とある県にある、T市の太田川（おおたがわ）小学校――通称、太小（おおしょう）。

　その小学校に、かくれんぼを窮めた少年がいた。

　この物語は、彼の知られざる、陰の物語である。

※―※―※

「返して！」

「やなこった。ヘヘヘ」

「お願い！　玉野（たまの）君！　その子は、あたしの大切な友達なの！」

「知った事かよ。そんな大事なもんをホイホイ他人に渡すお前が悪いんだろうが」

　太田川小学校の休み時間、二年生の教室にて。

　担任教師が職員室へ行ったのを見計らって、男子が、女子の人形を取り上げて、「これはもう、俺様のもんだ！」と宣言したのだ。

　女子――長浦（ながうら）芽衣（めい）――が、懸命に跳躍しながら手を伸ばし、必死に男子の手から大切な西洋人形を取り戻そうとする度に、その長髪とスカートが揺れる。が、小学二年生とは思えない程に図体の大きい短髪少年――玉野――が上げた手には、届かない。

　太小の番長を自称するガキ大将である玉野の両側には、子分である同級生の少年が二人いる。

　一人は瘦せ型で、もう一人は小柄な少年だ。二人とも、必死に人形を取り戻そうとする芽衣を、ニヤニヤしながら見ている。

「お願い！　返して！」

　と、尚も必死に叫びながら跳び続ける芽衣に対して、玉野は、

「どうしよっかなぁ」

　と言った後、

「しょうがねぇなぁ。そんなに返して欲しけりゃ――」

　と、何かを言い掛けたが、その言葉は、別の少年の声で遮られた。

「玉野君。芽衣の人形を返してくれ」

「！」

　一体どこから現れたのか、気が付いたら目の前にいたその少年は、伊甲賀（いこうか ）隅（すみ）だった。髪の毛で左目が隠れており、どこか暗い印象を感じさせる、中肉中背の少年だ。

　その姿を見て、芽衣が、

「スミ君！」

　と、明るい声を上げる。

　芽衣の表情の変化を見た玉野は、舌打ちすると、

「お姫様を助けに来た王子様気分か、あ！？　邪魔してんじゃねぇぞ、カス！」

　と、声を荒げた。

　スミは、〝イコウカ スミ〟という名前から、玉野から〝カス〟と呼ばれていた。

　そんな玉野を見て、深い溜め息をついたスミは、ふと、

「あ。高浜先生」

　と、玉野たちの背後を見て、呟いた。

　その言葉に、バッと、慌てて後ろを振り返る玉野たち三人。

　しかし、そこには、彼らの担任教師の姿は無かった。

「驚かすんじゃねぇよ！」

　と言いながら、玉野がスミの方を向くと――

「！？」

　――ほんの数秒前までいたはずの、スミの姿が無かった。

　それを見た玉野は――

「ヒャハハハ！　あいつ、怖くなって逃げ出しやがった！　情けねぇ奴だ！」

　――と、笑った。

　子分の男子二人も、

「男の癖に！　ハハハ！」

「ダセェ！　ハハハ！」

　と、つられて笑う。

　――その直後。

「……帰して……」

　と、声が聞こえたため、玉野が、

「だから、ただじゃ返さねぇっつーの。そんなに返して欲しけりゃ――」

　と言い掛けるが――

「た、玉野君！」

「あ？　何だお前、青白い顔をして」

　瘦せ型の子分が、青褪めながら、声を掛けた。

「い、今の声……ソレから……聞こえた……」

　と、瘦せ型の子分は、震える手で、玉野が手に持つ人形を指差した。

　彼が言わんとする事を、一瞬遅れて理解した玉野が、頬を引き攣らせながら、

「ば、馬鹿野郎！　そんな事ある訳ねぇだろうが！」

　と叫んだ、次の瞬間――

「……帰して……」

「「「！？」」」

　今度は、はっきりと、人形から声が聞こえた。

　玉野たち三人の背中を冷たい汗が伝う中、人形は、立て続けに喋った。

「……私の……ご主人様の……所に……帰して……」

　――甲高かった人形の声が――

「……帰して……帰して……帰して……」

　――徐々に低くなって行き――

「……帰して……かえして……」

　――呻き声のように変わると同時に、人形の手が動いて、玉野の指に触れて――

「……がえじで……がえじで……」

　――人形の腹部が不気味に蠢いたかと思うと、一瞬で膨れ上がり――

「がえぜ！」

　――地の底から響くような低い声で叫んだ――

「うわぁっ！」

　思わず、玉野は声を上げて人形から手を放していた。

「き、気味が悪ぃ！　行こうぜ！」

「う、うん」

「そ、そうだね」

　そう言って玉野たち三人は立ち去った。

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（※お読みいただきありがとうございました！　お餅ミトコンドリアです。

新しく以下の作品を書き始めました。

【もしも世界一悪役ムーブが下手な男が悪役貴族に転生したら】

https://kakuyomu.jp/works/822139838006385105

もし宜しければ、こちらの作品も星と作品フォローで応援して頂けましたら嬉しいです。何卒宜しくお願いいたします！）