二二年 サンザールの月 二十三日 錆曜日





二二年 サンザールの月 二十三日 錆曜日


 早速帰りたくなってきた。

 馬に乗り慣れない私を気遣って、騎士様は度々私を膝にのせてくれる。見慣れないものなどを一つ一つ説明してくれる。心細くなっているだろうとよく触れて、撫でてくれる。

 その気遣いは大変うれしい限りなのだけど、いくらチビでも私も数えで十五(※1)になる。さすがに恥ずかしい。

 まあその恥ずかしさは、お気遣いをないがしろにもできないから仕方ないんだけど、問題はご飯だ。

 騎士様が意外にも料理ができるっていう話を昨日書いたけど、レパートリーが少なすぎる。

 昨日も言ったけど、保存食として持ってきた、干し肉と、干し野菜と、ビスケット。これを鍋で煮て、なんていうか、とりあえず腹は膨れるっていうのを繰り返してる。昨日だけかなって思ったけど、今日も朝昼と続けてこれだった。

 飽きないんですかって聞いてみたら、遠征訓練(※2)ではいつもこれだったからっておっしゃる。騎士様も、大変だ。でもあたしは飽きるので、あたしも作っていいですかって言いだすことにした。そもそもは従者のあたしがしなきゃいけないのに、ちっちゃいからってさせてくれなかったのだ。

 あたしはもう十五歳で、村では自分のことくらいできましたからって何度も言って、ようやく頷いてもらえた。

 早めに野営の準備を整え、近くの川で水をくむついでに、適当な貝を捕まえた。運がいいことに、地元ではなかなか見ない大振りなサザエ(※3)に、寝入るところだったルリシジミ(※4)を見つけられ、鍋一杯になった。おかげで水汲みはもうひと往復した。

 ルリシジミが逃げないようにふたに重しをして、弱火でじっくり煮てやり、ふたを叩くかちかちいう音がすっかりなくなったら、火から離して余熱で炊いてやる。一度貝を取り出してやり、干し野菜と干し肉を加えて、塩気と具材を補う。

 とろ火で炊きながら、貝殻から身をほじくり出す。面倒だけど、たまに外れもあるのでそれを弾けるし、食べるときに面倒がない方が楽でいい。騎士様も手伝ってくれたけど、慣れないのか、たまに貝殻を握りつぶしてしまう。本人は恥ずかしそうにしていたけど、その握力はちょっと怖い。

 ほじくり出した身を鍋に戻して、酒を加えてひと煮立ちさせ、出来上がり。

 炊いただけの雑な料理だけど、材料がいいから、なかなか美味しく仕上がった。貝は煮るとよくよく出汁が出るから、塩気は少なくても、食べた気になる。酒を加えると泥臭さも消え、香りも立つ。炊きすぎると硬くなるけど、うまく柔らかく炊いてやると、くにゅくにゅと楽しい。

 騎士様も喜んでくれ、ずいぶん褒められてしまった。

 物珍しそうに食べるので、貝は普段お食べにならないのか尋ねてみたら、殻に包まれてるとは知らなかったっておっしゃる。むき身でしか見たことがないんだって。いいとこのお育ちなのだ。

 食べた後のルリシジミの貝殻を大層珍しがって、首飾りにしようなどというので、慌てて止めた。そんなのは農村の子供くらいしかやらない、おもちゃみたいなものだ。騎士様がつけていたら、笑われる。

 この先もこの調子なのかと思うと、なんだかあたしが頑張らなきゃと妙な責任感がわいてきた。

 殻は、本当に残念そうだったので、仕方なく洗って穴を開け、ひもでつないで差し上げた。


※1 数えで十五

 十五世紀当時、子供という概念はいまと比べると、「小さい大人」という程度。相応に働けるようになる十四、五歳程度で成人とみなされ、婚姻・出産することもざらだった。

※2 遠征訓練

 邊土公は伊達や酔狂で騎士に扮したわけではなく、実際に騎士として訓練に参加し、兵卒に混じって遠征訓練などを繰り返していた記録が残っている。

※3 サザエ

 実際にはアルメント地方に多く見られるヒゲリンゴガイであろう。ハルモールなど内陸地では、よく似た外見のタニシなどの巻貝の類を大雑把にサザエと呼んでご馳走として扱っていることから、サイネカリアもそれに倣ったのであろう。寄生虫の危険があるので、要加熱。

※4 ルリシジミ

 今日では河川の水質汚染や護岸工事の影響により天然の飛行性二枚貝はほとんど見られなくなっているが、十五世紀当時は極めて安価で豊富に手に入る庶民的な食材だった。





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