最終話への応援コメント
凄いですね。
これ書籍化されたら、売れるのでは?
あっ、それは煩悩ですね。
なんか久々に感動する本を読んだ気分です。
超訳の般若心経、面白かったです。
作者からの返信
こんにちは!
九頭龍一鬼です。
滝口アルファさん、本作の読破と、コメント、まことにありがとうございます。
愚生もまだ、煩悩だらけですので、本作が書籍化されたら、最高にうれしいです。
ですが、分量的に、一冊の書籍にはなりませんので、愚生の計画としては、小説家としてデビューし、随筆集を上梓できるようになったら、そこに本作全体を組み込む、というものです。
滝口アルファさんが感動してくださったのも、愚生としては最高にうれしいですが、そもそも、本作の根源は『般若心経』そのものですので、幾千年もの歳月を超えて、仏教の経典が滝口アルファさんを感動させたことになります。
それは愚生もおなじで、『般若心経』そのものと、般若心経に邂逅できた『縁起』に感謝しております。
勿論、滝口アルファさんという、素晴らしい読者様と出逢えた『縁起』にも感謝しております。
愚生の作品を、最後まで読んでくださって、本統にありがとうございました。
また、本作を、滝口アルファさんの近況ノートでも紹介してくださったようで、光栄のかぎりです。
このように、愚作を寵愛してくださり、本統にうれしいです。
では、今後ともよろしくおねがいいたします。
第20話への応援コメント
涅槃=ニルバーナ=永遠の平穏だったんですね。
勉強になります。
ありのままの大事さも、心に染みます。
作者からの返信
こんにちは!
九頭龍一鬼です。
滝口アルファさん、コメントありがとうございます。
本作では、便宜上、般若心経の解釈にあわせて、涅槃という言葉をつかわせていただきました。
ですが、このような解釈は、とくに上座部仏教などにおける涅槃とは、すこし意味がちがうかもしれません。
原始仏教においては、娑婆世界のみならず、極楽浄土でさえも『一切皆苦』なのだから、本統の意味で『無』になることこそが涅槃と呼ばれました。
それが、物理的な無であれば、輪廻からの解放となり、心理的な無であれば、本稿のような永遠の平穏となるかもしれません。
ですので、本稿のように、現世において涅槃にいたる、というのは語義としておかしいという指摘もあるかもしれません。
そのあたりも、ご諒承のうえ、ご容赦くだされば幸いです。
では、今後ともよろしくおねがいいたします。
第13話への応援コメント
無限後退。
たしかに、
作品を評価されても評価されても、
もっと評価されたいと思ってしまいます。
一切皆苦。
そう達観できたら、いいのですが。
作者からの返信
こんにちは!
九頭龍一鬼です。
滝口アルファさん、コメントありがとうございます。
一切皆苦と欲望の無限後退について、愚生は最近、おおきな発見がありました。
ラ・ロシュフコーの『箴言集』を再読していたところ、『賢者が幸せになるにはなにもいらないが、愚者が幸せになるには無限のものが必要である』というような箴言があったのです。
愚生は本来、軽度の鬱病もあり、『世界は苦しみだらけだ、一切皆苦だ』とおもっていたのですが、『箴言集』の影響で、『それはおれが愚者だったからだ。考えてみればいまのおれは最高に恵まれているじゃないか。人生ではじめて生きることは幸せだとおもえた。本統に、幸せになるにはなにも必要ないんだ』とおもえるようになったわけです。
本文と乖離するかもしれませんが、上記の哲学も、滝口アルファさんの幸せのための参考になれば幸いです。
すこし、僭越なことを申し上げていたら、すみません。
では、今後ともよろしくおねがいいたします。
第2話への応援コメント
仏教と物理学の関係について興味を持つ者です
般若心経の解説本は数多くありますが、素粒子物理学との関係についてはまだまだオカルト物のように考えられているのが残念です
ひるがえって作者は「ホログラフィー宇宙」や「ブレーン理論」についてもきちんと理解された上で般若心経の解説をされているのが、素人ではないなという感じを与えてくれます
これからもお互いに仏教の真理を正しく(カルトではなく)世に伝えてゆきましょう
作者からの返信
こんにちは!
九頭龍一鬼です。
ツジセイゴウさん、コメントのみならず、星レビューまでいただき、本統にありがとうございます。
無知蒙昧なる愚生なりの認識では、十九世紀までは、自然科学と宗教は、幾許かは親和性があったとおもいます。
それが、二十世紀に、ポパーが反証可能性という、厳密な科学の定義をなしたことから、自然科学と形而上学は、決定的な乖離をむかえたと存じております。
本作でも、愚生が、仏教思想と自然科学を攪拌させているのは、ポパーの弟子であるクーンと、それにつづくファイヤアーベントの標榜した『知のアナーキズム』に共感しているからです。
無論、その場合、ソーカル事件のように、自然科学にも最低限の造詣がなければ問題になるので、ツジセイゴウさんのように、愚生の科学的認識を評価していただけるのは、心強いです。
愚生としては、前述の知のアナーキズムのとおりに、『だれがなにを信じても自由である』と考えておりますので、仏教にかぎらず、自然科学と宗教全般の宥和や相互理解がなされるように頑張りたいとおもいます。
勿論、ツジセイゴウさんの仰有るように、仏教と物理学は、非常な親和性をもつので、カルトではなく、本来の仏教のすがたが人口に膾炙すればよいな、と考えております。
では、今後ともよろしくおねがいいたします。
第10話への応援コメント
この世界のすべてを差別することはない。
そんなふうに偏見無く、物事を見られるようになりたいな。
作者からの返信
こんにちは!
九頭龍一鬼です。
滝口アルファさん、コメントのみならず、素敵なレビューまでいただき、本統にありがとうございます。
おそらく、仏陀は、『ものがあるから物理法則がある』のではなく、『物理法則があるからものがある』と考えたのでしょう。
それをつきつめれば、『この世界に存在するのは物理法則だけだ』ということになります。
そうなれば、『物理法則そのものは差別しようがない』ことになるわけです。
無知蒙昧なる愚生なりの解釈は、このような感じです。
間違ってたら、すみません。
では、今後ともよろしくおねがいいたします。
第3話への応援コメント
般若心経って難しそうで、
敬遠していましたが、
九頭竜さんの超現代語訳だと、
分かりやすくて、
読み続けられそうです。
縁起つまり変化そのものが世界。
名言ですね。
作者からの返信
こんにちは!
九頭龍一鬼です。
滝口アルファさん、コメントありがとうございます。
縁起とは、西洋哲学では、因果関係ということになるとおもいます。
西洋哲学では、ものとものとの因果関係は存在するのかしないのか、が問題になりましたが、仏陀は、そもそも、『因果関係しか存在しない』と観たわけですね。
だから、『色=もの』は『空=縁起』なのだと存じます。
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本作、Version2.0は、旧Versionへの要求により、増量したものですので、もし、読了するのにお疲れになるようでしたら、短い旧Versionのほうを御覧ください。
では、今後ともよろしくおねがいいたします。
最終話への応援コメント
はじめまして、最後まで読ませていただきました。
とてもおもしろい般若心経の現代風の解説、とても分かりやすかったです。
といっても、分かったと思うこと、それもまた色であり本当ではないということなのかもと思うと、やはり悟るまでには至らず、また生きるってなんだろうという原点に戻ってしまう気もします。
やはり凡人にはお釈迦様の心境にはなかなかなれないということですね。
まだまだ人生修行中です(笑)
作者からの返信
こんにちは!
九頭龍一鬼です。
小椋夏己さん、コメントありがとうございます。
本文でも書いたはずですが、『悟ると悟らないも差別しないのが悟り』ですので、われわれはお釈迦様のように悟る必要はないとおもいます。
色即是空はまた空即是色ですので、色に囚われれば、色に囚われたまま、生きてゆくのでよいと存じます。
かように、愚生もまだ人生修行中です。
お互いに、頑張りましょう。
では、今後ともよろしくおねがいいたします。