外伝十一話 同世代の星
「だから、お前がやったんだろ!? 証拠は挙がってるんだぞ!!」
「そ、そんな!? 私は無実です、信じて下さい!!」
「しらばっくれるつもりか? 目撃証言は多数……某月某日貴様がとある高名な老婆をあろう事か鈍器で一撃殴打したという証言はすでに取ってある」
「そ、そんなはずはありません! 私が殴ったのは二発で……は!?」
「語るに落ちたな! 確かに実際には二発だったらしいが、何故それを知っている?」
「く……しかし、ならば兵士さん。私は確かにあの老婆を殴打したかもしれない、けどあの老婆は私の倍は拳を叩き込んで来たのですよ!? 私は被害者です!!」
「嘘を吐くんじゃない! そんな老婆がこの世に存在するワケがない!!」
バン、と机を叩く音が取調室に響き渡る。
白熱したやり取りが繰り広げられるそんな緊迫した空気の中、冷静な……というよりも心から呆れた声が横から聞こえて来た。
「……ロイド、取調室で遊ぶんじゃないぞ。同郷が職場に来てテンション上がるのも分からんでは無いが」
「あ……すみません先輩。空いている部屋がココしか無くて……」
先輩の注意に気まずそうに顔を赤らめてペコペコするロイド先輩。
注意した同僚の方も厳重注意という風でもなくヤレヤレって感じで立ち去って行き、職場での彼の立ち位置も悪いモノでは無さそうだ。
団長さんの計らいで昨夜までの情報を少々開示してもらう事になったが、先輩が言った通り丁度いい部屋が無かった事で取り調べ室を使わせてもらっているワケだが、ちょっとだけやってみたかったんだよね~コレ。
「出来れば有名な泣き落としまでやりたかったけど、さすがに怒られるかな?」
「まあ程々にしろって言われたからな、この辺にしておこうぜ。詰め所じゃ結構よくあるお遊びではあるがな」
「あ、やっぱり?」
ちょっと得意げな感じで詰め所の裏事情を口にするロイド先輩……彼も立派にお仕事しているのだと思うとしみじみする。
「しっかし……こうして口にしてみると確かに高名な老婆に倍以上殴られたって現実味が無いよな~孤児院出身の俺らにとっては日常だったからよ」
「あの婆さんが大聖女だって事が本来はこの世の不思議でしか無いんだけどね」
「で、その妖怪ババアとリリーはそこまでやり合えるくらいに成長しているワケか。さすがと言うか何というか……あの光の聖女のシエルと肩を並べて、大聖女と組手が出来るお前が未だに自称凡人を名乗るのは無理が無いか?」
「何を言ってるんだか。アタシは諦め悪く色々積み重ねただけ……私の今の仲間たちを見てりゃ益々凡人でも登れる道があるって分かっただけに過ぎないよ」
元々魔法の才能に欠陥があった事から私が手にした狙撃杖を皮切りに、私は自分の力の限界を見切り、違う道を探す事を繰り返して来た。
その生き方に疑問を持たなかったワケでは無いが、ギラルみたいに常に柔軟な思考を繰り返す実例を見ていれば、高みを目指すルートは無限に存在する事に気が付ける。
ルールの決まった競技ではないのだから、実戦の強さに置いて道を選ぶのも狭めるのも自分次第の話。
結局私はどこまでも凡人でしかないのさ。
「その辺を実践して努力と研鑽を繰り返すだけで既に凡人とは言わないんだがな。まあ俺達本当の凡人は日常の出来る事をコツコツやるだけだがな」
「それはそれで充分凡人とは言わないでしょ。仕事を完遂する為に愚直に邁進する……ロイド先輩だって立派な仕事人だろ」
「……ふん」
ちょっとだけ照れた様子を見せたロイド先輩は机の上に広げた幾つかの書類を手に取って見せて来た。
内容は今まで捕まった襲撃事件についての犯人のリストと使用された凶器『銃杖』についての様だけど……。
「さっきも言った通り、今現在詰め所の方でも判明している事はさほど変わらない。昨日捕らえられた連中からの情報も精査されていないが、少なくとも裏の繋がりを示す事は何も分からなかったな。大抵は没落した貴族共が成り上がりをやっかんでってパターン」
「アタシの独自ルートでの情報もそんなもんだよ。逃亡した連中を追っている王国の別組織もあるみたいだけど、その人たちも皮肉にも連中が弱すぎる事で足取りが全く辿れなくて困っているみたいでさ……」
「……逆にリリーの方が俺達よりも情報を持っているんじゃないか?」
昨夜バサラが得た調査兵団の情報を口にすると目を丸くされてしまった。
ちょっと喋り過ぎただろうか?
それからも詰め所で集まった情報は似たり寄ったり、厄災の時に放出された『銃杖』をルート不明で横流しされた没落貴族共が邸を単発的に襲うという流ればかりだ。
八方ふさがり……そう思い始めた辺りでロイド先輩は不意に気になる事を呟いた。
「情報を辿れない事も気になるんだが、問題は普通の組織的犯罪に比べると利益の吸い上げの構造が見えないんだよな」
「……どういう事?」
「そのまんまの意味。武器の供与までして末端に犯罪を犯させているんだから、動かした側には何らかの利益が無いとおかしいだろ? 犯罪組織だったら分かりやすく上納金みたいな……だけど今回の事件はどれも場当たり的過ぎて、そもそも成功させる気があるのか疑問だ」
成功しても失敗してもどっちでもいい。
それはこの事件に関してずっと言われていた事なのだが、確かに利益的に考えても武器を供与してまで貴族の邸を襲わせるメリットが無い。
「で、真っ先に浮かぶのは現存する貴族たちの中でもっと上に行く為にダメ元で襲わせている輩がいるんじゃないか? って辺りだが……」
「う~ん……確かに無いとは言わないけど、現存する貴族連中が今そんな事考えている余裕があるような気がしないのは私だけかな?」
「だろ? 実は俺達も同じ事を思ってる。厄災前だったらそんな貴族連中はごまんといたもんだが、今はどこもかしこも人手が足りない」
変な話だが厄災を経て大量の王侯貴族が逃亡、または消失してしまった事で今の貴族連中は仕事を回せる連中“しか”残っていない。
清廉潔白だろうと腹黒であろうと、誰もが自分以外の仕事を抱えるヤツがいなくなればその仕事が自分にのしかかって来るリスクを理解しているからか、そう言った裏での政治闘争をしている暇がないのだ。
人間は暇な時程余計な事を考えるとはよく言ったモノで……今は金と女にしか興味の無かった教会長すら忙しくしているらしいからね~。
確かにあんまりピンと来ないんだよな~。
「う~ん……あんまり利益とかを優先で考えるから袋小路になってないかな? ちょっと原点に立ち返って見ない?」
「原点……と言うと……」
「組織的な利益とか考えるから深読みしている気がするんだよね。もっと単純に連中をけしかける理由を考えてみた方が良いのかも」
実行犯の没落貴族共は分かりやすく目的は金と逆恨みだろうけど、そいつらをけしかけた誰かからはそのどちらも当てはまる気がしないのよね。
アタシのその考えには先輩も同意の様で頷いていた。
「確かにな……一端最初から見直す方が早いのかもしれん。ラルフの『銃杖』での押し入り強盗に限ら没落貴族連中が活発になり王国軍の検挙率が増加した辺りから洗い直してみるよ。金と怨恨以外の視点を重視して」
「……先輩の立場的にマズかったら結果については無理に知らせなくても大丈夫だからね。冒険者に話しても良い程度だったらよろしく」
喩え同じ釜の飯を食った同郷の出とは言え、彼の立場を揺らがせる気は無い。
しかしそう言うと、ロイド先輩はガキの時に迷惑をかけていた時と同じ兄貴分としての笑顔を見せた。
「水くせぇ事は言うなよ。俺だって正義の味方をしたいんだからな! 何か分かったら知らせるから楽しみにして置けお転婆ツートップ」
「……その名は捨てたつもりだったんだけどな~シエルと一緒に」
*
結局あまり新しい情報を得る事は無く私は詰め所を後にした。
シエルはまだまだやる事があるらしくこのまま解散、アタシはその足で魔導武具の工房、ラルフの店に向かう事にする。
何日も引きこもっていたヤツだけど今日はしっかりと店を開いているようで、覗いてみると作業台で『銃杖』の手入れをしていた。
こうして作業している時はしっかりと職人の顔をしているんだよね……恋愛ごとにはからっきしだと言うのに。
「ちゃんと店を開けているようだね、感心感心」
「……昨日の今日で店閉めていたら今度こそお前に扉を吹っ飛ばされる未来しか見えなかったんでな」
アタシの軽口に相も変わらず陰気な空気は醸し出してはいるものの、しっかり返事が返って来る辺り一応は立ち直りかけていると見て良いのかな?
そう思ってラルフの傍らに山積みになっている『銃杖』に気が付いた。
今やっているのはこれらの整備作業って事みたいだけど。
「それってもしかして押収された『銃杖』なの? 軍から返却されたワケ?」
「ある程度だがな。幾ら何でもこのままじゃ俺が損しているばかりで不憫だからってロイドの兄貴が上に掛け合ってくれたんだ。まあこれでも全体の一割に満たないけど」
厄災の時に放出したまま帰って来ずに犯罪に利用されてしまっていたワケだからな……ラルフにとってはマイナスどころか風評被害まで付いて来る不幸でしかないものね。
ロイド先輩はそんな後輩を不憫に思ったらしい。
「アタシもさっき情報を貰ったりしたけど……なんだかこの年になってもロイド先輩には世話になりっぱねアタシ等。ガキの頃から散々面倒掛けていた身としては少しは報いたいとこなんだけど……」
多分そんな事を言ってもあの先輩は苦笑しながら『気にするな』って言うに決まっているんだよね……本当に頭が下がる。
「ま、俺なんかは本当に世話をかけっぱなしだけど、リリーはちょっと違うだろ?」
「……どういう事?」
「何せお前は俺やロイドの兄貴を含めて、あの当時孤児院にいた同世代に取って希望の星だったからな」
しかし唐突にラルフが口走った言葉にアタシは面食らってしまった。
アタシが……希望の星だって?
「何言ってんのさ、同世代での希望の星って言うならそれこそシエルの事だろう。あの娘に勝る出世頭は他にいないだろうに」
「シエルは……確かに光の魔力に秀でた人ではあったけど、言い方が悪いけど天才の類だったからな。巡り合わせが無かったら俺達凡人には背中すら見えない存在だったハズなんだよ」
「……それは否定しない」
「でも同世代の中で体格的にも魔力的にも、誰よりもハンデのあったはずのリリーが努力と創意工夫でそんな天才と肩を並べているのを目の当たりにし続けて……俺達はシエルを特別な存在じゃなく“一芸に秀でた仲間”として見ることが出来た。そして皆それぞれ自分が進むべき道、やるべき事に気が付けたからな。ロイドの兄貴は知らないが、俺はお前が居なかったらシエルを女性どころか女神か何か超常の存在として近寄りもしなかっただろうさ」
「……何言ってんのさ」
何か……そんな風に言われるとむず痒くなってくる。
アタシの自己本位で自分勝手な“何が何でもシエルの隣に並び立つ”という目標が他の連中にとって影響を与えるモノであったと言われる何て思わなかったから。
「ま…………だからこそ一人の女性として見てた俺は今失恋しているワケだが」
「自分で言っておいて勝手に落ち込まないでくれるかな? 何もしなかった点では大して変わんないじゃない」
「うぐ……」
話の浮き沈みがあってもやっぱりコイツもプロの職人、次々と『銃杖』を分解して整備していく作業に淀みは無く、一種の芸術と言えるほどその技法は美しい。
ガチャガチャと分解されて掃除、整備、交換が行われた『銃杖』が整備済みとして徐々に綺麗に並び始める。
「ところでこれを扱った没落貴族の強盗共について、職人側からは何か無いかな? 今の所黒幕に通じる手がかりが無くてさ」
「う~ん……さすがに分かんね~よ。今回先輩に戻して貰ったコイツ等も精々使い古されたな~ってくらいしか」
「使い古され……ああそうか。『銃杖』はあんまり他人が使って良い魔導武具じゃないものね。他者の違う魔力が重なると魔石が劣化しやすい」
それは『銃杖』という魔力を弾丸で打ち出すという特殊な魔導具ゆえの特徴。
アタシの『狙撃杖』だって使用頻度が多くなれば魔導回路も砲身もドンドン劣化して行くのは否めないけど、それ以上に劣化するのは色々な人が回して使えば一時的に魔力をため込む魔石が受け入れられずにドンドンとひび割れ黒ずんで……最後は砕けてしまう。
「他の魔導武具に比べて浮気には敏感だからなコイツは……だからこそ使用者の特性、クセにドンドンとマッチして行く相棒になりうるんだが」
そう言いつつ次の『銃杖』を分解して取り出された魔石は、最早石炭と思えるほど黒く変色してしまっている。
「ここまで劣化するとは……一体どれだけ使いまわされて来た事やら」
「はは、まあ没落貴族が手入れ何てするとは思えないしね……ん?」
その時アタシはラルフの言葉に何か引っかかった。
何が……と言うとはハッキリとはしないのだけど、何か重要な事のような……。
と、その瞬間唐突にラルフから腹の音が聞こえて来たのだけど、ヤツはその音を無視して作業に没頭している。
「……ちょっとラルフ? そう言えばアンタ、ちゃんと飯食ってるんだろうね? 昔から作業中に食事を忘れがちだったけど引きこもり期間も何か食ってたとは思えないし」
「いや……その……色々と時間が無くて……いて!?」
ラルフは気まずそうに眼を逸らし……アタシは狙撃杖の柄をヤツの脳天に落とした。
ったくコイツは……いつもいつも自己管理がなってないんだから。
「しょうがない……台所借りるよ。何か食材はあるだろ?」
「ええ!? リリーって料理出来るのか!?」
「……今度は脳天に弾丸の方を喰らいたいのか?」
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孤児院で一緒だったころと何も変わらない幼馴染とのやり取りをしていたこの時のアタシは、この時予想する事も無かった。
その翌日、遅くまで調べものをしていたロイド先輩が何者かに暴行を受けて重傷、意識不明になってしまうだなんて……。
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