第7話 足掛かり

 翌日、バイトも何もしていない俺は起きてからアムリタ教団の事を調べ直す事にした。

 この間は大して調べもせず、教団ホームページからの推察を斎藤にぶつけ、事実確認をしたに過ぎなかった。

 結果わかった事と言えば、早期解決や穏便な解決は無理なのだということだけだった。本当に今更だが、高田を巻き込んでしまった事についても悔やみ始めている。


 朝っぱらからパソコンの電源を入れてPCデスクに座る。暇な時は大抵そうしているし、動画サイトで下らない動画を見たり掲示板でレスポンスバトルを繰り広げたりして時間を無為に使っている。自分の快楽の為に海外のエロ動画サイトを長時間ハシゴすることも多い。だが今日はそんな気分ではない。そんな事よりも遥かに重要な事に時間を使うことにした。


 自分がよく見に行く巨大掲示板群サイトである「ワンちゃんねる」の宗教関連の「板」を探す。

 板というのは特定の話題のみを扱うページの括りであり、そこから更に細分化された具体的話題についてレスポンスと呼ばれるテキストを投稿し合うスレッドがある。どこの板もスレッド数は数十から数百を超え、場合によっては千件以上のスレッドが経つ大人気の板もある。

 自分は「宗教板」を探してアムリタ教団のスレッドが無いかどうか検索をかける。……あった。2年前に立てられたスレッドで、直近のレスポンスは1ヶ月前だ。スレッド内での反応件数であるレス数はおよそ200程度。内容を読んでみるが大した事は書いてない。


 家族を教団に取られて警察に相談したが取り合ってもらえなかっただの、会費の高さに文句や罵倒をするレスポンスが多い。ホームページの見にくさについて言及している人もいる。それは本当にそう思う。その中で「被害者の会」に言及しているレスポンスが数件ある。


 被害者の会があるのか?その数件のレスポンスには規模は大きくないものの被害者の会が活発に活動しているとの報告がある。また教団規模はおよそ100人から200人程度であり、木っ端の教団である事もわかった。とは言え会費を11万もとっているのだ。100人規模だとしても月間1100万円の収入があることになる。共同生活による生活上の経費の圧縮を考えれば上層部はそこそこ良い暮らしをしていられるだろう。


 また共同生活を営んでいるとは言え会費を手に入れるための手段で外に出る事はあるようだ。信者の個人的なバイトや、教団が事実上運営している会社から出している健康食品や珍味の定期購入をさせる為の訪問販売のノルマがあるらしい。その上でさらに修行と新規信者獲得の為の活動もあるとの事だ。


 これでは殆ど教団に金を入れるために共同生活をしているようなものだ。家族が会費の一部を払っている場合は訪問販売の営業ノルマが一部除外されることもあるようで、信者の家族が「可哀想だから」という理由で会費を払う事もあり、それに対する文句などの言い合いもスレッドには書き込まれている。

 その文脈で被害者の会の名前が出ていたが、被害者の会自体の具体的な活動などはスレッド全体を見ても書き込まれていなかった。


 とりあえず、「アムリタ教団 被害者の会」で検索をかけてみる。するとトップにずばり「アムリタ教団から被害を受けた信者の家族の会」なるホームページが表示された。アムリタ教団単体では検索サジェストにすら出てこなかったのにも関わらず、この検索ワードでは一発で出た。さっそくクリックしてみる。


 被害者の会のホームページは非常に簡素な出来栄えであり、素人が作ったwebサイトのような印象を受けた。トップページには「このサイトはアムリタ教団から信者として家族を取られた人達が教団から家族を取り戻す活動をしている団体のサイトです」と書いてある。

 その他には実績として過去に何人かを救出することに成功したと書いてあるが、情報の更新が全くされていないせいで今も活動しているのか分からない。先程まで見ていたスレッドには活発な活動がされていると書いてあったが本当だろうか。

 連絡先には被害者の会の事務所の電話番号と代表の名前だけが記載されており、住所やメールアドレスすらない。


 この団体は頼れるだろうか。何人かの救出事例も本人が自主的に脱走して帰って来たのを保護しただけのような印象を受ける。たまたま帰ってきたのを自分たちの成果として上げているのではないかという疑念は払拭出来ない。しかし今はとにかく情報が欲しい。少数であるが故に内部情報も掴めない教団の情報を握っているのはまさにこの団体なのではないか。頼れなかったとしても話だけでも聞いてみるのは良いことのように思う。


 電話は嫌いだ。緊張するから。知人以外に電話をするのに全く慣れていない。これでは就活に困るだろうが、俺は就職するつもりはなく、不真面目な大学院生としてモラトリアム期間を延長するつもりなので就活はまだ先の話だ。

 さて、電話だ。電話しないと何も始まらない。調べ物をしているうちに午前11時になった。今日は土曜日だ。事務所とやらは土日もやっているだろうか。いや、被害者の会の活動は仕事とは別にやっているだろう。だから、平日は働いているからむしろ土日の方が都合が良いはずだ。

 そう自分勝手に解釈してスマートフォンを手に取った。電話機能を使うのはいつぶりだろう。チャットアプリで文字のやりとりも通話もしているから殆ど使う機会がない。


 緊張でこわばる指で番号をタップして通話アイコンを押す。……かかった。番号そのものはまだ生きているようだ。


「はい、小林ですが」


 相手が出た。連絡先にかかれていた名前と同じだ。かなり年上の印象を受ける。


「突然のお電話申し訳ありません。私は桜井と申します。こちらはアムリタ教団のから被害を受けた信者の家族の会の事務所でお間違えないでしょうか」


「ああ……ええ、そうです。間違いありません」


「実は自分の大切な友人がアムリタ教団に取られてしまって。居ても立ってもおれず……ホームページで連絡先を拝見して、それでお電話させていただきました」


「それはそれは。そうですか……それは大変だったでしょう」


「教団に関する情報がまるで手元に無くてですね、つきましては教団内部のお話などをお聞かせ願えればと思いまして」


 電話口にいるのはおそらく代表である小林だろう。その小林は「うーん」と唸ってから話を切り出した。


「……申し訳ないがこの会は家族を取られてしまった人に対しての会なのです。友達が教団に取られてしまった事については残念に思いますよ。ただこちらとしてもあなたがどの程度本気なのかがわからない。それに我々が手に入れた内部情報は多岐に渡る上に電話口では言えるような話ではないのです」


 これは断られそうだ。しかし多少の無理を通してでも情報を得なければならない。


「わかりました。ではそちらに伺います。事務所の住所を教えていただけますか?」


「桜井さんだっけ?あなた本当に友達を取り戻したいんですか?」


「絶対に取り戻したいんです」


 なるべく力強く言った。その後小林代表は小さく独り言を言っているがよく聞こえない。


「なるほど、わかりました。ちなみにどちらにお住まいですか」


「教団の第2拠点の市内です」


「ではそう遠くない。あとでそちらの携帯のショートメールに送信します。この携帯番号でいいのかな。いつお会いしましょうか」


「出来れば早くに。住所はこの携帯に送っていただければ大丈夫です。あと、自分は大学生で今は夏休みです。小林さんのご都合に合わせます」


「自分も今は仕事を引退している身で基本的には暇ですよ。今日はちょっと用事がこれからあるから、明日の午前9時はどうでしょうかね。早いかな?」


「いえ、それで大丈夫です。では明日はよろしくお願いします」


「ええ、こちらこそ。……あ、そうだ、あなた一人で来て下さい。手狭なところなのでね」


「もとよりそのつもりです。では、明日」


「はい、また明日ね」


 とんとん拍子で話が進んでしまった。まさか会いに行くことになるとは思わなかった。しかも明日だ。ピリリと短く携帯が着信する。ショートメールの通知だ。知らない番号だが、簡素に住所だけが書いてある。ここが事務所の住所なのだろう。

 スマートフォンのマップアプリで調べてみると自転車で30分くらいの場所だ。この程度ならば全然遠くない。明日話すべき事柄を今のうちにまとめておこう。あと聞き出すべき内容も。

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