第4話 超人たちの思惑

「ウィーッス、今日も仕事を始めますよっと」


やる気なしの俺の声に社内で反応する人はいない。

本当に干されてるんだな。そう実感できる瞬間だ。


「夜内さんは、超人って知ってますか?」


そんな中、俺に珍しく話しかけてくる奴がいる。

見るとそこには、俺の一つ年下で数少ない親友である同僚の佐藤圭一がいた。


「噂なんですけど、今巷で言われてるんです。特殊能力を持っている超人がこの世に居て、僕たちの知らない所で暴れまわってるって」


なるほど、俺みたいな奴のことだな。

でもそうは言わず、俺は知らん顔で応える。


「聞いたことないな。そんな奴いるなら会ってみたいぜ」

「相変わらず冷めてますね。でも、夜内さんには余り縁がなさそうな話ですよね」


そう言って、今度は別の人間に同じ話をし始める圭一。

チェッ、超人がどうとか、もうすでに予習済みだっての。実戦も済ませてるしな。


『つまんねー奴しか居なそうだしな。アイツらと付き合う理由なんてないっての』


そう思いながら、俺は仕事という名のネットサーフィンを始めることにした。



===============



「はい、超人ナイトメアは間違いなく彼です」


僕は、佐藤圭一。今はとある人と電話している。

表向きは普通の会社員。けど僕にはもう一つの顔がある。


「組織屈指の実力者である、ガイア、プラザ、トーンを倒した実力は感じられませんが、それでも用心するに越したことはありません。様子をもう少し見ましょう」

『嘘を見破る力を持つ看破超人の貴方がそう感じるのであれば、それがベストなのでしょう。しかしなるべく早く確保する必要があります。ナイトメアは野放しにするには危険すぎます』


僕はスパイだ。特殊能力を持つ正義の超人組織『オメガ』の一員として、日夜いろいろな人の嘘を見破りながら情報を集めている。


『手に余るようなら、四天超人を送ることも考えましょう。流石のナイトメアでも我々の最高戦力である最強の四人を相手にするのは不可能なはずです』

「いえ、そこまでする必要はないです。後は万事、僕にお任せください」

『期待していますよケイ。何としてもナイトメアを止めるのです』


そして電話が切れた。今のは、超人組織のトップの人だ。

僕も直接は会ったことは無いが、コードネームは『マリア』らしい。


「超人ナイトメア⋯⋯得体の知れない男だ」


マリア様にそれを言うことは出来なかった。

僕が彼女に報告したのは全くのあてずっぽうだということを。


何故なら夜内さんには、僕の嘘を見破る能力が通用しないのだから。

だから僕は彼がナイトメアだと思ったんだ。だって直接見た全ての人間の言葉の真偽を理解できるはずの僕がそれを聞きとれないのは、それだけで『異常』なんだから。


「夜内さん、貴方は何者なんですか?」

「何者って、ただの会社の穀潰しだよ」


!! 気配すら感じなかった!

気が付いた時、僕の背後には夜内さんが立っている。


「何一人でブツブツ言ってんの?」

「い、いや、何でもないです!!」

「お前は将来有望なんだからちゃんと仕事しておけよ。あまりサボってると、俺みたいになっちまうぞ」


そんな言葉を残して、会社下のコンビニに向かう夜内さん。

知らず知らずの内に、背中を冷や汗が流れる。


報告では、ナイトメアはガイア、プラザ、トーンの三人を倒したらしい。

更に、超人の特殊能力を見抜く力を持つ分析超人ソラの分析ですらも、彼の正体を見抜くことは出来なかったそうだ。


「そんなことがありえるのか?」


有り得ない。そんなことが出来るとするなら、悪の思想に染まった超人たちの集団である悪の超人組織『シグマ』のトップ超人くらいだ。


もしかしたらナイトメアは、悪超人組織シグマの関係者なのかもしれない。

いや、それはない。何故ならナイトメアはシグマに属している超人も過去に倒している。ということは本当に、何にも属していない超人なのか?


ダメだ、考えすぎると疲れてくる。

僕は頭を冷やすために、会社のバルコニーに向かった。


「佐藤さん。この時間にここに来るのは珍しいですね」

「あ、相沢さん!!」


思わず声が上ずってしまった。

そこに居るのは、我が社でも屈指の有名人である相沢さんだった。


僕は内心、彼女に恋焦がれる気持ちがある。でもそれを表に出さないようにした。


「今日は良い天気ですね。ご機嫌はいかがですか?」


相変わらずお美しい。彼女を見ているだけでも癒されるようだ。


「仕事も順調ですし、充実していますよ。少しプライベートで良い話がないのが残念ですが」

「そうなんですか? 実は私もそうなんです、仕事とプライベートを両方上手くこなすのは中々難しいですよね⋯⋯」


彼女にそんな悩みがあるなんて意外だった。

フィアンセが有名なIT企業の社長というのは有名だし、プライベートでも十分に充実しているかと思っていたが⋯⋯


「彼は仕事ばかりで全然私に構ってくれないんです。やっぱり距離感が一度でも生まれちゃうと、中々上手く行かなくて」


そういう彼女は、上目遣いに僕を見ていた。

それは何処か誘惑的で、背徳的な何かを感じさせる目だったかもしれない。


「最近は身近な人でいい人がいないかな⋯⋯って、ちょっと思ってたり」


嫌でも高まる僕の心臓の鼓動。

それは何か僕に対して訴えかけているような、そんな感じすらしていた。


「ぼ、僕はちょうど最近休日は暇なんです。それに、女性とお付き合いしたりするのも最近はご無沙汰ですし⋯⋯」


一瞬、『不倫』『二股』という二文字が脳裏に過る。

でもその文字列たちは、相沢さんの輝くような笑顔ですぐに覆い隠された。


「それじゃあ⋯⋯明日、ちょっと一緒にお出かけしない?」


有給なら十分すぎるくらいある。そんな考えが頭に浮かんだとき、もうそこからは彼女の言われるがままになったような、そんな状況だった。


「はい! 行きましょう!」

「彼には上手く言っておくわ。女友達とお泊りに行く、ってね」


彼女は胸元からメモ帳を取り出すと、軽く走り書きをしてビリっと破る。


「これは私のメールアドレス。後で、ここに連絡して」


そう言って相沢さんは自分のデスクへと戻っていった。

手に持つメモの感覚を確かめるように、僕は軽く紙を転がす。


背徳的な感覚と、えも知れぬ達成感がごちゃ混ぜになったような気持ち。

それでも僕はガッツポーズを作ってしまう自分の手を、止めることは出来なかった。


「そ、そうだ、僕には超人としての仕事が⋯⋯」


確か明日には、オメガの超人たちが一堂に会する会議があったはず。

でも、僕の本音は少しずつ相沢さんとの不倫旅行に傾き始めていた。


「一回くらい⋯⋯サボってもいいよな」


そう自分に言い聞かせる。

普段から無断欠席をしたことがない僕なら、一回くらいサボっても誤魔化せるはずだ。それに会議でもそれほど重要な話はしないと聞いているし。


「よし、それがいい。そうしよう」


そう自分に言い聞かせながら、僕は職場へと戻ることにした。



=====================



「あの男は、間違いなくオメガの諜報員コードネーム『ケイ』です」


私は、相沢智子。

表向きは製薬会社に勤めるOL。でも私には別の顔がある。


『でかしたぞ、ロータス』

「お褒め頂き光栄です」

『早急に始末するのだ。我らシグマを脅かす者に容赦をする必要はない』

「了解しました。既にあの男は私の手中、隙を見て殺すのは造作もありません」

『期待しているぞ、魅惑超人ロータスよ』


私は魅惑超人。私が誘惑したいと思った男は、どんな人間でも虜に出来る。

そして私は超人組織シグマの一員でもあった。


「私が少し色気を出せば、男なんていくらでもついてくる。商談も恋愛も、全て私の力の前では余興だわ」


私がシグマに入った理由。それは簡単よ。

シグマの理念は『超人が一般人を支配する社会の実現』私はそれに惹かれたの。

だってそうでしょう? 私は能力を持って生まれてきた、選ばれた存在なのよ。


もう一つの超人組織であるオメガの理念は『超人能力を用いた社会貢献』だけど、私はそんなの大嫌い。選ばれた存在である私たちが、何でそんなことをしなきゃいけないのかしら? 世界はもっと超人を中心として動くべきなのよ。


だから、そんな社会を実現するために私は何でもやる。

シグマの創設者であり崇高な理念を掲げておられる『プロテア』様の期待に応えるのが今の私の使命であり、そして生き甲斐なの。


「だから佐藤君。悪く思わないでね」

「おいおい、佐藤に何か悪戯でもしようとしてんのか?」


後ろから声がした。振り向くとそこには、我が社の問題児がいる。


「何かブツブツ言ってたな。佐藤の奴も何か言ってたけどさ」

「そ、そんなことないわよ。さあ早く仕事に戻りなさい」

「何だよ。少しくらい話し相手になってくれてもいいじゃねえか」


そう言って帰っていくその男。


夜内京一。彼だけは良く分からない。

どんなに誘惑しようとしても、彼だけは一向に反応がないし手応えもない。

何らかの超人である可能性もあるけど、オメガの記録にもシグマの記録にもない。とことん正体が分からない存在。そして一番の不確定要素。


ただ、それほど心配すべき存在とは思わない。

だってあの人、お馬鹿さんだから。


「それに、邪魔になったら殺せばいいわ」


彼が居るおかげで、私が少しくらい不可解な動きをしてもバレないんだから。

もしフリーの超人なら、いつかシグマに勧誘してあげてもいいかもしれないわね。


「せいぜい私のために囮になって頂戴。ね、夜内くん」


彼には存在を気にするだけの価値もないわ。

だから精々、私の隠れ蓑になってね。お馬鹿さん。

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