第12話 知らないもの
僕が鎧を揃えた頃、グランは少し疲れたように溜息をした。
グランが見繕ってくれたものは、サイズもピッタリで、重さも何とか僕も扱える代物となっていて、少しだけ安心する。
「言っておくが、お前の装備は防御よりも機動性を考えてある。なるべく躱せ」
簡単に言ってくれるが、僕はそもそも運動神経が良いわけでもない。
学校の授業でした剣道も、まだ勝った事ないのに。
「躱さないと死ぬと思えば、案外出来るもんだ」
背筋が冷えるのは、室温のせいではないはずだ。
突然、後ろから吹いた弱い風が僕のうなじを撫でた。
振り向くと、そこには真っ黒な穴が空中に発生していた。
「これ……!」
その穴に見覚えがあった。
そっと手を伸ばそうとすると、それより先に人の手が生えてきて僕の腕を掴んだ。
「うわぁ!?」
慌てて手を引くと、その勢いのまま少女が一人、穴の中から釣り上げられた。
少女は僕の上を飛び越え、そのままグランにお姫様抱っこの形でキャッチされた。
「あらグラン。ナイスキャッチ」
「お前はさっきまで気を失っていたんじゃないのか……?」
「起きたのよ」
「私が起こしたのよ」
残った次元の穴から現れたのは、アミルだった。
アミルが穴から出ると、次元の穴は渦を巻きながら消えていった。
「アイ、彼女がユナよ。噂の天才ちゃん」
「ちょ、アミル。天才はやめてよ!」
ユナと呼ばれた女の子は、グランの腕に抱かれながら顔を赤くしていた。
天才と呼ばれた少女は、明らかに僕よりも幼い様子だ。
顔はアミルが描いた絵と全く同じのショートカットな元気そうな印象で、その姿は中学生くらいだろうか。
僕が思う天才は、もっと娯楽をシャットダウンした人生を歩んでいるようなイメージだったので、この明るい雰囲気が意外だった。
「あなたがこちらに来た人間さんね。初めまして。私があなたをこの世界に連れてきました、ユナ・クレイモアです」
グランの腕から解放され、僕へそっと手を差し伸べた。
「これは友好の印、なんですよね。あなたの国では」
敵意の無い笑顔がそこにあった。僕は恐る恐る、その握手に答えた。
「そんなに怯えなくてもいいのに」
「いや、その……」
僕はすぐに手を離し、この部屋に並べられている巨大な武器を見渡した。
「こんな大きな武器を扱うって聞いてたから、凄く力が強いのかなって」
「それ言ったのグランでしょ!」
ユナがグランを睨みつける。
グランは心なしか視線をそらした。
「それ、グランが誇張してると思うから! 勘違いしないでね!?」
グランの足元に次元の穴が発生した。
「ちょ、ユナ!!」
グランは一瞬にして穴の中に消えた。
そして、また別の穴が天井近くに発生した。
そこからグランが出てきて、派手な音を立てて落下した。
「いてぇな!!」
「グランが変なこと吹き込むからですぅ!」
「嘘は言ってないだろうが!」
「嘘は言ってないけどさぁ!」
2人の喧騒が、広い部屋に反響していった。
「あの二人、ご覧の通り仲が良いんだよ」
アミルが僕に耳打ちする。
「あれで仲が良いの……?」
「あぁいう関係性もあるのよ。アイはいなかったもんね、喧嘩できる人」
僕の記憶を垣間見たアミルは、僕のことを殆ど理解しているのだろう。
でも、だからといって言われたくない事実だってあるのだ……。
「あ、今のはデリカシー無かったね。ごめんごめん」
まるで子供をあやすように、僕の頭を撫でてくる。恥ずかしいのだが、慣れない行為に何も反応できない。
「あの二人、最初は兄妹みたいに仲良かったんだけど、三年くらい前からあんな感じに喧嘩するようになったのよ」
こちらの話が聞こえたのか、ユナがアミルの方へ駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
「聞いてよアミル! グランが虐める!」
「仕方ないよ、グランはそういうのが趣味なんだから」
「おい待てコラ! 誰が趣味だって!?」
喧騒にアミルも混じり、一層激しさが増した。
これが本当に仲良しになるのだろうか。
でも考えてみれば、僕もグランと戦ってから少しだけ関係性が緩和したと思う。
なら僕も、これから何度も喧嘩をすれば仲良くなれるのかな。
「……何を見てんだよ」
僕の視線に気づいたグランが、罰が悪そうに低く唸った。
「グランとユナは仲が良いの?」
「…………良くない」
「あ! グランそんなこと言うんだ!!」
またユナの次元の穴に落ち、天井から落下した。
「てめぇコラ…………!」
「今のはグランが悪いですぅ!!」
「アイ! お前が変なことを聞くからだぞ!!」
「ご、ごめん」
またユナとグランが言い合いを始めた。
アミルはそっと僕の後ろに位置どった。
「駄目だよアイ。あんな風に聞かれたら、そりゃ否定したくもなるでしょ」
「なんで……?」
アミルは少しだけ怪訝な表情を浮かべた。
「アイ、恋愛ものの書物とか読んだことないの?」
「無いよ。そんな暇無かったし」
「ある程度は把握してたけど、そんなに酷かったのか……」
頭を抱えたアミルは、僕の背中を優しく撫でてきた。
「今度、私のオススメ小説を貸してあげるよ。読みな」
「アミルは恋愛の小説読むの?」
「乙女の必修科目だからね」
ウインクするアミルは、きっと色んな人から恋心を抱かれるのだろう。
誰かに好意を持たれるなんて、僕には考えられない。
愛されるって、どんな気分なんだろう。
例えば、抱きしめられるなら誰が良い?
自分に問いかけてみた。
ここで母親が出てくる僕は、変わっているのかな。
考えたけど、アミルに問いかけることは無かった。
無様な僕が世界を救う!? 僕は勇者になれるのか!? 2R @ryoma2
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