上も高らかに、猛然と斬り込む灰色の武者ギガス。

 対する白銀の騎士ギガスもまた真っ向から迎え撃つ。

 斬光と銃火の攻防は連爆撃のごとく豪快に、閃光と火花が立て続けに絡み合い踊る中、まばゆい衝撃エフェクトの雷光が、周囲を強く激しく染め上げるのだった。



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