第10話 惚れ薬

 その夜、夢を見た。

 巨人と数十人の仲間が、俺にあれやこれやといい、こき使われた挙句に、俺のあゆたんを奪って、自分達の思うがままにしようと拉致したのだ。俺は必至にあゆたんを守ろうとするのだが、数にモノを言わせ、小さな巨人達の集団に、足や手を縛られ、身動きが出来ない。その上、あいつ等が、俺が貰おうと思っていた惚れ薬をあゆたんに飲ませ、あゆたんときたら、俺の目の前で服を脱ぎだしたのだ。俺が必至に止めるも、あゆたんは巨人の言う事しか聞かず、服をどんどん脱いで行く。俺は、涙が溢れ、あまりにも悲しく、辛くて、その場で大声で泣きながら巨人を罵倒していた。あゆたんの形の良い(見た事ないけど)胸が露わになり、パンツに手をかけたところで、俺は頭を抱え発狂したのだ。


「巨人、マジ殺す。」


 パンッ、バシッ、ドカッ。


 何かが、俺の顔に噛みついたのか、顔面が痛く、頭も痛い。

 顔にも何かをかけられたのか、ビショビショで気持ち悪い。目を開けたいけど、変な液体が入ってきたらどうしよう、そう思いながらも、少しずつ、目を開けた。


 ブチッ!


「ぎゃっ。」

 頭に激痛が走った。痛みに驚き、ベッドから転がるように起きた。


 実際、ベッドからそのまま落ち、落ちた先のテーブルで足をしこたま打ち付け、足を庇おうと手を伸ばした先に辞書が積み重なれており、そのまま崩れ、手の甲を辞書の角で打ってしまった。その状態で、しばらく悶絶する事、数分。


 ようやく、少し落ち着くと、目の前にあの小憎らしい巨人が立っていた。

「お前、俺に恨みでもあるのかよ、あんなにしてやったのに、殺すとは、どういう事だ。」

 右手にペンを持ち、左手にものさしを持った巨人が仁王立ちしていた。


 多分、これが俺をベッドから落し、顔面を強打した武器なのだろう。顔中も濡れているので、枕元にコップが転がっているところを見ると、昨日の飲みかけのジュースが棚から転がったか、落ちたかしたのだ。

 目覚めとしては、超最悪だ。


「お前の方こそ何すんだよ。だいたい巨人が、あゆたんのパンツを脱がせようとするから。」

「ああっん。」

 ドスの聞いた声が響く。


「いつ、あゆたんのパンツを脱がしたんだよ。寝ぼけるのも大概にしろ。マジ、脱がすぞ。体中、なめまわしてやる。」

 下品にも程がある。


 ああ、俺の人生で、宇宙人と遭遇したのは奇跡と言ってもいい。だが、その奇跡を果たして今、使う必要があったのだろうか。この馬鹿を、地球にのさばらせていいのだろうか。


「何、黙ってんだよ。もう一回、頭の毛、むしったろうか。」

 どうりで頭が痛いと思ったら、こいつ、俺の毛、抜いたんだ。

 ぜってー、その内、踏み潰し、今度こそ河川敷に沈めてやる。


 ぶっそうな事を考えていると、ハタと思い出す。

「そういや、巨人。お前、惚れ薬があるって言ってただろう。なんで、自分の星に帰って使ってみないんだ。猫にきいたんなら、使えるって事だろ。」

 ふと、疑問に思って聞いてみた。


「あーあれ、まあ、そのうちな。そういうのって、男として情けないだろ。薬に頼るとか、やっぱ自力で恋愛はしたいし、無理やりっていうのもな。」


「何、言ってんだよ。自分のいいなりになるんだろ。俺に言ってたじゃんか、飲んだ女は俺の言うがままになるって、なら、飲ました方が早いじゃん。特に、お前みたいに、虐げられている奴等なんて。それに、俺にも分けてくれるって言っただろ。」

 巨人が俺を見上げ、じーと直視してきた。


(なんだよ。実は、ありませんってパターンか)


 小さく溜息を付くと、

「あー、あれには副作用があってさ。初めはいいんだけど、後々めんどうになるかもしれない。まあ、大成功って事になる場合もあるけど、それは、よっぽどっていうか、それならそもそも、その薬いらないって話なんだよな。」

 何だか煮え切らない。

 副作用っていうのが、だいたいどんなものなのだ。


「だから、それって何なんだよ。副作用が分かんないと、危なくて使えないだろ。」

「あー、だからさ、まあ、って、和樹、男なら当って砕けろだ。そんな薬に頼るなんて、男らしくないぞ。」

 うんうんと一人納得したように、頷いている。


 お前が、自分の星の女性が怖くて、作ったんだろうが。

 そもそも何だ、その気合いで何とかしろみたいな結論。

 それなら、巨人達だって、自分の星で頑張れって話だろ。

 心の中で悶々としていると、携帯のバイブが鳴った。

 桂からだ。


「俺、どうかした?」

「おはよう、須藤君。昨日、松永さんに話したら、須藤君と直接話したいっていうから、ラインを教えたよ。内容は伝えたから、後は直接交渉してくれる?ゲームの参加については協力するけど、松永さんとの仲介はこれまでって事でいいかな。」

「まあ、いいけど。ただ、松永はお前の彼女だから桂から言ってもらえると、協力的になってくれるのかなと思ってたんだ。」


 本人は別れたくても、松永の方は違うんだろうし、もう少し協力してくれても、そう思ってしまう。


「昨日も話してて、もう、無理なんだよ。嫌っていうか、しんどいっていうか、今日から家で自主勉だろ。本当、嬉しくてさ。校内で会う度に目合わせてくるし、何となく意識してくるんだよ。とにかく、みんなには気づかれないようにしてくれっていうのを、僕が言ってたから、それ以上の事はなかったけど、いつバレるかと思うと冷や冷やしてたよ。別れたいけど、さすがに僕だって鬼じゃない。卒業まではと思ってたんだけど、本当に受け付けないんだよ。須藤君、どうにかならないかな。」


 切実さが、ありありと伝わってくる。

「何で、そんなに嫌なんだ。松永って容姿は普通だけど、性格はさほど悪くないと思うけど。」

 携帯の向こうから、げっ、そんな声が響く。


「僕にもよく分からないけど、拒否感が凄いんだ。僕もこれ程、女子に思った事ないんだけど、最初に、なぜそんなに惹かれたのか自分でも不思議で、とにかく、これ以上は無理だからね。それから、別れる時には味方についてよ。」


 そう言うと、電話を切られた。

 スピーカーで喋っていた為、巨人にも聞こえたはずだが、一言も言葉を発しない。


(絶対、何か暴言を吐くと思ったけど、めずらしいな)


「巨人、どう思う。まあ、そのうち松永から連絡があると思うけど、もう二月になるもんな。早くしないと、この企画、ぽしゃるぞ。」

 そう言うも、巨人は何かを考えているのか、眉間に皺を寄せたまま微動だにしない。


(何だよ、お前がそもそも企画したんだろ)


「和樹。」

 俺を見上げ、何か決意したように、珍しくキリッとした表情を見せる。

「何だよ。」

「松永ん家に潜入する。お前、俺を連れて行け。そして、松永を引き付けろ。」


「何でだよ。」

「理由は後でだ。確かめたい事がある。」

「だいたい、松永ん家、俺知らないぞ。それに、何の話をしろってんだ。だいたい、 女子と接近するって、あゆたん以外ないんだぞ。パニックになるだろ。それに、今、受験生で、会ってくれるわけないだろ。」


 理由をとくとくと説明するも、巨人は全く無視、というか聞いていない。

「早く着替えろ、でないと、今度はあゆたんの部屋に侵入して、体を触りまくるぞ。いいのか、お前より先に、裸を見ても。」


 むむ、許せん。

「お前、俺を脅すのか。こんなによくしてやってるのに、酷い宇宙人がいたもんだよ。分かったよ、でも先に場所が分からないと無理だろ。もう一度桂に連絡してみるから。」


 何だかんだ言いつつも、巨人の言い分を聞いてしまう自分も情けないのだが、仕方ない、あゆたんを俺は守らなければならない。地球人からも、宇宙人からもだ。


 桂にラインを送ると、間を置かずに、家の地図と松永の携帯番号を教えてくれた。


(もうどうにでもなれだ。どのみち、松永に頼まないといけないんだし)


 パジャマから私服に着替えると、ダウンジャケットを着て、巨人をジャケットの中に突っ込む。ついでに、巨人におやつだ、そう言い、キットカットを俺のポケットに押し込んだ。


(何だろ、彼女がどういうものか分からないけど、彼女より手がかかる)


 小さく溜息をつくと、自転車の鍵を持ち、家を出たのだ。

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