第三十話 迫る魔族、そして……

「オズバルド〜、まだ街には着かないの?」


 遥か上空を飛翔ひしょうする黒い何か。大陸北部へと向かって移動するそれは、竜の中でも上位種となる黒竜だった。

 そんな黒竜の背には、二人の魔族の姿がある。


「まだ一時間も経ってないだろう。こいつの翼を休ませる必要もある、最低でも二日は掛かるだろうな」


「えぇ〜……。だったら僕もう帰るぅ〜」


「貴様……前にも似たような事を言って逃げただろう。今回は最後まで付き合ってもらうからな、モーティル」


 二人のうち、小柄な少年はモーティル、細身の男はオズバルドという名前のようだ。

 逃げ出そうとするモーティルの襟元を掴みつつ、オズバルドは小さくため息を吐いた。


「むぅ……って、何か考え事?」


 一点を見つめたまま黙り込むオズバルドに、モーティルは首を傾げて問いかける。



「……いや、例の召喚者が少しばかり気がかりでな」


「召喚者!」


 召喚者についての話題になると、モーティルは興味津々といった様子で顔を上げた。


「テレサの件もある、奴の行動には警戒しておいた方がいいだろう」


「じゃあさ、ちょっと見に行ってみようよ! 行先の途中で召喚者が居る街の近くを通る訳だし、一回ぐらい寄り道してもいいでしょ?」


 そんなモーティルの提案に、オズバルドはしばらく頭を悩ませたあと、やれやれと言った様子で口を開いた。


「騒ぎだけは起こすなよ」


「うんっ! なるべく気をつけるよ!」


 不安の残る返答に、オズバルドは頭を抱えながら大きくため息をついた。


「ともあれ、此度こたびの召喚者がどれほどの力を持っていようと我らには到底適うまい。はばむというなら消すだけだ……五年前と同様にな」


 オズバルドは不敵な笑みを浮かべながら、シーダガルドへと向かうのだった。


     ◆


「う〜ん……」


 自室に戻った俺は、首を傾げて唸っていた。かれこれ十分以上はこの状態だ。

 昨日の一件のあと、俺は自室のベッドで眠ったはずなのだが……目を覚ますとダイニングルームで座っていた。更には大量の料理がテーブルに並べられており、俺の隣で座っていたレナに聞いてみても、ノーラさまが作ったのでは? と不思議そうに聞き返された。


「まったく身に覚えがないんだよなぁ、それに俺は料理なんてした事ないし……」


 テレサが準備してくれたのだろうと考えたりもしたが、どうやら二日酔いでダウン中とのこと。


「となると、いったい誰が……」


『私が作ったのよ』


 突如として、俺が発言したものではないノーラの声が脳内に響いた。


「あぁ、ノーラが作ってくれたのか。それなら納得…………って、ノーラ!?」


 俺は咄嗟に辺りを見回したが、当然ノーラの姿はなかった。


『何を驚いているの? 私の存在はあなたの中にあるんだから、こうして意思の疎通ができてもおかしくは無いでしょう?』


「いや、初耳なんですけど!? じゃあ……あの真っ白な空間に行かなくても、いつでもこうして話せたってこと?」


『そうね。意識空間と違って姿は見せられないけど、会話する程度なら可能よ』


 それならそうと言ってくれれば良かったのに。ともあれ、それを聞いて俺は内心ほっとする。つまりはいつでもノーラと話ができる訳だ。しかし、同時に俺は一つの疑問を抱いた。


「いつでも話ができるなら、なんで今までずっと黙ってたんだ?」


『それは……』


 ノーラは言いづらそうに口ごもる。やはり何か理由があるのだろうか?


『その……あなたの反応は見ていて面白いし、案外一人でも上手くやっていたから。しばらくの間は眺めていようかなと……』


 大した理由ではなかった。そのうえ、俺の行動は全て見られていたらしい。


「だったら尚更声かけて!? 思いっきりプライベート全開で行動してたんだけど!!」


『大丈夫よ、私は気にしないから』


「そういう問題じゃ───」


 その時、扉をノックする音を耳にして、俺は咄嗟に口を閉じた。


「ノーラさま……? 何だか話し声が聞こえてきたんですけど、誰か居らっしゃるんですか?」


 すると、ゆっくりと扉が開き、隙間からレナが顔を覗かせた。


「あっ、いや。えっと……まだ寝起きで声が出にくいから、ちょっと発声練習でもしようかな〜と思って!」


「発声練習……ですか? それならいいんですけど、テレサさんの頭に響いてないか少し心配ですね……」


 ( そういや寝込んでるんだったな。すまんテレサ )


「でも、あまり喉に負担をかけちゃだめですよ? 少し待っててください、お水を持ってくるので」


「あぁ、うん……ありがとう、レナ」


 扉が閉まるまで、俺は笑顔を保ち続ける。レナの足音が聞こえなくなったところで、俺は大きなため息を吐いた。


『ちなみに、私にはあなたの思考も読み取れるから。声に出して話さなくてもいいのよ?』


 ( もっと早く言って欲しかったなぁ…… )


『ふふ、つい意地悪したくなっちゃって。それよりも、準備しなくていいの?』


『え? 準備って、なんの……?』


 俺の内心の呟きを読み取ったのだろう。ノーラの言葉に対し、俺は心の中で返答した。


『出掛けるんでしょう? あまりゆっくりしてると時間無くなっちゃうわよ』


「……あっ!」


 そこで俺は、昨夜レナを外へ連れ出そうと考えていた事を思い出した。


『まったく……あの子の事を大事に思ってるのなら、今度はちゃんと守るのよ』


『……わかってる。俺が傍に居る以上は、レナを傷付けさせたりはしない』


 もうレナが傷だらけになる姿は見たくない。次こそは必ず守り抜く、俺はそう強く心に決めていた。


「ノーラさま、お水もってきたですよっ」


 部屋に戻ってきたレナに、俺は小さく微笑みながら口を開いた。


「ありがとうレナ。……ついでにもう一つ、わがまま聞いてもらってもいいかな?」


「はいっ! 私にできる事でしたら、何でも言ってください!」


 レナは胸を張って答えつつ、俺の言葉を待っている。


「もし良かったら、今から私と一緒にお出掛けしない?」


 そんな俺の言葉にレナは呆気に取られるも、後に今日一番の笑顔を浮かべるのだった。

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100倍スキルでスローライフは無理でした ふれっく @fleck

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