第拾玖話 旅路のなかで



 翌日、空に陰りはあれども返ってそれが涼しく、歩けば身体も程よく温まるであろう日和、九郎丸達は宿を発つこととなった。



「なるほど、娘さんの村にねぇ……。まぁ、落としどころとしては賢明ですか、貴方にしては」


「アハハ……」



 九郎丸は後頭部を掻きながら、乾いた笑い声を漏らした。見送りに出た、この世話焼きで対人経験豊富な宿の女将に、どういう訳だか九郎丸は強くものを言えない。その事を九郎丸は昨日の一件で十分に学んでいた。



「安心してくだせぇ! 九郎丸さまにゃ苦労はさせんけぇ!」



 マサが少々調子はずれなことを高らかに宣言する。



「あらあら、これじゃまるでお嫁に貰われていく娘さんのようですね」



 それを聞いた女将が片手を頬にあて、九郎丸を揶揄った。これにも九郎丸は力なく笑うしかない。



「ねぇ、九郎丸さん、お辛いことがおありでしたでしょうけれど、これからきっと良いことがありますからね。この娘さんと共に行くのは、きっと貴方の行いの報いです。ですから、もうそのように笑うのはお止めなさい」


「有難う御座います、そう言ってもらえると少し安心できる」



 しかし、それでも九郎丸はただ困ったように微笑みを浮かべるのだった。女将はその様子を見て一つため息を吐く。



「まぁ、直ぐにとは言いませんけれどね……。さ、新たな門出です、幸多からんことをお祈り申し上げていますよ」


「世話になりました、またいつか」


「どうも、ご迷惑をおかけしましてぇ」



 九郎丸の言葉に合わせて、マサがぺこりと頭を下げた。九郎丸の傍らに寄りそう辻もそれに倣って控え目にお辞儀をする。



「またいつでもお越しください、みうら屋はいつでも歓迎いたします故」



 そんな言葉に見送られ、九郎丸はマサの案内のもと、辻を伴ってその宿のある町を後にした。



 心晴れやかに宿を発った一行であったが道中、些細な一つ困りごとがあった。

つまりそれは、九郎丸の歩みは遅く、辻もまた然り。



「済みません、歩きにくいでしょう?」



 息を切らした九郎丸の言葉に、マサは首が取れるのではないかと案じる程激しく首を振って否定した。


 マサはおなごにしては驚く程健脚であった。足の悪い者に歩みを合わせるのは難しく、それが昨日今日会ったばかりの人間であればそれは当然と言えよう。自分が遅れる度、顔を真っ赤にして平謝りしながら駆け戻ってくるマサを見るのは少々居た堪れなかった。


 だが、意外にもそれはすぐに問題ではなくなった。


 九郎丸とマサが言葉を交わしながら道を行くこととしてからである。

マサとの会話の中、九郎丸は辻にも言葉をかけ、辻もそれに確かな反応を見せた。最初はマサと九郎丸、九郎丸と辻の間でのみ交わされていた会話であったが、次第に辻もマサの言葉に頷きを返すようになり、三人の話には花が咲いた。そうなれば自然、もう置いてけぼりを食らうも食らわせることも久しくなくなったのだった。


 会話というのは大抵、声のはっきり聞こえるような近さで肩を並べ、相手の顔を見て話すものだから、そうしていれば相手の様子がよくわかるのだ。



 マサの健脚は九郎丸の牛歩と歩みを同じくし、次第に調子を揃えていった。

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