第6話 奇妙な証言
藤堂が来ると気持ちが楽になる。なぜなら彼は今の俺のほぼ唯一の味方だからだ。彼とおふくろのことを考えると、ひだまりに当たっているときの気分だ。翌日も彼は来た。椅子に座ると昨日のように脚を組み、涼しい笑顔を浮かべている。
「新聞、読むかい」
俺は黙って頷く。藤堂は鞄のなかから新聞を取り出すと、丁寧に机に置いた。俺は一面を見て驚愕した。そこには、『美女を巡る愛憎劇』とセンセーショナルに事件のことが書かれていた。俺は思わず新聞を引き裂いた。藤堂は眉根一つ動かさないで、ただ口元には笑みを浮かべていた。
「君が引き裂いた新聞によれば、武子という女は岸と交際していたそうだ。君は武子に惚れていて、恋敵である岸をこうエイっと庖丁で刺したと書かれている。僕は昨日君の長屋に行ってきたが、中々散々なものだったね。君の噂で溢れていた。君の噂を丁寧に一人一人聞いていくと夢遊病だという噂はあった。でも不思議なことに君が夜歩いていたという証言は馬場武子ただ一人なんだよね。こうは、考えられないかい。武子が嘘をついていた」
「武子が嘘をついて何になるんだ」
藤堂は瞳を輝かせ、
「武子が、岸を殺した」
彼は囁くように、歌うように云い放つ。そんなことは信じたくない。悪魔の一言ではあるが、俺にとっては希望の一言でもあった。しかし、武子が殺したなんて俺は信じたくなかった。
「でも物証の庖丁は俺が持っていた」
「そもそも、あの庖丁が誰のものなのか、という疑問も残る。それに君が盗んだとされている十円札。長屋の住民の大多数曰くその十円札は武子のものであるというんだが、ある住民は岸のものだと云っているんだよね。不思議だ。ふふ。実に奇妙だよ」
「確かに。俺は庖丁でもなんでも自分のものには名前を書くんだが、あの庖丁にはそれがなかった……気がする」
「そうだろうね。君の持ち物には必ず名前が書いてあった。では、あれは誰のものか。答えは既に出ている。武子のものだ。岸は自炊をしないようで、調理器具等は一切部屋から出てこなかった。でも奇妙なもので自炊の痕跡はあった。おそらく武子が持ち込んで料理をしていたんだろうね。武子本人からも言質がとれているしね」
悪魔の言葉は止まらない。信じたくない。聞きたくもない。それであれば、俺が殺したと云ってもらった方がよかった。俺は耳をふさいだ。藤堂は予期せぬ力強さで俺の手を右耳から外した。彼の瞳は真剣だ。無情にも悪魔の囁きは止まらない。
「岸の部屋には血にまみれた足跡が二つ。一つは君のものだ。もう一つ、小さなものがあった。それにもう一つ、武子の部屋から血にまみれた着物を見つけた」
「どうして……武子は岸を殺したんだ」
藤堂は静かに片目を瞑り、机を二度軽く指でたたいた。
「それは本人から聞きたまえ」
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