第15話 狼は爪を研ぐ
その夜なにか間違いがあってはかなわないと、私は必死に落ちる瞼を持ち上げて過ごしたが、幸い雪ちゃんが快兄の元に向かうことはなかった。
そして夜は明け眠れず頭の覚醒していない、私以外の二人はすっかり昨日の疲れなど取れたような清々しい顔でリビングのソファに隣り合って座っている。
「おはよう、二人とも早いね。」
「おはよう、秋晴。お前何だか酷く疲れた顔をしているけど、あまり眠れなかったのか?」
「ホントだねぇ。秋晴お姉さん目の下にクマが出来てるよ?」
お前達のせいだろ!と言うわけにもいかず私はハハハち乾いた笑いを浮かべながら、
「昨日あんなことがあったからね。色々と考えてたら眠れなくなっちゃって。」
と私は誤魔化した。
「そうか、昨日は秋晴は直接狙われていないとは言え、やっぱりショックだったか。中々あの影狼の姿はインパクトあるもんな。」
「うん、やっぱりあの姿はなかなか頭から離れないよ。滴る涎もあの鋭い目つきも慣れる事はないかもしれない。」
その言葉は私の本心でもあった。見た目もそうだけれど、あいつが放つ寒々とした空気。
呪いというものが実体化したなら、もしかしてあんな姿になるのかもしれない。
「ごめんな、秋晴俺のせいでそんな思いをさせて。」
今回は私を狙っている様には見えなかったが、快兄が矢面に立つことになったのは私のせいだ。
快兄に謝られるとひどく申し訳ない気持ちになる。
「じゃあ快晴お兄さんはそんな思いをさせないように、ボクと訓練頑張らなきゃね!」
雪ちゃんはそういうと、快兄のお腹を慈しむように撫でた。
その手を上からギュッと握ると
「あぁ。まだまだ迷惑をかけるかもしれないけれどよろしく頼むよ。」
と真剣な顔つきで快兄は雪ちゃんを見つめ、それをぽーっと見とれたような表情で見返す雪ちゃん。
これはもう危険な状態なのではないか?
中学時代、快兄に群がっていたイカレた女達と同じ目で快兄を見つめているように見える。
今日の何かしら情報を得られなければ、もう一度雪ちゃんに読心術を使おう。
影狼も危険だけど雪ちゃんもそれと同じくらい危険に思えた。
☆
「昨日の夜はお疲れさまでした。」
アジトに向かえばそんな言葉と共に、霜花さんが私たちを出迎えた。
今日の彼女は痴女忍者でもスーツ姿でもなく、白色のボートネックのカットソーにスカートを纏いキレイ目なお姉さんといった姿。
彼女の綺麗なデコルテと相変わらず惜しげも亡く主張される胸元に快兄の視線は釘付けである。汚らわしい!!
やはり兄の視線を奪っていく霜花さんに雪ちゃんはご立腹なようで
「霜花がアジトに来るなんて珍しいね。昨日のお詫びにでもきたの?」
と棘がある言葉を霜花さんに送る。
けれど霜花さんはそんな雪ちゃんの態度に大し反応もみせず、
「えぇ勿論それもありますが、あの後少分った事がございましたので、その報告に参りましたの。」
と私達の顔を見つめた。
「分かったことですか?」
「えぇ。勿論お話いたしますが、わたくし昨日のお詫びにと思ってケーキを持って参りましたの。こちらを食べからでもいいでしょう?」
と何やら高そうな包みを私たちの前に差し出した。
ケーキなんて今はいいです。早く説明を、とは私は言えなかった。
それは私がただケーキを食べたかった訳じゃない。
霜花さんの心遣いを無下には出来なかったのだ。
せっかくあんな高そうに見えるケーキを時間経過と共に劣化させる訳にはいかないのだ。
しっかりと、私たちは霜花さんの心遣いを味わい、ケーキに合うようにと霜花さんが入れてくれた紅茶を口にする。
余り紅茶など口にしたことのない私だが、すっきりとした味わいの中にも香ばしさと甘さがあるその紅茶は霜花さんのお気に入りでもあると言う、お土産のショートケーキにはぴったりの味わい。
ニルギリと言う茶葉らしいけど、私に聞き覚えはなかった。
二つのマリアージュを楽しんだ私に、
「秋晴さんに気に入ってもらえたようで、嬉しいですわ。もしよろしければ持ち帰ってください
。」
と、私にその紅茶の茶葉を手渡してくれた。
こんな美味しい紅茶を貰ってはしょうがない。
しばらくの間、私のおやつは苺のショートケーキになりそうだ。
優雅なティータイムを終えると快兄が口を開いた。
「美味しいケーキと紅茶をありがとう霜花さん。急かすようで悪いんだけど、その分かった事ってのを教えて欲しい。」
私だってその事を忘れて居たわけじゃないからね、快兄?
「ええそうですわね。」
霜花さんは頷くと語り始めた。
「昨日の夜、あなた達が立ち去った後、わたくしは夕太刀の本部へと向かいました。そこで、影狼の感知をしたものと喋っていて改めて考えたのです。あなた達が向かった場所に影狼が出現した。これにはやはりなにか因果関係があるのではないかと。」
「私もそう思います。二度も続けてなんておかしいですよ。」
「そうですわよね?ですからわたくしは綿雪の持つ、夕太刀から支給されている携帯電話のGPS情報を解析してみました。」
「えっ!?この携帯そんなことされてたの?」
「えぇ。影狼はどこに現れるかわかりません。所属したものがどこにいるのか大体の位置を把握しておくためのアプリが入っているのですわ。」
「そうだったのか。でもそんなのが入っているなら、昨日もっと早くボクらの元に到着してもいいんじゃないの?」
「あくまでそれを解析できるのは本部ですわ。この街に滞在していたわたくしには知る術がありませんでしたの。」
「いや、霜花じゃなくても本部の誰かが瞬間移動で来てくれれば良かったじゃないか。」
「それはその通りですわね。ですが、昨夜はあなた達の前だけではなく、全国で同時に影狼が出現していたんです。」
はじめて聞くその情報に私たちは顔を見合わせた。
「なんでそんな事黙っていたんだよ!?」
「わたくしも知ったのは本部に戻ってからです。出現の連絡を受けた時には、本部から回せる人員はいないとだけ伝えられていたのです。」
「本部からだれも応援を送れないなんて、どんな数の影狼が出たんだよ・・・」
「同時に出現した数は五十体を超えるようですわ。」
「五十体!?あんな強い影狼を倒せる御光持ちなんて本部にもそういないだろう!?」
「えぇ。けれど、わたくしは直接対峙していなのではっきりとした事は言えませんが、あなた達の前に現れたような強さをもった影狼は他には表れていないようです。」
「ボク達の前だけ??」
「そのようです。他の場所で出現したものは皆大した力をもっておらず、下手をすれば一般人でも倒せれる程度のものだったと聞いておりますわ。」
一般人でも倒せれる影狼というものは私には想像できなかった。
私達の前に現れた影狼は二体とも強大で一般人が太刀打ち出来るようには思えない。
子犬くらいのサイズの影狼なんだろうか。
「一般人でもねぇ。下手すりゃボク達は死んでいたかもしれないのに。」
「綿雪、その事で本部から貴方に召集がかかっていますわ。貴方が戦った影狼について詳しい話を聞きたいようです。」
「まぁ、ボク達だけが例外ならそれはそうかもね。だけどボクだけなの?影狼を倒したのは快晴お兄さん
だよ?」
「未だお二方は夕太刀に所属している訳ではありません。所属していないものを本部に招き入れる訳にはいかないと考えているようですわ。」
「なにそれー。お役所仕事って感じー。」
「そうですわね。けれどわたくしは本部に行かなくとも良いともおもっていますの。夕太刀に所属してしまえば色々と義務も発生いたします。今まで以上に普通の生活からはかけ離れてしまいます。出来ればわたくしはお二方にはこの事件の間だけ協力していただきその後は今まで道理の生活に戻って欲しいとおもっておりますの。」
「まぁ、霜花の言うこともわかるけどさぁ。ボクは快晴お兄さんとはずっと一緒がいいなぁ。」
私の名前が上がらない事は気にしないでおこう。
「どちらにせよ、それは追々でいいですわ。今回は綿雪あなた一人で行って貰います。」
「わかったよ。」
雪ちゃんは快兄の顔を見ながら少し寂しそうに返事を返した。
「影狼の同時出現も、俺達の前に現れた影狼だけが強かったことも、話は分かったよ。
それで、霜花さんが言う分かった事ってのは何なんだ?」
「ごめんなさい、お話が脇道にそれてしまいましたわね。綿雪のGPSを解析した所まではお話しましたわね?」
私たちは頷き返す。
「あなた達があの場所を通った時間を調べたのです。」
「それがどうしたんだ?」
「あなた達があの場所に着いた時間、それが多くの場所で影狼の出現が感知された時間とほぼ一致するのです。あなた達があの場所を通るのを待っていたかのように。そしてあなた達の前に現れた影狼もそれに少しだけ遅れるように感知された。」
「どういう事なんだ・・・?」
「はっきりした事は言えませんが、まるで貴方たちの元に増援を送れないように影狼が全国に現れたしたと思えませんか?貴方達だけを確実に狙っているように思いませんか?前回お二方が狙われたのは偶然の可能性もあると思っていましたが、今回は偶然などではありません。誰かが意図的に貴方達を狙っているとわたくしは考えます。」
誰かが私達を狙っている。想像はしていたけれど、霜花さんのその話は私が思っているよりもリアルで、
なんだか誰かが私たちを見ているような錯覚を覚えた。
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