十三・復活 その12

             *           *


 食後、さっさとテントに戻った峰川と久山は、早速、相談の続きに入った。

「食べてるとき、聞こえたんだけど」

 峰川は声を潜めて始めた。

「どうやら塚さん、バンガローの鍵を借りたらしいわ。つまり、堀田真奈美を呼び寄せるのは間違いない」

「じゃあ、困りますね。朝まで出て来ない可能性が大」

 計画に齟齬が生じそうなのを感じ取ったか、久山は難しい顔をした。

「予定変更と行きましょう」

「どうする?」

「堀田さんがテントを出て行ったら、すぐに追いかけて、やっちゃうしかないでしょう。作業は、塚さんが妙に思って動き出すまでに、素早くやり終えないといけませんけれどね」

「それがよさそうね。で、凶器はどうするのかしら。ニュースで知った限りでは、斧と鉄の棒がほしいわ。ジュウザと同じようにしなくちゃね」

 口元に人差し指を当て、思案下にする峰川。その答は、久山が用意していた。

「斧は、物置小屋にあるみたいですよ。管理も大したことなさそうです。鉄の棒の方は、バンガローの下に、それっぽいのを見つけておきました。ちょっと細いけど、見立てには問題ないはずです」

「目ざといなあ。感心しちゃう」

 くすっと笑ってから、峰川は言葉をつないだ。

「凶器は当然、現場に放り出しておくとして、目撃証言、どうしようか」

「峰川さんの方がお詳しいと思いますけど……身長二メートル、がっしりした体格、暗くて顔はよく見えなかったが、サングラスみたいな物をしていた。堀田さんが夜中に起き出すのを不審に思って追いかけた私達二人と遭遇。声を上げると、林の中に逃げていった――これで大丈夫じゃないですか?」

「待って。そうなると、どこで殺すかが重要になってくるわね。ちょっと、シミュレーションしとかないと」

「異論ないですわ」

 眼鏡の縁に手を当て、小さくうなずく久山。

「ついでに、凶器も調達しましょう」


             *           *


 管理人小屋に入るなり、生島は言った。

「芹澤君へバンガローの鍵、貸してやってくれ」

 煙草の灰を灰皿に落としかけていた手を止め、梨本は面食らった表情で聞き返した。

「何でまた?」

 対して、あらましをざっと話す生島。

「――そんな訳だから、あの二人を遠ざけ、従業員用のバンガローには、吉河原一人にする必要がある」

「なるほどねえ。それは分かったが……」

「何だ。何かあったのか?」

 相手のゆっくりした言い方に歯切れの悪さを感じ取ったのか、生島は捲し立てる風に尋ねた。

「うん、ちょっと野暮用ができてしまったんだ」

「野暮用って、何だい?」

「なに、すぐに終わる。先に行っててくれないかな、生島さん。俺も用が終われば、駆けつけるからさ」

「どれぐらいかかるんだ?」

「急いでやって一時間弱……ってところだな」

「ふむ。まあ、吉河原の自由は奪ったから、金のありかを詰問する程度までなら、一人で充分だが」

「頼むよ。恩に着る」

 両手の平を合わせ、拝む梨本。

「ま、いいさ。あんたのおかげでうまい話にありつけるんだからな。なるべく早く切り上げてくれよ」

「ありがたいねえ。それこそ相棒ってもんだ。わはははは」

 梨本は笑う段になって、急に声を大きくした。そしておもむろに腰を上げる。

「じゃ、さっさと済まして来るか」

「そうしてくれ。私は吉河原のところに行って来る。――あ」

 片手を上げ、生島は小屋を出る寸前の管理人を呼び止めた。

「何だい?」

「先に、芹澤の坊やに、鍵を渡しておいてくれよ」

「おお。そうだった、そうだった」

 額を自らぴしりと叩き、失笑する梨本だった。

 彼が出て行ったあと、煙草をくわえ、勝負前の一息をつく生島が、ふとつぶやいた。

「江藤さん、まじに遅いな……」


             *           *


 斧を握りしめた両手をだらんと下げ、峰川は惚けたように突っ立っていた。いくらかの血しぶきを身体の前面に浴びた彼女の周囲は、一種異様な臭気が漂いつつあった。

「……」

 ぽかんと開けていた口が、金魚の呼吸のように動き出す。が、声にはならないらしい。

「どうするんですか、峰川さん」

 詰る響きを含んだ久山の声。丸眼鏡を外し、真顔で考え込んでいる風だ。

「峰川さんっ」

 返事のない峰川の肩を掴むと、久山は激しく揺さぶった。

「……あ」

 覇気に乏しい目が、重たそうに動いた。

「峰川さん。しっかりしてください。予定とだいぶ違いますが、やってしまったものは仕方ありません」

 幼子に説いて聞かせる調子だ。

「落ち着いて行動する。これが大事です。分かっていますか?」

「え……ええ」

 ようやく意識のある声を返した峰川。その途端、斧を落としてしまった。血溜まりに柄が浸かり、固まりきっていない血が飛んだ。

 そのすぐ横に、堀田真奈美の遺体……。

 額を割られた彼女は、暗くて判然としないが、白目を剥いているらしかった。

「斧を手に入れるところを見られたから、予定を早めて殺したんです。その判断は間違っていません。むしろ、そうして当然でした」

 まだ言い聞かせるように、誉め倒すように久山が喋り続けている。普段の間延びした話し方は、すっかり影を潜めていた。

 峰川は暗い声で言った。

「分かったわ」

「――よかった。じゃ、これからの行動を言いますよ。ジュウザの仕業に見せかけるため、斧を使って頭部を切り離すんです。いいですね?」

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