第九話 それは変わらぬ未来の足音

「私未来から来たの」


 突拍子もない話だとは分かってる。

 普通なら信じてくれない。虚言と切り捨てるのが常人の反応だ。

 それでもミカサに打ち明けたかった。

 ずっと私を護ってきてくれた彼女を大好きで、嘘を付き続けたくない。

 一度目の人生では、我が儘を何度も何度も言って彼女を困らせそれでも付いてきてくれた。

 最期断罪されるため処刑台に上がった私を、擁護してくれた存在。

 二度目の人生では、彼女の制止も聞かずひたすら突っ走り改革を進め貴族の反感を買った。

 それが原因で起こった彼らとの戦に自ら出陣する羽目になる、その時もミカサは止めたが聞く耳を持たず戦で死んだ。

 そして三度目の人生。

 

「ねぇパーシャが予見する戦に備え、将軍を立てたいけど私に仕えてくれそうな人っているかしら?」


 ある日、部屋でこれからのことを考えていた時二度目の人生でミカサが忠言を申していたことを思い出し何気なく聞いてみた。


「それならばホーエンハイム=クシャトリア卿を頼るべきかと」

「理由聞いても?」

「お嬢様は諜報暗部をご存知ですか?」


 それは聞いたこともない部署だった。

 

「勉強不足でごめんなさい。それはどのようなものなの?」

「お嬢様が知らないのも無理はありません。諜報暗部とは、貴族などの不正を取り締まる国王直属の機関のことを指します。私は昔そこに所属していて、今でも繋がりがあります。その仲間から得た情報で今どこの派閥にも属さず、将軍として王女の味方をしてくれそうなのは彼だけだとの見立てを立てました」


 その後はミカサの繋がりを頼りに、ホーエンハイム卿と接触を計り見事陣営へと引き込めた。

 だから私は彼女のことを知っている。


「その話が本当だとして何故私に打ち明けたのですか、隠し通すつもりだったのでは?」

「そうだけど、ミカサにはどうしても話さなきゃって思ったから……」

「じゃあ質問です。未来から来たその事実を知れば何故私が地獄に堕ちるのですか?」

「それは私の行いが悪だから……。本来あったはずの未来を捻じ曲げる行為であるわけむにゃ」


 俯く私の頬を鷲掴みにし表を上げさせる。


「顔を上げなさいレテシア=パルア。何か勘違いしていませんか、未来は今を生きる私たちが紡いだ結果訪れた世界。つまり未来を捻じ曲げるなんてことはあり得ないんですよお嬢様」


 優しく指を絡ませるように触れてきて感じる人の温もりは、心地よかった。


「もしも貴女がこれからすることが悪だと世界から突きつけられようとも、私は貴女と共に生きます。つまり私は“共犯者”です」

「ミカサっありがとう」

「はいお嬢様」


※※※


 あれから二年が経過した。

 共犯者ミカサという助けを獲た私は彼女の協力のもと違法行為を行う貴族の告発、街道の整備事業などにメスを入れ改善を促すことに注力した。

 ミカサの助言で私は無理矢理弾圧する形で物事の改革に取り組むのではなく、徐々に貴族どもの反発する声を極限まで抑え込むようにして進めることが出来た。


「おはようミカサ」

「おはようございますお嬢様」

「今日の予定は?」

「パーシャ文官が取り組まれている穀物改良の視察がございます。その後、街道工事の進捗具合を確かめに行く予定でしたが勝手ながら私の判断で全てキャンセルさせて頂きました」


 嫌な予感しか感じない。

 こんなこと今までなかった。

 それをダメ押しするが如くミカサの表情もいつもに比べて暗い。


「先刻より警戒されていた貴族の謀叛が遅くても一ヶ月以内に起こるという判断が、諜報暗部より下されました」

「止められそうにない?」

「はい。しかも抑圧された力の矛先は王家にではなく、王女様ご本人に向けられています」

「ちょっはぁ~?なんでそうなってんの!」


 今まで私は表舞台には決して立たず、改革を進める時にはお父様におねだりしてそれとなく手を回したり、パーシャを唆して動かせたりした。

 それでも駄目な場合のみ、ミカサに動いてもらい裏で暗躍してもらった。

 だから私に矛先が向けられる意味が全く分からない。

 ミカサも同様不思議そうに私に尋ねる。


「何かしたんですか?」

「いえ何もしてませんが、どういうこと」

「それを私に聞かないでくれますか。普段伝言も告げず、彷徨うお嬢様に責任があるとは思わないのですか。はぁ~表に出たくない割にはそれと矛盾する行動、どうにかして欲しいのはこっちの台詞ですよ」

「それはほら何度も言ってたけど、冒険者ギルドで日々研鑽を……うっ……そんな目でみないで」


 目の高さを同じに合わせ、私の発言を疑うように穿った瞳で見つめつい逸らすように違う方角を眺めながら考える。

 でも本当になにかしたっけ。

 この二年したことといえば……あっ、一つだけあった。

 唯一出向き弾劾した者を思い出す。

 名をトーファン=グスタリウス。

 騎士団長としてあるまじき振る舞いを見せ、怒りに駆られた私は直接乗り込んだことがあった。

 でもそれ以外本当に心当たり等なく。


「まさかとは思うけどあのトーファンの件が尾を引いているなんて馬鹿げた世迷い言はないわよね?」

「………………」


 その顔、引き攣る頬の歪みは私に正解を記したも至極当然なり。態度に出した行動が全てを語っているわけで。私は口をパックリと開けるしかない。


「その顔知っていたわねミカサ」


 また引き攣る。しかし今度はその後クスッと笑ったのを私は聞き逃しはしない。

 

「あっバレました?」

「で知ってるなら教えてくれるかしら」

「一から説明します。第一、今回の貴族反乱の首謀者はヒュージ=グスタリウス。トーファンの息子です。第二、お嬢様に矛先が向いた訳ですが」

「そうそれよそれ。なんで私が」

「単純です。お嬢様がトーファンを捕らえた現場を複数人が目撃、その噂は紆余曲折を経て一つの虚言を創出しました」

「その噂ってどんなものなの」


 トーファンの弾劾は極秘裏に遂行された。

 何故極秘裏なのか理由は国の矛であり盾であるべき騎士団長が裏で魔物と通じあろうことか守るべき民を売るとは言語道断。王家はこの件を内々で処理し無かったことを決断した。

 その際ミカサにお父様に私が関与したことは伏せるように頼み込んだのは言わずもがな当たり前。

 で問題は冒険者ギルドだが、そこはホーエンハイムさんが出向き事態の収束、国内を混乱させない為今回の件は無いものとして扱う旨を伝えてもらった。補足被害を受けた者はその後しっかりと生活していけるよう手厚く介助したのは忘れてないよ。

 ホーエンハイムの信頼、被害者の救済をしっかり行い冒険者ギルドは何も文句を言ってこなかった時は無い胸を落とした…………、胸はこれからに期待です。

 ここからが肝心の噂話。

 トーファンの退役は一身上の都合というもので片がついたが、王女が単純に嫌っていた騎士団長を排斥つまりまたもや王女の我が儘が発動したという内容が民衆に流布していた。


「噂を敢えて否定しなかったのもトーファンのせいね」

「はい。否定すれば、真実が明るみになる恐れがありましたので。因みにお嬢様にお伝えしなかったのは当然知っているものと思っていましたがその反応ご存知ありませんでしたか」


 バタンっ!いきなり扉が開けば、さっき別れたばかりのパーシャが現れた。


「パーシャ、今日の視察は取り止めになったと通達が行った筈では?」

「そんな些細なことで来てません。ヒュージが挙兵しました。軍勢はおよそ二万」


 私とミカサはお互いに目を合わせ驚く。

 だって早すぎる。

 諜報暗部が挙兵の動向を見逃すなんてあり得ない。しかもヒュージにそこまでの求心力があるとは今でも思えない。


「バカなっ今このタイミングでか」

「えぇさっき使者が王城に来て、文を国王に」

「しかもそれだけではないんですレテシア王女」

「ヒュージの挙兵に呼応するかのように、アンダルシア帝国との国境付近で帝国兵に動きありとの報告が王城に届きました」


 立て続けに舞い込む報告。

 過去の記憶を遡れど反乱時は反抗貴族のトップ、バッハルメン侯爵が旗手を務めその数は一万。しかもそのタイミングで帝国が介入したことは一度としてない。それが崩れた。

 

「これは不味い急ぎお父様に謁見の用意を!!!」

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