第22話   おしゃれラーメン杯!①

「はい、スタジオ入りまーす」


「よろしくお願いしまーす」


 威勢の良い、若い男性の声が飛び交っているが、女性も大勢いる。テレビ用のカメラだろうか、ものすごいでかい機材が何体も並び、お料理番組のスタジオのようなセットに焦点を合わせている。


 スタジオ……? これ、今、テレビの撮影をしているのか? 入ってよかったんだろうか。


 俺は目をぎょろぎょろさせながら、あたりを見回した。まだ準備段階のようで、進行役も、料理を手伝うゲストも、料理を指導してくれる調理師的な人もいない。


 俺が最近よく通っているラーメン屋には、大きなテレビがあって、バラエティドラマの撮影現場を紹介している番組が、流れたことがあった。たまに映る、カメラマン達の失笑シーン、芸人によるディレクターへのいじり、などなど、けっこうフレンドリーな現場に思えて、でも実際は厳しい小言や、怒声も飛び交う、生き残りをかけた厳しい現場なんだろうなぁと、思ったものだ。本当に黒いモノは、テレビには映さないのだろうと。


「それじゃあたしは、行ってくるわね。後は博士とマイドーターで頑張りなさいな」


 有沢のお母さんは俺達を残して、もと来た道を戻り始めた。この状況、正直言って任せられても非常に困るのだが、俺はどうしたらいいんだろうか。とりあえず、有沢を補佐すればいいんだろうか。だって、探偵業をしているのは有沢という設定で、俺は助手だから、あの二人組から勝負をふっかけられたのは、有沢ということになる。じゃあ、助手の俺は補佐役が適任だろう。


「へいらっしゃい! あー、雷の先生! よくぞ参加してくださいました。お待ちしてましたよー!」


 やたら明るい声の、そして最近になってよく耳にする喋り方の、おじさんがやってきた。渋い藍色の作業着に身を包んだ、ラーメン屋のおやっさんだった。


「あれ、ラーメン屋さんの。どうしたんですか、こんな所で」


「どうしたもこうしたも、先生のために勝負しに来たんですよ。いやはや、プロの私に勝負を挑むなんて、先生よっぽど腕に自信があるんですね! こっちも常連だからって、手加減しませんよ!」


 腕まくりしてガッツポーズされた。話が全く見えてこない。あのゴスピエロな二人組はどこにいったんだ。


「はい本番五分前! 皆さん用意してください」


 今度は女性の声が響いた。本番って、まさか……このラーメン屋のおやっさんと、俺達が料理対決するのか!?


 おいおい、戦前から老舗の暖簾を守ってる、ラーメン界の番人だぞ! 勝てるわけないだろ!


「あ、有沢……」


 俺は有沢に相談する内容も決めていないままに、彼女の名を呼んでいた。そして有沢が白いフリルのたっぷりついた、小悪魔かハロウィンをイメージしたような黒いエプロンを着用しており、佐々木さんに背中の紐をリボン結びしてもらっている姿を見て、すべての疑問と言葉が喉に詰まった。


「何してんのエルジェイ、エプロン付けないと、衣装が汚れるよ?」


「お、お前、この番組に参加するのか!?」


「もちろんだよ。ヘリが来るまでの、時間稼ぎのためでしょ? ここで大真面目にゲームに参加するふりをして、隙をついて逃げ出す、それがお母さんと打ち合わせした作戦だったでしょ」


「そ、それはそうなんだが……」


 あ、佐々木さんまで支度したくし始めたぞ。


 忘れてたけど、この人も調理師なんだよな。こっちにもプロがいるんなら、まだ勝算はあるか。


 ……って、佐々木さんは女性に人気のヘルシーメニューが得意な人だった!! ラーメンに対抗できるヘルシーな料理、知ってるのかな……いいや、きっと自信があるから、今エプロンを身に付けているんだろうな! 彼を信じて、やってみるしかないか。


 佐々木さんの付けてるヤツ、園芸用のエプロンに見えるんだけど、気のせいだよな。ビニール製の深緑のエプロンのポケットに、剪定鋏せんていばさみとか入ってるんだけど、それで料理するのか……?


「本番三分前! カメラの前に並んでください!」


 さ、佐々木さんを信じるしかない! なんだか、これから蜂蜜を取りに行く養蜂家みたいな格好になっていってるけど、信じてるからな! 俺は料理の世界はさっぱりなんだ。あんたを信じるしかないんだよ。


 えっと、俺もエプロンをつけないとな。えっと、えっと、どこだよ着替えは! 見当たらないんだが。あ、スタッフの兄ちゃんが、こっちに走ってきたぞ、手に何か持ってるな、それが俺の衣装だな。


「雷門博士、頑張ってくださいね。俺ファンなんで、応援してます!」


 それだけ言って、スタッフの兄ちゃんは走り去っていった。


「ちょ、おまっ、エプロンは!?」


「何してんのさエルジェイ、ほら行くよ。挑戦者のくせに相手を待たせちゃダメじゃないか」


「挑戦者!? 俺が? 俺がケンカ売ったことになってんの?」


 本番一分前! と言う大声に急かされて、俺は有沢に手首を掴まれながらテレビカメラの前に引きずり出された。


 うわー、ライトが眩しい、前が見えづらいぞ。芸能人って、こんな視界を耐えてたのか。しかも大勢から、ものすごい真剣な顔してカメラを向けられているのは、ものすごいプレッシャーだ。こっちは素人だから、噛んでも大目に見てもらえるだろうが、世間が許しても、このスタッフさん達は許してくれなさそうな気迫を感じる。


 ステンレスの銀ピカな調理台がまた目に眩しい。


 金ピカの鯉のぼりのウロコのようなハデハデなスーツを着た、見覚えはあるんだが名前は知らないピン芸人が、ひょいと飛び出て、カメラを独り占めした。


「お待たせいたしました、皆さあああん!」


 うるせえな、こいつ。


「さあ、CMが明けて、後半戦突入です! いよいよ勝負の行方が、わからなくなってまいりましたあああ!」


 はい? CM??


 俺達は今、勝負の途中っていう設定なのか? 俺達の前に、別の素人チームがいて、何かを中途半端に作って俺達に交代したのか??


 わからない、今俺がどんな状況に置かれているのか、わからない!!


 ラーメン屋のおやっさんが使っている隣のステンレスの調理台は、打ち粉だらけになっており、おやっさんがドスンドスンと、でかい小麦粉の塊っぽい生地を、大きなまな板に叩きつけていた。


 す、凄い迫力だ。


 で、俺達はいったい、何を作ればいいんだ? その前に、何をどうしたらいいんだ? 俺達の調理台には、食材が全く置かれていないんだが。


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