第56話 閑話(②・南の父親視点)
四国での日々は、激務と言うより他はなかった。
四年目にして俺の年収は700万を超えたが、残業に厳しくなった今の会社では中々そこまでいくことはないだろう。
当時はその業務時間の管理の緩さに加え、関東と四国の仕事の仕方の違いがあった。
勿論基本は変わらないのだが、その地方独自のやり方が、マニュアルにもならずに多数存在していたのだ。
常識が違うことで、お互いの業務が上手く回らなくなった。
関東から異動してきた同期は三人いたが、結局俺しか残らなかった。
退職していった同期達は俺よりも優秀な人間だったが、周りに聞かずに自分で調べるタイプの仕事をしていた。
まだ面識の浅い先輩達が忙しそうにしているということもあり、声も掛けづらかったのだろう。
当然マニュアルにないことは関東のやり方を踏襲するしかない、それが四国では不正解だった。
報告の度に上司とぶつかり、関係も悪化していく同僚達。
俺も当初は同じような状態に陥り、家には寝に戻るだけ、といった日々が続いた。
ただただ疲れていたのだ。
ある土曜日のことだ。
妻が俺をスポーツジムに誘った。
四国に来てから、妻は健康促進のため、週四日くらいのペースでジムに通っていた。
知り合いもいない、慣れない土地のはずだったが、「運動してゆっくり眠れば、大抵のことは気にならなくなる」と言って通い始めたのだ。
こちらに来てからあまり構ってやれなかった俺としては、そんな風に言ってもらえるのが本当にありがたかった。
しかし、自分が行くとなると抵抗感があった。
正直頭も身体も疲れ果てており、家で休んで過ごしたかったのだ。
『先週も先々週もそうだったでしょ』と妻が言い、俺はそんな週末を毎回過ごしていたことに気付いた。
渋々ながら、妻に連れられてジムに向かい、言われるがまま重たいマシンを動かす。
最初のうちこそ全くやる気が出なかったものの、妻に教わりながら身体を動かして汗を流すうちに、爽快な気分になっていた。
頭の片隅に残っていた仕事のことも、どこかに吹っ飛んで気にならなくなっていたのだ。
少し休憩をして、近所の寿司屋に入る。
とんでもなく腹が減っていたということもあったが、そこでの食事は本当に美味かった。
カウンターでよっぽどがっついて食べていたのだろう、大将にも声を掛けられ、話が弾んだ。
家に帰った後は、俺は妻より先に眠りに落ちて、朝は妻よりも後に起きた。
次の日、目を覚ますと、筋肉痛で身体の節々が痛かった。
しかし、それ以上に心身が軽かった。
朝から活力に満ち溢れている自分に気付き、驚いた。
妻に声を掛け「今日もジムに行こう」と誘うと、「運動して寝るだけでだいぶ違うでしょ」と言われた。
そのまま素直に認めてしまうのがちょっとだけ悔しかったので、「あと、美味い飯もな」と言うと、妻が俺の内心を見透かしたように笑った。
それからは、週末に妻とジムに行くのが日課になった。
同期達にも声を掛けてみたが、『週末は休みたい』という理由で断られてしまった。
そう言いながらも、休日出勤を繰り返していたみたいだが。
ある日、いつもより早い時間にジムに行くと、そこには同じ部署の先輩がいた。
職場であまり話すことのない先輩だったが、挨拶をすると気さくに返してくれた。
そのまま話が盛り上がり、「ここだと迷惑になるから、この後飯でもどうだ?」と誘われ、俺と妻とで一緒に近所の寿司屋に行った。
そこから俺は先輩と仲良くなり、職場でも声を掛け合い、四国での仕事の仕方を学んでいった。
先輩と俺が頻繁に話す姿を見たことで、周りも声を掛けてくるようになる。
俺は周りの力を借りて仕事をすることを覚え、気付けば周囲に溶け込んでいた。
この時代ほど、俺は人間関係の大切さを痛感したことはない。
業務時間は改善しなかったが、俺はそういった状況で何とか成果を出すことができた。
そしてそれは、俺への評価につながった。
通常より早い二年間で辞令が下り、俺は主任として関東に戻ることになったのだ。
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