第4話「Two with her」


ロシア上空を飛行している頃だろうか。


辺りの乗客は、そのほとんどが眠りにつき、僕の隣に座る彼女も、嬉しいことに、僕の肩に寄りかかる形で寝ている。


そんな彼女の可愛げな顔を見下ろしながら、僕は寝付けないでいた。


原因は何だろうか。


さっき飲んだコーヒーだろうか。それとも、彼女が僕の肩に寄りかかっているからだろうか。


いいや、どれも違う。いや、違わないかもしれないけれど、主因でないことは確かだ。


僕と彼女は、フランスへ向かっている。


それは、旅行でも留学でもない、治療のためだ。


日本では治療ができないから、わざわざヨーロッパまで向かっているのだ。


故に、治療はそんなに簡単なものではない。


難病なだけに、手術も成功する保証はないそうだ。それどころか、成功する確率の方が低いとまで言われた。


不安、それだけが、僕の睡眠を阻害していた。


たまに巡回するアテンダントさんに、コーヒーを頼んでは、飲んで、眠れなくなって・・・。気がつけば、ロシアを抜け、EU圏に入っていた。



「うーん、お、おはよぉ・・・」



寝ぼけた感じで、僕にそう言う彼女。



「起きるの、早いんだね」



僕が起きていることを確認した彼女が言う。


僕は一睡もしていないが、そんなことを馬鹿正直に言うと、彼女に心配をかけてしまう。


だから、僕は笑って嘘をついた。


別に胸が痛むとか、そんな感覚はない。


生きていく上で、嘘をつくのは必要なスキルだからね。



「空港まであとどのくらいかな?」


「もうスウェーデンの上空だから、そんなしないうちに着くと思うよ」



そんなこんなで、長いようで短いフライトは終わった。


ここまでは、彼女の治療に関する不安しかなかった。


でも、ここからは


その不安にプラスして、もう一つ不安ができる。



「Passport, please」



もう一つの不安、それは言語だ。


英語とフランス語は、できる限り勉強した。


でも、実際にフランス人の英語を聞くと、わけが分からなくなる。


今のように、パスポートプリーズなら、聞き取れるんだけど・・・。



「What’s the purpose of your visit?」



特に、早いペースで言われると、本当に意味が分からなくなる。


僕の場合、英語は単語ごとの固まりで和訳するという勉強法をしていた。


その方が楽だったからという理由だが、実際に英語を聞いてみると、その固まりがどこからどこまでなのかが全く分からない。



「ご、ゴートゥーザ・・・ホスピタル?」


「Une personne rare」



職員が何か言っているが、全く知らない単語だ。とはいえ、質問しているようには見えなかったので、とりあえず黙っておく。


それからも何個か質問されたが、何となくで答えて、入国することができた。


ちなみにだが、彼女は僕が思っている何倍も英語力があるみたいで、あっさり入国審査を通過していた。

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