1-3
私はなんとか起き上がり、スマホに手を伸ばした。
画面をもう一度見る。
「まぶしい……」
やはり、イケメンだ。俳優の田宮正太郎似の、切れ味鋭いイケメンだ。
「はああああああ……」
ため息が漏れる。私は床を転がり回る。こんな輝かしいイケメンとマッチングなんて。
だが待てよ? イケメンの写真がこちらに送られてきたってことは、私の写真も向こうに送られているのか。
「はあ……」
今度は別のため息が出る。向こうはさぞかしがっかりするだろう。
私は広川蓮司というイケメンの写真の下に、文字が表示されていることに気がつく。
『この男性とプランを進めてよろしいでしょうか?』
プラン? 何のプランだろうか? よくわからないけど、マッチングしたなら進めない理由は無い。私は「はい」をタップする。
『広川 蓮司さんの返事待ちです。お待ち下さい』
画面に表示される。自嘲の笑みが漏れる。まあ、向こうに拒否権があるならこんなブスとマッチングなんて――
『広川 蓮司さんがこのマッチングを承認しました』
「うおおおおおおおおおお!」
気がついたら叫んでいた。こんなデブかつブスの私と、イケメンがマッチング!
「マッチング! マッチング!」
気がついたら、ベッドの上で跳ねていた。喜びが内側から溢れ出すのを止められない! 何回も何回も跳ねた。
マッチング。その響きだけでいくらでも強くなれる気がした。
ドンドンと、下の階から叩く音が鳴った。それで我に返る。さすがに喜びすぎた。
あらためて画面を見る。
『それではプランを進めていきます。注意事項をよく読んでいただき、ご了承いただける場合は「同意する」をタップして下さい』
そう表示されていた。
すぐさま「同意する」をタップしたいところではあったが、何か落とし穴があるかもしれない。慌てて進めてこのチャンスを棒に振るようなマネはしたくない。私は一呼吸おき、落ち着いて注意事項を読んだ。
「んんん?」
その内容に、思わず首をひねった。
注意事項の概要はこんな感じだ。
・基本的にマッチングに必要な経費は全額政府が出す
・これからこっちが提示する「プラン」に全面的に従ってもらう
・「プラン」をクリア出来なかったら、それまでかかった経費は全額自費負担になる
・さらにマッチングも無かったことになる
つまり、「プラン」さえクリア出来たら、デート代は全額負担してくれるということだろうか。
「プラン」。いったいどんなことをさせられるのだろうか。その内容が事前に知れたら良いのだが、アプリ内のどこにも、例は載っていなかった。不安は残る。しかし、私には「同意する」以外の選択肢は無かった。イケメンとマッチングしてるのだ。
「イケメン!」
勢いつけて「同意する」をタップする。どうやらイケメン――広川さんは、既にタップしていたようだ。
「プラン」の内容が表示される。
『おふたりには、6月1日にデートしていただきます』
どくんと、心臓が大きく脈を打った。デート。具体的な単語を出されると、全身の血液が沸騰しそうになる。
カレンダーを確認する。今日は3月1日。デートの日はちょうど3ヵ月後だ。
ん? 3ヵ月後?
『こちらが島野 絵美莉さんのプランです(なおこのプランの内容は広川 蓮司さんには公開されません)』
私の最初の「プラン」が表示されていた。「広川蓮司さんには公開されない」ということは、私と広川さんは別のことをするのだろうか? 画面を下にスクロールする。
『今すぐ、10kmランニングしてください』
「えっ……?」
何を書いているか理解するまで、しばらく時間がかかった。
10km? ランニング? 結婚マッチングアプリなのに?
アプリ内をあちこち見て、納得の行く説明を探す。
ビー! ビー! ビー!
いきなりスマホからブザー音が鳴った。あまりの大きさにスマホを落としそうになる。画面を見る。そこには『すぐにプランを実行してください! 直ちにプランを遂行しないと、マッチングが放棄されます』と表示されていた。
私は急いでタンスの奥からジャージを取り出して着替えた。ブザーは鳴り続ける。ピカピカのランニングシューズを取り出し、飛び出るように家を出た。外はすっかり暗くなっていた。今から10kmを走る。途方もない数字に気が遠くなりそうだった。
私は、必死に足を前に出す。AIに操られるまま。
『3ヶ月以内に10kg以上痩せる』
AIが出した、デートのための条件。
「そう来ましたか……」
私は外に飛び出て、闇の中を走った。
石狩川の河川敷は果てしなく、どこまでもゴールは見えなかった。
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