第30話 六月一週(⑦)

 自宅に戻った後、何から手を付けて良いか分からなかったが、とりあえずスマホを開いた。

 南からは『勉強頑張って。分からないことがあったらいつでも聞いて』という趣旨のメッセージが届いている。

 女子高生らしく、絵文字がセンス良く配置されており、良くあの短時間で打てたものだ、と思った。


 しかし、何と返信していいか分からなかった俺は、一度メッセージを閉じて、日置に電話した。


「あ~い」

「あ、もしもし、遼太郎だけど」

「知ってる」

「もう家か?」

「家」

「そうか……。あ、南の連絡先」

「あ~、交換できたか?」

「あ、ああ。もしかして、俺と南に連絡先交換させようと思って?」

「いや、せいらちゃん可愛かったから、仲良くなりたいな~、って」

「茂田かよ」

「女性にモテるという意味では、近いものはあるな」

「……」

「お前はせいらちゃんに連絡したのか?」

「いや……」

「は?」

「あの、何送っていいか分からなくて……」

「いや、お前。勉強教えてくれたお礼とかさ」

「そのお礼の文章が分からない」

「……」

「助けてくれ……」

「…………」


 その後、散々文句を言いながら、日置は南に送るべきメッセージを一緒に考えてくれた。

 更に、「返信が来たらどうしよう」という問いに対しては、「とりあえず褒めろ」というありがたいアドバイスが返ってきた。

 

「いや、助かった……」

「次からは自分で考えろ」

「……日置さん」

「切るぞ」


 あっさりと俺との電話を終了させる日置。

 南の連絡先をメッセージで送ると、「俺に送らなくていいからせいらちゃんに早く送れ」と凄い速さで返信がきた。

 先程の日置のアドバイスを参考に、「やっぱり自分より他人を優先できる日置さんってさすがっすね! マジ尊敬します!」ととりあえず褒めてみた。


 既読すら付かず、スルーされた。


 いよいよ追い詰められた俺は、先程日置と打ち合わせた内容で一文字一文字丁寧にスマホに打ち込み、誤字がないか確認のうえで南にメッセージを送信した。


 一通送るのに十五分かかってしまったが、南からは五分と空けずに返信が届いた。

 その返信に一時間以上かかり、俺と南のやり取りは終了した。


――


 翌日、自分の席で俺と日置が話していると、南が後ろを振り向き、俺達の方を見てきた。


「あ、南さん。連絡先遼太郎から聞いといたよ」


 しれっと言う日置。

 お前、南にメッセージ送ってないのかよ。


「あ、良かった。遼太郎、全然返事返ってこないから、ちゃんと送ってるのかと思ったよ」


 南はジト~っとした目で俺を見た。

 同じような目をして、日置も俺を見た気がした。


 昨日のメッセージ実績は二件。

 量より質を重視した選択だと思いたい。

 完璧な文章を俺は求めたのだ。

 だって、ほら、履歴とか残るし……。

 

「へぇ~……。お前、女の子からのメッセージにはちゃんと返事しろよ」


『お前は連絡すらしてないだろう』と言いたくなったが、下手なことを言うとやけどをする恐れがあったので、「そ、そうだな」と言った。


「でも、追試前だもんね。勉強してたんでしょ?」


 それが当然のことのように聞いてくる南。

 昨晩の俺はと言えば、両手でスマホを握りしめながら、ずっと返信すべき文章を推敲していた。

 ある意味国語の勉強をしていたようなものなので、「そ、そうだな」と言った。

 追試の科目ではないのだが。


「あ、ヤバい、俺全然勉強できてない」と日置が言う。


「おいおい、大丈夫か? 追試はもうすぐだぞ?」

「化学は何とかなるけど、数学マジ解らねぇ」

「最初で躓くとな……。俺が誰にでも解るように、優しく教えてやろうか」


 ここ数日で学力を伸ばした、俺が満面の笑みを浮かべて言う。

 山の上に住む日置にマウントを取るのが気持ちいい。

 なぜ、マウントを取るのか。

 ――そこに山があるから。


「いや……。お前に教わるくらいなら住田に聞くわ」


 日置は俺からの提案を拒否した。

 ちなみに住田はテスト後、アルバイトを詰め込んだらしく、今週は早く帰っている。


 彼は『頭が良いとな、赤点を取らないんだ。追試や補習に時間を取られずにバイトができる。これを頭脳労働って言うんだ。キミタチとは違うんです」と頭の悪いことを言っていたから放っておこう。


「まぁ、あいつ数学良い点取ってたもんな」

「そもそも、お前が大丈夫なのかよ」

「俺は南に教わったら、大体理解できた」

「へぇ~、南さん、教えるの上手いんだ」

「ううん、私なんか全然。遼太郎、元々頭が良かったからじゃないかな」

「いや、南は教えるの上手かったよ」


 日置は「そうか。でもまぁ、先に勉強してたところに入るのも悪いな」と言った。

 彼は、昨日自分がしたことを忘れたらしい。

 その記憶力で、化学の暗記は大丈夫なのだろうか 


「あ……。それなら」と南が思い付いたように言うと、前の席に座るクラスメートに声を掛けた。


「千恵、放課後空いてる?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る