第11話 結局、頭のいい子とそうでない子の違いは?
そんなことをしばらく考えながら、今日の校舎では、新中三に社会を教えている乾橘。専門は、国語だが、「社会もできますか?」と校舎長に聞かれ、「できなくもないですが・・・」と勢いで答えて、気づいたら、一年間担当させられていた去年。結果、その授業を受けた生徒のほとんどが先の都立校入試社会で八割を越えていたのだから、そこまで教えかたは間違っていなかったということで、二年目の春に突入していた。が、生憎、生徒が男子ひとりのみと波乱な幕開けとなっていた先週。
が、なんと、今日、新入塾生の女の子が入り、やっと二人で比較研究対象ができる段階となった。
「はい、じゃ、定期テストも近いわけだから、そこの対策も兼ね、受験勉強を進めていきたいのだけれど、三俣はどうする?」
「えーと、えーと、日清・日露なんで、先週と引き続き同じところで。」
「プリントはあんの?」
「あ、はい、これで」
鞄からクチャクチャなそれをだす。
「ある程度、そうだな、十五分くらいしたら、口頭で確認するからな!」
「はい、わかりました~!」
息で、口元が濡れきったグレーのマスクをつまんで鼻が隠れる位置まで戻す。
「新人の茅ヶ崎さん、範囲は・・・」
「・・・・」
初対面の生徒に普通に声を掛けてくる乾橘とは違って、一瞬、怯んだ金縁めがねの茅ヶ崎さん。
「えっと・・・私はまだ、そこまでいってなくて、綱吉から・・・天保の・・・」
「水野忠邦?」
「そ、そうです!」
「あ、タイマー忘れてた、三俣十五分!」
「はい!」
乾橘は十二分で黙ってセットしてはじめる。
「じゃ、茅ヶ崎さんは、その範囲のプリント、配るから、サクサク解いて、解らないところ質問する形式でいいかな?大丈夫そうな顔してるし(笑)」
基本的、この乾橘。生徒を顔と雰囲気で判断するが、それがだいたい、当るから、満更な腕でもなさそうなのだ。
「あ、はい!」
ハニカみながら答える茅ヶ崎さん。
うむを言わせず、質問を投げる乾橘。
ということで、それぞれが同時に違う時代のプリントを配られ、解きはじめたのだったが・・・。
約一時間が過ぎて、終わってみれば、三倍くらいの処理スピードの違いがでていた。三俣はプリント二枚が終わるのがやっと。しかも、口頭チェックをすると一、二問は思いだせなかった。先週、一度やっている問題なのに。
一方、茅ヶ崎は、七枚くらいのプリントを終え、間違えたのは、二、三問。
あきらかに、吸収力と定着力が違うのだ。
車で言えば、モ―タ―とか、エンジンのモノが違うといった感じ。
「だから、まともに闘っては勝てない。
だったら、どうする?
吸収力を今まで以上に増す方法は?
好きな分野を好きな方法で取り組む。これしかない。あるいは、相手がやっていないときも勉強して、処理スピードを物量でカバーする?吸収力が低ければ、低いなりの別の闘いかたをしなければ・・・な?三俣?」
「は?」
突然、話をふられた三俣は、まだ、暗記中のテキストから目が離せずに生返事。
「たしかに、そういう戦い方もありますよね、ウフっ。」
今日はじめて不敵な笑みを浮かべて金縁の奥の、本物のまなざしを乾橘に垣間見せた茅ヶ崎。
「なんか、おもしろい闘いになってきたな・・・」
乾橘の心は躍りはじめていた。
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