第十四話 転換点(起) その二
大岩を砕き投げられた岩石が無数の雨あられと変化し、大空から降って落ちる。その物量は軍隊の和を乱すには充分過ぎる成果をもたらし、二万対五千という戦力差を覆そうと前々から準備した“戦槌の鬼”の策を悉く潰され劣勢を強いられる。
「ワシが討って出る」
「駄目です。今出た所で戦局が変わることがないことは貴方自身が一番理解している筈」
ホーエンハイムが用いた策、それは大平原中央に巨大な穴を生み出し戦力を分断させその穴を避けてしか行軍出来ない彼らを遠隔魔法で一網打尽にしていき数を散らす目的だったが今戦法は破綻していた。
その障害となったのが今も尚放物線を描き敵陣営から飛んでくる岩石。防御魔法を広く展開し守るが魔力の損耗が激しい。
こうなれば当初の策は継続出来ず更に加えれば、両翼から挟まれる形で敵から攻められれば劣勢に陥るのは当然で、打開することも叶わず戦力が削られていく。
同じ状況が続けば敗北は必須。
ワシ一人でもあの
「ホーエンハイム卿、後方より紅い閃光が放たれたと報告が」
ドデカい花火が王都方面より打ち上がる。それが合図だと事前に知り得るのはホーエンハイムだけ。それ以外の兵士には突発的要因に更なる緊張感が走る。
まさか既に王都に敵が攻めているのではと思わせる程度には。
「もしもの時には秘策があります」
「秘策とはまだ隠している手があるとは恐れ入ります」
「あっ、その顔信じてませんね。まぁ~いいですよ。但し覚えておいて下さい、とんでもなくデカイ花火それが秘策を発動したタイミングです」
正直、心配を振り払う為の虚言とばかり思っていた。なにせこれ以上援軍に名乗り出る者などいないとばかり考えていたからだ。
だから驚いた。
最強の女の襲来。
花火が上がれば、その光を遮る何かが空を過り真っ直ぐ手練れであり軍を指揮するホーエンハイム卿のもとに向かい降り立った。
「まさか本当に秘策があったとはな」
ホーエンハイム卿でさえ彼女の来訪は予想外過ぎる。援軍が来ると謂えどそれがS級冒険者とはいやはや恐れ入る。
軍勢は彼女の出現に戦時中にも関わらず、多くの兵士の眼に止まるのも無理ない。なにせ不可侵を貫く冒険者ギルドが抱える最強冒険者が馳せ参じたからだ。
「故あって参じた。冒険者カルミラ=バッハレイ、賊退治参加させて戴こう」
「賊だと……?」
我々が相対する相手は悪事を働き弾圧された貴族連合。断じて賊ではない。そしてそれは彼らも把握している筈。だからこそ応援を願い出ることは不可能だと判断した。
だと言うのにこれは一体?
「あぁ魔物を率いた賊が王都目掛け進行してる情報を聞きつけたんでね助けにきたのさ」
「ふっ賊ときたか」
「まぁねだって王女様がそう言ったんだから当然だろ?」
「成る程そうきたかならばあれは任せても」
「取り敢えずは了解。後ろの阿呆らのことは好きにしろ」
「そうさせてもらう」
「私には劣るが心配するな。それじゃあS級の実力お見せするとしよう」
ただの脚力だけであっという間に姿が消え、背後からは風貌異なる様々な装いの軍勢が全力で押し寄せてくる。
本当に驚かせてくれるなあの王女様は。
「ガントレット、拡声魔法を頼む」
『冒険者の助力を得、我々はこれより賊軍退治に乗り出る!!』
※※※
「流石は戦槌、一気に士気を高めたか」
戦槌の鬼とは正面切ってぶつかった事は無かったが、年老いて引退したと聞いていたがなぁ~に全然現役でもいけそうじゃないか。
そんなことを思いながら場面が移ろう背後の戦場をチラ見する。
両翼から挟まれ戦力的にもジリ貧を余儀なくされたかに見えたが冒険者の加入は状況を打破する起爆剤と成り得、一気に戦況は変わる。
ここまで国王軍が押されるに至った要因は、一目巨人の岩石砲撃が痛手を負い防ぐため防御魔法を張るしかなく攻撃魔法を展開出来ず、歩兵の数は相手方が圧倒的勝ち目にあえずこうなれば覆すことは難しい。
「なのに私らが来るまでこの戦線を維持させるとは猛将の名は伊達じゃないみたいだな」
あの王女様、人望ありすぎだろ。
あんな猛将を引っ張り出させるとはやはり私の見込んだ嬢ちゃんさ。
化け物の怒号が耳をキーンとさせる。
私という巨大な闘魂を前に警戒したのか、魔獣使いの調教も虚しく一丸となって囲むように集ってくる。勿論私が向かう先を中心にしてだ。
面白い。だがコイツらじゃ私の足下にも及ばない。
五体の一目巨人中心に落下する最中人間一人分はあろうかという大きな瞳がギョロっと私の瞳と向き合う。しかもその数は五つ。
視野の範囲外に至るまで、異様な光景だ。
最強の登場に見上げるしかしない貴族連合の兵士集団を尻目に、呆れつつも我が愛刀の柄をがっしりと掴む。
そして瞬間的に事足りた。
一閃。その動作だけにしか常人には捉えられぬ動きを示し、化け物の頭部と肉体を切り離し命を断たせることに成功させた。
着地狩りされることもなく畏怖する目で訴えるだけ、周囲は私に近寄ろうともせず興が削がれる気分だ。
「おかしいですねどうして冒険者であるはずの貴女が我らに牙を向くのか理由をお聞かせながおう」
「あんた名前は?」
「名はシャオロン、ここの副将を務める者ですよ」
「そうかいあんたがシャオロンか……」
「おっといきなり心臓を穿とうとするとは、S級とは野蛮な集まりですね」
「いやいやお前さんみたいな瘴気駄々漏れの化け物相手に気を抜く程、余裕はないんで申し訳ない」
事前に王女様から忠告されていた。
「戦場に出るなら敵副将のシャオロンには気をつけて下さい」
「どうしてだい?」
「一目巨人が出現するとは裏でヤツが動いていることは明白。やっぱり大人しくみえたのは私の勘違いだったか」
「ちょ何を言ってるのかさっぱり」
「シャオロンは魔物が化けた姿です。あとは任せました」
一方的に言いたいことを告げるだけ告げ、去っていく姿には感嘆だが何故急ぐ?
その疑念が解消することは無かったが、今初めてこの者と対峙して漸く一考出来る。
成る程まだ敵はいるんだな。
「シャオロン副将、その姿は一体?」
強靭な皮膚に覆われた肉体は、私の攻撃を見事に弾き飛ばしたが代償に正体を顕にさせ周囲を唖然させるには充分すぎる効力を発揮した。
「見られたからには仕方ありません」
長年の勘が告げる。ヤバい。
剣を振るう時間すら惜しかった。
ミカエラの得意魔法は身体強化だけ。寧ろそれ以外の魔法はからっきしで戦闘において使い物にならず、使うことはない。
ただその分身体強化は度を越す次元へと至る力を有しそれがS級へと押し上げた彼女の実力である。
右拳に込めた一撃でシャオロンの視線を潰すように正面に突き出す。
「やはりそこは冒険者ですね」
さっきのあれはブラフ。本命は私か。
強靭な皮膚今拳を突き立て初めて実感する。この鱗はとある種特有の皮膚。鬼人が持つ強度ある皮膚。
しかも鬼人を象徴する角が一本頭部に生えているとくれば当然、これだけ証拠を突きつけられればこの男が鬼人だと断じる事が出来る。
そして知能も桁外れらしい。
私は先刻直感的に鬼人の正体に気づいた者全てを屠る全体攻撃をしでかすのかと構え、阻止すべく動いたわけだが釣りだったようだ。
現に突き立てた拳は寸での所で止められてしまう。予測しないと私の攻撃は受け止められないと自負している。ならばこそそういうことなのだろう。
「いい加減レディの手離してくれないかい」
「今度はこちらの攻撃受けて下さい」
ニヤついた邪悪な笑顔に鳥肌立つも危険はそれだけには止まることなく、拳は拘束され鬼人が私の身動きを封じているように考えているだろうがこちとらもっと強い鬼人と相対したことあるんだぞ。
「オニノテ」
一発強めの技を喰らうも大丈夫。
アイツの方がもっと強かった。
黒腕から放たれた衝撃波が私の全身を震わせるように痛みをもたらすがグッと我慢し戦う。ここで根を上げるのならばS級は返上しなかゃならなんしな。
策に陥り掴まれた右拳に力込め押し返す。
力負けしたことに驚くように歪ませる顔は見物で、鬼人の持ち味を踏みにじらす。
そして……。
「第二ラウンドといこうか!」
掴まれたままだったので、ならば背負い投げの要領で飛び跳ね地面に鬼人をぶつけた。
痛みで手を離れた敵を前に私は宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます