9月20日


 木曜日。曇り。


 午後10時、玄関ホールの柱時計が鳴る。これは予鈴で、寄宿生は消灯前の就寝準備に入らなくてはならない。あたしは大体、日記を書きかけているところ。ポーン、ポーンという音を聞くと頭の中でサン=サーンス『ダンス・マカブル』が流れ出す。すると、眠るどころか心が浮き立って、踊りたくてたまらなくなる。もっともサン=サーンスと言えば、お気に入りは『動物の謝肉祭』。中でも当然「白鳥」。去年、初めて「瀕死の白鳥」のの演技を鑑賞した。あまりに清らかで凄絶で、涙がこぼれて止まらなかった。

 バレエのことを考えていたら居ても立ってもいられなくなって、夕方、おばあちゃまの家に電話した。美鈴おばさまは面食らった様子だった。

「ゆりちゃん学校からなの? ……うん、手短に済ませないと。ええ……ちょっと待って。困ったわね。ううん。そっちを引き払ってウチに来ること自体はいいのよ。転校したいなら。でも、先にママと相談しなくちゃ。大事な話なんだから。……ママは難色を示すだろうって。そりゃあ、寄宿舎入りは、おばあちゃまとゆりちゃんがサッサと決めちゃって、ママは蚊帳の外だったってだったもの、ひと悶着あるかもしれない。……はいはい。口添えね。ママを説得……できるかしら。ともかく少し待って。連絡するから、ね?」

 ママはいろいろ、特に一文なしになって死んだパパや今のだらしない男なんかに関して負い目があるから、おばあちゃまが一喝してくれれば楽勝だろうに。おばさまは何を煩悶しているのだろう。いつもどおりの優しい声音ながら奥歯に物がはさまった調子が気にかかった。

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