第9話 歓迎パーティー・1
「全く、最近のツヴェルフは……!」
地球でもしばしば耳にする台詞を吐きながら目の前を歩くメアリーはカンカンに怒っている。
そしてその怒りの元凶のアンナとジャンヌは申し訳なさそうに私達の最後尾をおずおずと着いてくる。
結局アンナはメアリーの眼力に負けて何も言えず、パーティーに参加する事になってしまった。
メアリーがいると迂闊に皆に話しかける事もできず、窓の向こうを見やりながらついていく。
既に空は黒く染まり、月より何倍も大きい青白い星が淡く周囲を照らしていた。下に視線を移せば、馬車や貴族や兵士と思われる人達で賑わっている。
「馬車、すごいいっぱいですね……」
私と同じように窓の向こうを見ていたらしき優里が呟く。馬車を停めるスペースらしき場所にはパッと見で数えるのを諦める程の馬車が規則的に並んでいる。
「こんなに来たら、あのホールに収まらないんじゃない?」
先程通った広大なホールは学校の体育館が2、3個すんなり収まりそうな広さがあったけど、まだまだ入ってくる馬車にふと不安がよぎる。
召喚された時のとても簡素な出迎えと違い、予想以上に大きなパーティーのようだ。
「今回のパーティーでは中央ホール以外に両脇のサロンも解放されます。その他1階と2階のいくつかの部屋が休憩やお色直しの為に使われますから心配なさらなくて大丈夫ですよ」
セリアの言葉と同時に、ふわりと美味しそうな匂いが漂ってくる。
お肉を焼いたような香ばしい匂い――そう認識した瞬間に口内に涎が溢れてくる。
そう言えばお昼から何も食べてない。ファミレスで熱いコーヒー飲んでからどの位経つだろう?
「良い匂い嗅いだら、一気にお腹すいてきたわ……」
「そう言えば……ここに来る前は夕方でしたけど、ここに来た時はお昼過ぎみたいでしたよね。そこから長い間馬車に乗ったり、ドレス着たり……私もお腹すいてきました……」
呟きに優里が答えてくれて、二人でお腹を押さえる。せめて水で喉を潤したい。
「貴方達、自分のメイドに何か摘まむ物持ってくるように言えば良かったのに」
ソフィアはそうしたのだろう。この魅惑の匂いに一切表情を崩していない。
後ろについている金髪のメイドとはもうしっかりメイドと主従の関係になっているようだ。
「考える事が多すぎて、喉が渇いてる事もお腹がすいてる事も今気づいたのよ」
そう言った所でメアリーが眉をひそめて振り返る。やばい、お喋りし過ぎたかと思ったけど、始まったのはお説教じゃなかった。
「私が案内するのはここまでです。この扉を開いたら先程通った中央ホールの2階に出ます。まず皆さんは中央におられる皇帝の元に歩いてください。そこでお辞儀をし、皇帝のお言葉を聞き、皇帝が退室された後は貴方がたを紹介するアナウンスが響きますので、1人ずつ1階のホールに降りてください。その後歓談タイムに入りますので、食事が必要な方はサロンで最低限の軽食をお取りください。くれぐれも食べ過ぎる事がないように。それから……」
メアリーはキビキビと早口で指示してくる。なかなか頭が追い付かない。既に言われた事のいくつかは聞き逃している気がする。
やばい。これは、実際にホールに出たら頭が真っ白になる奴――と不安が沸き上がり恐る恐るセリアの方を見ると、
『アスカ様、大丈夫です。私に一任ください』
これも魔法の1つだろうか? 力強いアイコンタクトと共にセリアの声が頭に響いて、スッと不安が引いていく。
そして説明を終えたメアリーが扉の前に立つ兵士に一声かけて扉が開かれる。沸き上がる歓声と天井で煌めくシャンデリアの光が降り注ぎ、一瞬目が眩んだ。
徐々に目が慣れて広大なホールに目を向けると、華やかに着飾った貴族達が集まっているのが見えた。
その色とりどりな髪やら衣装に思わず見惚れてしまいそうになるけど、
(まずは、皇帝の所に行って、お辞儀……)
ホールの中央、階段のある場所で貫禄のある明らかに王様な人と白銀の鎧を身に纏った護衛らしき騎士が2人立っている場所に向かってゆっくりと歩きだす。
近すぎない程度で足を止めると、
『スカートを少し摘まんで、腰をかがめて』
セリアの声が頭に響く。なるほど、これは本当に心強い。でもこういうのは周囲にバレたりしないんだろうか?
バレてても実際に目に見えた粗相が無ければ失礼じゃ無いのかな――なんて考えていると、頭上から威厳に満ちた重い声が落ちてきた。
「余はデュアルテ・ディル・アインス・レオンベルガー…このレオンベルガー皇国を治める皇帝である。遠い星から来られたツヴェルフの方々よ。顔を上げて楽になされよ」
ここに来て初めてこの国の名を教えてくれた皇帝の言葉に従って顔を上げる。
赤く大きな王冠と豪華な装飾を施された法衣を身に纏って微笑む皇帝は私が想像していた厳粛で覇気のあるものと違い、とても穏やかな物だった。
豪華絢爛な衣装と威厳に満ちた、気の優しいおじいさん――という印象を抱く。年が近いのだろうか? 神官長とも似ているような気がした。
「突然ル・ティベルに召喚され、今とても混乱しているかと思う。しかしどうか、この世界の者と結ばれ、この世に新たな命を生み出してほしい。そなた達が宿すその命が、これからのル・ティベルを築いていく大きな光の柱となるのだ」
年を感じるけど張りのある、優しい声――ここに来るまでにあらゆる処から子作りに関するワードを聞き驚かされてきたせいか、皇帝の言葉には何も驚かない。
「無論、強制ではなく、そなた達の意思も尊重したい……しかし、このパーティーにはこの国を担う若者達が多数集まっておる。良き出会いがある事を祈っている。もしそなた達の意思に反して事に及ぼうとする輩が現れた際は、すぐに報告してほしい」
説明する人間が変わってもやはり私達ツヴェルフに対して『無理にとは言わないけど有力貴族と子作りしてほしいな! 何か不快な思いしたら言うんだよ?』というスタンスは一貫している。
「誰とも結ばれる事なく星に帰りたい」と言っても間違いなく協力は望めないだろう。
「それでは、皆、今宵は心ゆくまで楽しむと良い」
皇帝はホールに向かって手を上げると、貴族達が皆深く頭を下げた。
皇帝はそれに頷いた後、護衛らしき騎士を引き連れてゆっくりした足取りで奥へと歩いていく。
下にいる貴族達には見えなそうな位置に入った所で、少しせき込む様子が見えた。
(お体が悪いのかな……って、あれ? あそこから歩いてくるのは、もしかして……)
皇帝達が向かう方から歩いてくる人影はすぐにダグラスさんと認識できた。
目が合った――そう思った時、何処からともなくホール中に男性のアナウンスが響く。
『それではこの度の召喚でル・ティベルに来られたツヴェルフの方々をご紹介いたします。皆様どうか盛大な拍手でお迎えください。まずは……その身にキングの器を宿されるソフィア・ハサウェイ様!』
この響き渡るアナウンスも魔法の1つだろうか? またしても気になる単語を含んだ紹介に戸惑う事なくソフィアがスッと階段を下り始める。
ソフィア・ハサウェイ――?何処かで聞いた事がある名前のような気がする。
『続きまして同じく、キングの器を宿されるコヒナタ・ユーリ様!』
拍手が鳴り止まぬ間に優里が呼ばれて思考が中断する。優里は慣れない足取りでソフィアに続いて階段を降りていく。
『そして、クイーンの器を宿される、アンナ・アレクセーヴナ・スミルノワ様!』
アナウンスに肩を竦めて恐る恐る続くアンナ。キングに、クイーン――紹介に添えられる何だか仰々しい名称が気になる。
と、同時に次は私の番――私はどんな名前の器なのだろう――好奇心で少し胸が高鳴る。
『最後に――ツインの器を宿される、ミズカワ・アスカ様!』
(え? ちょっと待って……私だけ何か、系統違わない?)
違和感を覚えて戸惑うも後ろのセリアに笑顔で促され、慌てて大勢の貴族たちが拍手して迎える1階へと歩き出した。
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