第10話 馬鹿につける薬はない
浮気相手をベタ褒めしている
コローナ・フォン・シュレム子爵令嬢。
ふわふわのピンク髪と海のような青色の瞳を持つ可愛らしい顔立ちの女生徒。しかし良いのはその見た目だけ。学園での成績はどの科目を見ても下から数えた方が早いお馬鹿さんだ。
それに優しくする相手は高位貴族の男性のみ。
調理実習の授業ではクラスメイトに調理を押しつけて出来上がった料理を自分が作ったかのように男子生徒に振る舞う女子生徒からの嫌われ者。そして今婚約者様に「彼女の刺繍入りのハンカチだ。すごいだろ」と見せられている物は既存品。お店で売られてる安物だ。
どこが最高に可愛らしい女性なのでしょうね。
最高にお馬鹿な阿婆擦れ女ですよ。
「おい、聞いてるのか!お前がローナについて聞きたいと言ったから話しているのだぞ!」
聞きたいとは一言も言ってないです。婚約者様たちが城下町に出かけてお揃いのブレスレットを買ったという話を私が聞きたいと本気で思っているのでしょうか。
そろそろ周りの人たちの反応を見てほしい。今にも倒れそうになっている使用人たちが可哀想だ。
「ローナはお前とは全然違うよ」
「そうですか」
あれと一緒にされたらそっちの方が不愉快で屈辱的だ。私は婚約者がいるような男性に迫ったり、他人を故意に貶めたりしない。
「ローナは愛されるために生まれてきたような子だ」
「そうですか」
それは子爵令嬢に限らず多くの人間に当てはまることでしょう。
彼女だけが愛されていれば良い世界などこの世に存在しません。彼女がそれを望むのならその世界を本の中でも書いて差し上げたらよろしいのでは。
「ローナは幸せになるべきだ」
「そうですか」
まるで私が幸せになるべきじゃないと仰っているようですわね。このまま婚約者様といたら幸せにはなれそうにないですけど。
「僕はローナと結婚がしたい!」
うわぁ、ついに言いましたよ。
仮にも婚約者である私の前で言いましたね?
婚約者様の後ろに立っていた使用人たちが地面に座り込むのが見えた。こんな会話を聞かせてしまって申し訳なくなる。
「そうですか」
それだけ返して紅茶を口に含む。もう帰っても良いだろうかと席を立ち上がり、婚約者様に礼を取る。
「美味しいお茶でした。私はこれで失礼させて頂きます」
「は?ちょ、ちょっと待て!」
後ろから止まるよう声が聞こえてくるけど聞こえないふりをして城内に戻ると壁に凭れかかるウィルフリード様がいた。
「ご機嫌よう、ウィルフリード様」
「やぁ…」
ウィルフリード様の声には覇気がなく、ふらふらと手を挙げて挨拶を返してくる。顔色がかなり悪い。お医者様に診てもらった方が良いと思うくらいに真っ青だ。
「顔色が悪いですね、お医者様をと呼びしますか?」
「大丈夫。これはあいつの馬鹿っぷりに当てられただけ…」
あぁ、さっきの婚約者様と私の会話を聞いてしまったですね。
ウィルフリード様がいると気づいていたら不愉快な会話を聞かれないよう防音壁でも張っておいたのに。
「申し訳ありません」
「なんでリアが謝るんだ?謝るべきはフリッツだろう。あいつ医者に診せた方が良いんじゃないか」
確かにそうかもしれない。ウィルフリード様の視線を追って婚約者様の方を見ると私の愚痴でも言っているのか、それとも子爵令嬢のことを惚気ているのか楽しそうに話している姿が見えた。
「やっぱりあいつを医者に診せるべきだよ」
「馬鹿につける薬はないですよ」
「もしあったとしてもフリッツは治らないと思う」
ウィルフリード様の言葉に深く頷いた。
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