第75話 それから、一ヶ月後。


 お父さんを撥ねた人とお互いに謝りあって、私の失言とその後の自殺未遂については許しあえた。


 お父さんの事については――許すとは言えなかった。

 だってそれを許したら、お父さんはあの死で正しかったという事になってしまう気がして。

 人生を狂わされたお母さんを見捨ててしまうような気がして。


 ただ『私が許せない事を気にしないでほしい』、とは言えた。

 幸せになってほしい、とまでは言えないけど幸せになってもいい、事故を気に病んで不幸にならないでほしい、と自分の気持ちを正直に伝えると、相手の人と両親から「ありがとうございます」と涙ながらに言われた。


 言いたい事が言えた後はすぐにおいとまさせてもらって、ラインヴァイスに乗って帰ってきた。クラウスは最初転移で帰ろうとしてくれたけど、


「今はできたらラインヴァイスのフカフカモフモフな背中に埋まっていたい」


 と言うとクラウスは個体にかける透明化じゃなくて中の空間を透明にしてくれる障壁を作ってくれて――ラインヴァイスはその中でいつもより大きくなって全身埋もれる状態にさせてくれた。


 真っ白くて温かい羽毛の中の感触にいつの間にか寝入ってしまってて、気づいたらベッドに寝かされていたのは少し恥ずかしかった。



 翌日からは身辺整理の作業に追われた。電話をかけてくる友人達は無視できずに「元気よ」と無難な会話をしたり、色々解約手続きする最中調べ物でしてみたり。

 クラウスに近所を案内してみたり漫画喫茶行ったりゲームしてみたり。


 流石に出かける時にずっと透明化は色々大変なのでクラウスには無難なパーカーとかシャツ、ズボンを買って金髪になってもらって行動している。


 これで外国人として周囲に溶け込める――訳もなく。

 芸術レベルで美しいクラウスは何処に行っても周囲の見る目がすごくて何度かモデルのスカウトもされたりした。

 でもクラウスが喋ると発音と口の動きに違和感が出てしまうので、私が全部断わった。


 そんな面倒臭さもあったけど未知の文明に触れて楽しそうにしているクラウスやラインヴァイスを見ているのは楽しかった。楽しかったけど――


(ダグラスさんにも、色々案内したかったな……)


 どんな反応するんだろう? 興味津々で目を輝かせるクラウスのようにあれこれ聞いてくるのかな?

 ロクでもない事言いだしてドン引きする事になるかな?


 脳裏にダグラスさんの姿が過る度に決断を迫られているように感じながら、あっという間に1ヶ月が過ぎて、マンションの退去日がやってきた。




 便利屋さんに家具やカーテンの処分をお願いして全て取り払われた部屋は自分が思っていた以上に広くて、寂しい感じがした。


 高校を卒業してから3年間、長かったような、短かったような期間を過ごした部屋に色々思いを馳せながら、不動産屋さんに鍵を返す。



 持っていきたい物は衣装ケースに詰めてクラウスの亜空間収納に入れてもらう事にした。

 お米に種籾に野菜や果物の種、お菓子に向こうでも読みたい本の他、亜空間に収納したものは劣化しないって言うから音楽やゲームをいっぱい取り込んだノートパソコンや携帯ゲーム機も一応収納してもらった。

 充電問題は魔法で何とか出来る。多分。


 ただこの辺は向こうで悪用されたりしないように気をつけないと。

 まあル・ティベルにはネットが存在しないから、悪用って言っても大した事は出来ない――ただ、ゲームとか強い娯楽が広まっちゃったらニートとか出てきちゃいそうだなというのは何となく想像できるから、紛失には気をつけないといけない。


 ちなみに取り込んだ音楽やゲームに使ったお金はソフィアからの慰謝料。

 ソフィアから振り込まれた金額は100万円近くあったから、慌てて電話して『本当に大丈夫なの!?』と聞くと『貴方、私を誰だと思ってるの!?』と叱られた。


 それからクラウスとあちこち見に行ったり美味しい物食べたりしてるのにまだ70万も切らない。


 読みたかった漫画は終わっていた物もあるけれど、続いてるものも結構ある。

 名残惜しい気持ちはあるけれどル・ティベルに戻るって気持ちは揺らがない。


 いつか優里に教えてもらえばいい話だし、仮に教えてもらえなくても残念、という気持ちで終われる。



 そんな訳で割と悔いのない地球生活がおくれていたけれどただ1つ、気掛かりな事があった。


(このまま誰にも何も言わずにまた行方不明、って事になるとまた変な話になりかねないのよね……)



 ――最初は皆に何も言わずにこっそり帰るつもりだったけど、一度帰ってきた身で騒がれてる状態でまた突然姿を消すのは都合悪いと思い始めるようになった。


 それに叔母さん達にも心配かけたくない。事情を話して、周囲には私が外国に行ったてから音信不通みたいな風に言ってもらえたら――




「……と言う訳なの」


 不動産屋さんに鍵を返した後、再び訪れた叔母さんの家で叔母さんと叔父さん、小鳩の前で私が異世界に行っていた事をあまり暗い話はせずにかいつまんで話す。


 私が何を言ってるのかよく分からない、という顔をする叔母さん達の前でクラウスに透明化を解いて姿を表してもらい、魔法を使ってもらったりラインヴァイスに大型クッションサイズに大きくなってもらったりした。


 私が言っている事が虚言でない事を示す為だったんだけど、新たな衝撃を与えてしまったみたいで叔父さんと叔母さんは口を開けたまますっかり固まっている。

 だけど小鳩は理解が早いのかラインヴァイスの体を手当たり次第に触ってモフモフを楽しみだした。


「身内に異世界召喚された人がいるとかマジ受けるんだけど! しかも子作りの為の召喚とか絶対無理!」


 この重苦しい状況でラインヴァイスと小鳩の明るさに救われる。


「……そんな訳で色々解約したし迷惑かけないようにしたんだけど、無言で去ると心配かけちゃうと思って」

「そんな訳もこんな訳もないけど……まあ……そうね。無言で去られるよりは……」


 叔母さんが我に返った所で改めて話を進める。


「向こうは自分達の世界の事極力知られたくないみたいだから、この事はこの世界の人には内緒ね? もし何か聞かれたら『この間超イケメンの外国人彼氏連れて挨拶に来たから外国行ったんじゃないかしら?』とか適当に言っておいてほしい」


 クラウスと人目につく場所で行動を共にしたのはそういう計算もある。

 やや強引な手段ではあるけど親戚の証言と顔が知られている私がクラウスと行動を共にしている姿を見られる事で(何かカッコいい外国人といたから何処か外国行ったんじゃない?)という噂が立てばただ行方不明になるよりは騒がれないのでは、と思った。


「あ、それとこれ、私の口座……クレジットカードは解約してあるから。未払い分の引き落としで20万位引き落とされるけど、今口座に入ってる分で耐えれるはずだから。隣の封筒は私の残りの所持金。何かあった時に使ってください」


 せめてもの気持ちで通帳と残りの70万を入れた封筒を差し出す。


「それと……どうしても私に判断して欲しい事があったら時はここに連絡して。一応、私と同じタイミングで召喚された子が通信機持ってるから。直ぐに返事できないかもしれないけど」


 優里の連絡先を書いた紙も封筒に添える。出来る限りの事をしたけど念には念を入れておかないといけない。これなら皇家を介して連絡が来るはず。


「飛鳥ちゃん、何でそこまで手際が良いの……?」


 オロオロする叔母さんと黙して固まっている叔父さんの向こうで小鳩はラインヴァイスを膝に乗せ始めた。

 ラインヴァイスはなすがままに撫でられている。


「ねぇ飛鳥ちゃん、今日はここに泊まってその世界の話もっと聞かせてよ! 誰にも言わないから!」

「ごめん、今日はこれからちょっと予定があって……もう今日泊まるホテルも2部屋取ってあるから」


 小鳩はちぇっ、と可愛らしい舌打ちをしながらなおラインヴァイスを撫で続ける。叔父さんも叔母さんも返す言葉が無いようでふう、と小さくため息をつかれる。


「分かったわ……飛鳥ちゃんがそれでいいなら」

「叔母さん……信じてくれるの?」

「信じるも何も、神隠しの瞬間を撮影されている上にこんな大きい鳥や素敵な人や魔法を見せられたら信じない訳にいかないじゃないの……腰痛も治ったし」


 呆れたように呟く叔母さんの横で叔父さんが小さく頷いている。翻訳魔法と治癒魔法の効果を示す為にクラウスに叔母さんの腰痛を治してもらったのはかなりポイント高かったみたいだ。


「それに飛鳥ちゃんが戻ってきてからこっちにもマスコミが来たりちょっと変な人達も見かけるようになったし……一人にしておくのは心配だったのよ」

「ごめんなさい、色々迷惑かけて」

「いいのよ。その人達も私達には興味無いだろうし、飛鳥ちゃんがいなくなったらじきにいなくなるわ」

「でも……」


 マスコミはともかく変な人がいるのは心配――私がいなくなった後に叔母さん達に何かあったら大変だ。出来ることならなんとかしたい、と思ったその時――


『良ければ私が捻り潰しましょうか?』

「いや、捻り潰すのは良くないわ」


 頭に響いた申し出を即拒否した後、響いた声の違和感に気づく。


 椅子から立ち上がってキョロキョロと辺りを見回す。何処にもそれらしき姿はない。

 クラウスを見ると庭に出られる窓の方を睨んでいる。


 まさか――と思って鍵を開けて窓を開けると少し赤くなりかけた空の下、ふわり、と不自然な風が入ってきた。


『飛鳥さん、鍵をかけてカーテンを閉めてください』


 ひとまず頭響く声の通りにして外からの視線を遮断する。そして、振り返った先には――


義叔母上おばうえ義叔父上おじうえ、私は飛鳥さんの彼氏を務めておりますダグラス・ディル・ツヴァイ・セレンディバイトと申します。この度はそちらの姪御様を妻に迎えるにあたりご挨拶に伺わせて頂きました」


 足を僅かに浮かせてマントを抱えて、礼儀正しく頭を下げて叔母さんと叔父さんに丁寧に挨拶しているダグラスさんがいた。


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